2002年5月13日 樋口美雄「パート労働、格差是正急げ 正社員と均衡

樋口美雄「パート労働、格差是正急げ 正社員と均衡処遇 中間的雇用形態も拡大を」2002年5月13日


非正規雇用の拡大にともない、いわゆる正社員との賃金格差を問題視する声が大きくなってきた時期でした。そうした中で、この年の2月に厚生労働省のパートタイム労働研究会の中間とりまとめが発表され、「均衡待遇」の考え方が打ち出されました。これをふまえた論考です。

 パートタイム労働者の役割は拡大しており、給与などでの一般労働者との格差是正は急務だ。正社員であるなしにかかわらず働きに見合った均衡処遇を推進し、雇用システム全体を見直すべきだ。

 平均値で見たパートと一般労働者の賃金格差は、主として二つの理由から生じる。一つは同じ職種でありながら、雇用形態により賃金格差が存在するためであり、もう一つはパートと一般労働者の就業している職種が異なり、パートが低賃金で補助的な仕事に集中しているためである。
 厚生労働省は、職種を八十六に分け、パートが一般労働者と同じ職種に就いていたなら格差がどの程度縮小するかを試算した。これによると職種構成比に差がなければ、格差は一割程度縮小するが、職種構成比が同じであっても、三割を超える格差が残ると類推される。格差縮小には仕事内容と処遇の両面での改善が必要となる。
(平成14年5月13日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

平成15年版労働経済白書に類似の分析が載っているのですが、これをみると職種構成というのは賃金構造基本統計調査の職種(スーパー店チェッカーとか百貨店店員とかビル清掃員とか)であって、百貨店店員であっても主任なのか係長なのかといった違いまでは考慮されていません。「三割を超える格差」にはそうした違いによるものも多く含まれているでしょう。樋口氏はその後に

 技能面でも一般労働者とそん色ないパートが増え、流通業などではパート店長も珍しくなくなった。時間面でも、技能面でも差が縮小しているのに、賃金格差は拡大しているのである。

と述べていますが、パート店長が珍しくないとはいっても正社員店長に較べれば珍しいでしょう。
また、「雇用形態により賃金格差が存在」するのは正社員の賃金に下方硬直性があり、長期雇用のもとで景気変動などの影響をあまり受けないのに対し、パートタイマーは外部労働市場の需給関係で賃金が決まることが多く、この当時の厳しい雇用失業情勢の中では供給過剰であったことの影響も多いはずです。樋口氏も後段で「雇用の拡大とともに、均衡処遇が社会的にも達成されるよう、政労使で取り組んでいく必要がある。」と、まずは雇用の拡大だと述べておられます。実際、当時と異なり企業に人手不足感が強まっている今日では、パートタイマーの待遇改善に向けた企業の動きが活発になっており、雇用拡大がなによりの待遇改善策であるということを現実で示しています。

 経営側は、雇用条件の是正はあくまで企業内のルールに委ねられるべきだとしているが、個別企業の対応では心もとなく、政府による、ある程度の格差是正策も必要な時期を迎えている。ただし「合理的な理由がないかぎり、賃金格差を設けてはならない」と強制されても、企業は利益に反すると判断すれば、競争の激化した社会では正社員とパートの職務を分離し、拘束性の違いを明りょうにし、合理的な理由を示すだけで終わってしまう危険性がある。

これはまことにそのとおりでしょう。これでどうして福井秀夫先生に「行政庁、労働法・労働経済研究者などには、このような意味でのごく初歩の公共政策に関する原理すら理解しない議論を開陳する向きも多い。」などと罵倒されなければいけないのか、理解に苦しみます。大切なのは、短時間労働で拘束度は低いけれど、雇用が安定していて、それなりに労働条件もキャリア形成も良好な仕事をどうやって増やしていくか、です。そのためには、

