「「丸山眞男」をひっぱたきたい」についての覚え書き

しばらく見ていないうちにhamachan先生がひどいめにあわされているようですが、そのいきさつをたどっているうちに、評論家(?)の赤木智弘氏が「論座」今年1月号に寄稿した「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」という文章に到達しました。(http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama.html
これはかなり話題になったものらしいのですが、趣旨は「就職氷河期の新卒者(ポストバブル世代)の犠牲のうえに、その上下の世代の豊かさと安定が成り立っている」「この理不尽な構造は戦争でも起こらない限り変わらない」「犠牲になっている自分たちにとっては、全員が平等に苦しむ戦争のほうが、自分たちだけが苦しめられる平和より好ましい」というラディカルなものです。まあ、右傾化だの戦争だのはともかくとしても、附属池田小事件の宅間守のような、みんな不幸になれ的なヤケクソ型犯罪が増加するといったことへの警告としては受け止められるような気がします。
それはそれとして、この文章には勢いが良すぎてちょっと事実認識の違う記述がみられます。
たとえばこの部分です。

…バブルがはじけた直後の日本社会は、企業も労働者もその影響からどのように逃れるかばかりを考えていた。会社は安直に人件費の削減を画策し、労働組合はベア要求をやめてリストラの阻止を最優先とした。そうした両者の思惑は、新規労働者の採用を極力少なくするという結論で一致した。企業は新卒採用を減らし、新しい事業についても極力人員を正社員として採用しないように、派遣社員やパート、アルバイトでまかなった。
 結局、社会はリストラにおびえる中高年に同情を寄せる一方で、就職がかなわず、低賃金労働に押し込められたフリーターのことなど見向きもしなかった。最初から就職していないのだから、その状態のままであることは問題と考えられなかったのだ。
 それから十数年たった今でも、事態はなんら変わっていない。経団連のまとめによる「2006年春季労使交渉・労使協議に関するトップ・マネジメントのアンケート調査結果」によると、フリーターを正規従業員として積極的に採用しようと考える企業はわずかに1・6%にすぎない。世間はさんざん「フリーターやニートは働こうとしない」などと言うが、この結果を見れば、「企業の側がフリーターやニートを働かせようとしない」のが我々の苦境の原因であると考えるほかはない。ちなみに、64・0%の企業が「経験・能力次第で採用」としているが、そもそも不況という社会の一方的な都合によって、就職という職業訓練の機会を奪われたのがフリーターなのだから、実質的には「採用しない」と意味は同じだ。その一方で、職業訓練の機会と賃金を十分に与えられた高齢者に対しては97・3%の企業がなんらかの継続雇用制度を導入するとしており、その偏りは明白である。
 企業の人件費に限りがある以上、高齢者の再雇用は、我々のような仕事にありつけない若者がまたもや就業機会から排除されることを意味する。しかし、それを問題視する声はまったく聞かれない。これも同じく、経済成長世代の就業状態をキープし、ポストバブル世代の無職状態をキープする考え方だ。

また、赤木氏は別の部分で「まともな就職先は新卒のエントリーシートしか受け付けてくれない。ハローワークの求人は派遣の工員や、使い捨ての営業職など、安定した職業とはほど遠いものばかりだ」とも述べています。まあ、こういう文章ですから誇張した表現を使っているのでしょうし、赤木氏は31歳ということなので第二新卒では厳しいのでしょうが、とはいえ、現実をみると正社員の中途採用はあちこちでかなり活発に行われていますから、どうも実感に合いません。たしかに「新卒のエントリーシートしか受け付け」ない企業もあるのかもしれませんが、それ以外は「まともな就職先」ではない、というのはちょっと失礼なような。

  • まあ、現在の一部の(かなり限られた一部だとは思いますが)新卒者のように、有力企業から「ぜひ当社で働いてほしい」と誘われ、入社後も手取り足取り仕事を教えてもらえる、という仕事につくのでなければ「まともな就職先」ではないということなのかもしれませんが。