 中間とりまとめは、フルタイム正社員より労働時間は短いが同様の役割や責任を担い、同様の評価や賃金決定方式を適用される「短時間正社員」を増やすことが、人材活用の面でも、企業の利益につながると提言している。正社員に現在の自分の仕事を複数の短時間正社員に分担させられるかを尋ねたアンケート調査では、六五%の人が仕事内容を明確化し細分化するなど工夫すれば可能だとしている。
 正社員とパートの人事制度を一本化し、両者を行き来できる制度を構築することで、就業意欲の高い、優秀な人材を確保できたという好事例も増えている。正社員の転勤や残業など拘束性を緩める代わりに、給与は多少低いといった中間的な雇用形態を増やす企業も登場している。これらの推進は、一人の労働時間を短縮し雇用を増やす、多様就業型ワークシェアリングの実現につながる。

ポイントは「正社員の転勤や残業など拘束性を緩める代わりに、給与は多少低い」という均衡待遇の考え方でしょう。均等処遇とか職種別賃金とかいった原理主義にとらわれているかぎり、ダメなのです。労働時間の違い、拘束性の違いに対するプレミアムをきちんと認めて、時間あたり賃金やキャリア形成などにもいわゆる正社員と短時間正社員には相当の差がつくのだ、という前提に立つことが必要でしょう。短時間正社員に関しては、翌平成15年に厚生労働省に「多様就業型ワークシェアリング制度導入実務検討会議」という長い名前の会議ができ、より具体的な検討が行われ、同様の考え方が堅持されました。

 パートの処遇が改善されない一つの理由は、税制における配偶者控除社会保険の加入要件、これと連動した夫の企業における配偶者手当の収入制限を気にし、パートの四割の人が年収を調整していることにある。働くことが損にならない制度に改めることは喫緊の課題である。

これもまことに重要なポイントでしょう。ひょっとしたら最重要かもしれません。これについても、平成15年の税制改正配偶者特別控除制度が縮小されました。配偶者控除については、政府税調は廃止の方針を出していますが、昨年末の与党税制改正大綱ではまたしても据え置きとなりましたが…。まあ、配偶者控除の廃止は「サラリーマン増税」ということで政治的には不評なので、なかなか実現しないのも致し方ないところかもしれませんが…。

 以前の不況期は非正規労働者を減らしても、企業のコアとなる正規労働者は増やす企業が多かった。しかし今回は逆の動きが見られる。昨年までの四年間で正規労働者は百七十一万人も減少したのに、逆に非正規労働者は二百六万人増大した。
 人件費の固定費化を避けたい企業の意向は、派遣労働者や構内下請けを増やし、外部化を進める動きにも表れている。派遣労働者は実働ベースで過去三年間に二十八万人から四十五万人に急増した。派遣事業の認められていない「物の製造の業務」では請負業者を活用する企業が増えている。

結局のところ、正社員の雇用を守るためには、景気変動などに対して適切な要員規模を実現できるよう一定割合の非正規雇用が必要なことは間違いなく、経済成長が鈍化する中ではその割合が高まることもまた自然でしょう。短時間正社員はもちろん結構なのですが、パートタイマーを全員短時間正社員にすることはしょせんできません。したがって後年、問題の多くは短時間労働問題ではなく有期雇用問題だ、ということが指摘されるようになりました。
で、結論はこうです。

 夫の収入が減り、妻がパートに出る世帯が増えた。そしてパートの供給圧力がさらにその賃金を押し下げ、正社員の雇用を奪い、非正規労働者にならざるを得ない人が増えている。こうした悪循環から脱出するには、雇用の拡大とともに、均衡処遇が社会的にも達成されるよう、政労使で取り組んでいく必要がある。
 このことは性や年齢にとらわれず、誰もが能力を発揮できる社会の構築を推進し、企業の活力をも生み出す。均衡処遇は、パートの処遇を変えるといった部分的な手直しだけでは実現できない。正社員の働き方や処遇のあり方も含め、日本の雇用システム全体を改革していくべき時代を迎えた。

昨今、正社員の働き方の見直しを求める議論が活発ですが、平成14年時点でもすでにこうした問題意識が持たれていたことがわかります。その方向性が就業多様化だというのも適切といえましょう。むしろ、非正規雇用を一律に悪者とみるような議論が最近目立っているのが気になるところです。