また、赤木氏は「2006年春季労使交渉・労使協議に関するトップ・マネジメントのアンケート調査結果」をひいて論じておられます。この速報版は経団連のホームページにあります(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/060.pdf)が、それによると、この調査は日本経団連および東京経営者協会の会員企業、計2,149社を対象に実施されたとのことですから、かなり大企業、有力企業に偏った結果だと思われ、より活発に中途採用を展開している中小企業(しかも人手の確保にかなり苦心している実情がある)の状況は十分に反映されていない可能性が高いと思われます。多くの中小企業で正社員採用にあたって「フリーターと新卒は差がない」と考えているという報道もありました(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060501を参照ください)。この結果だけで「企業の側がフリーターやニートを働かせようとしない」とまではいえないだろうと思います。
また、「64・0%の企業が「経験・能力次第で採用」としているが、そもそも不況という社会の一方的な都合によって、就職という職業訓練の機会を奪われたのがフリーターなのだから、実質的には「採用しない」と意味は同じだ。」というのも、さまざまな報道(その一部は過去のエントリで紹介しています。たとえば、http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060405http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060830http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20061019http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20070305#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20070705http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20070906など。)にみられるように、実際には「社会の一方的な都合」が「不況」からが「好況・人手不足」に変わったせいで、経験・能力次第でフリーターを正社員採用する動きは拡大しています。たしかに、ハローワークの求人だけをみると「派遣の工員や、使い捨ての営業職など、安定した職業とはほど遠い」非正規雇用が多い(「ばかり」かどうかは疑問ですが、まあこれは表現の問題として)わけですが、実際には非正規で働くなかで「使える」ところを示せば、正社員に登用されるケースが続々と出てきています。また、ハローワーク以外にも求人情報はありますし、そちらのほうが正社員の求人が多いともいわれています。赤木氏の事実認識はやや表面的と言わざるを得ません。
続いて、赤木氏は「職業訓練の機会と賃金を十分に与えられた高齢者に対しては97・3%の企業がなんらかの継続雇用制度を導入するとしており、その偏りは明白である」と述べていますが、これは高齢法の改正によって原則的に希望者全員を段階的に65歳まで継続雇用することが法制化され、企業に義務付けられたためであり、苦情を述べるのであれば企業ではなく政府に対して述べるべきでしょう。実際、赤木氏は「企業の人件費に限りがある以上、高齢者の再雇用は、我々のような仕事にありつけない若者がまたもや就業機会から排除されることを意味する。しかし、それを問題視する声はまったく聞かれない」と嘆いておられますが、高齢法改正が議論されていた時期には、たとえば当時の奥田碩日経連会長が講演で「現在、若年雇用問題が深刻に受け止められていることは、みなさんもご承知のとおりでありますが、(高齢者の)雇用延長が法制化された場合、そのしわよせが若年層に及び、結果として若年雇用問題がさらに深刻化することは、火を見るより明らかであり…未熟練の若年労働者、具体的には高校新卒者や、高卒無業者などが、きわめて大きなダメージを被ることが予想されます。彼らのほとんどは選挙権を持たず、こうした政策に対して投票で意志表示することができません」と発言している(http://www.keidanren.or.jp/japanese/speech/20031030.htmlに講演の全文があり、その最後の部分)など、若年雇用への悪影響を指摘する意見は多数出されていました。このあたりは、赤木氏ももうすこしていねいに周辺の事情や過去の経緯などを調べていただいたほうがよかったのではないかと思います。
赤木氏は「私たちだって右肩上がりの時代ならば「今はフリーターでも、いつか正社員になって妻や子どもを養う」という夢ぐらいは持てたのかもしれない。だが、給料が増えず、平和なままの流動性なき今の日本では、我々はいつまでたっても貧困から抜け出すことはできない。我々が低賃金労働者として社会に放り出されてから、もう10年以上たった。それなのに社会は我々に何も救いの手を差し出さないどころか、GDPを押し下げるだの、やる気がないだのと、罵倒を続けている。平和が続けばこのような不平等が一生続くのだ。」と嘆いておられるのですが、現実には社会はけっこう「救いの手を差し出」していて、かつてはフリーターだったが、現在は正社員という人もたくさんいるというのが事実でしょう。もちろん、すべてのフリーターが正社員になったわけではなく、大半がなったというわけでもないでしょうが、赤木氏の認識はいささか悲観的に過ぎて事実と異なったものとなってしまっているように思われます。