金属労協各社に一斉回答

昨日、金属労協大手各社で春季労使交渉の回答が一斉に示されました。大勢としては好調な業績を背景に、賞与を中心に高額な回答が示されたようです。注目すべきポイントはいくつもありそうですが、まずは連合の高木会長の記者会見での発言からみてみましょう。

 連合は3月14日、春季生活闘争の第一のヤマ場である、金属部門など先行組合への回答を受け、記者会見を開催した。
高木会長は冒頭、「連合は、昨年を上回る賃金改善原資の確保を求めてきたが、昨年を上回るところ、昨年並み、昨年以下に分かれ、同一産業内でもばらつきがでた」と、現段階での回答状況を踏まえ、「連合は、労働分配率の復元や付加価値配分構造の歪みの是正を強く求め、政府や国民が、連合の考え方を肯定し、家計への配分を求めたにも拘わらず、国際競争力論や横並び論にこだわり、組合側の控え目な要求に充分応えなかった一部の経営側の対応ぶりは残念でならない。一時金による成果配分にこだわり、月例賃金の引き上げには消極的対応に終始した企業があったことも残念だ」などと述べた。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2007/20070314_1173866768.html

「横並び論にこだわり」というのが意味不明なのと、「月例賃金の引き上げには消極的」だから「家計への配分」が不十分というのは理屈があわないということはありますが、まあ連合としてみれば「残念」な部分が残る結果ではあったでしょう。もっとも、回答を受けた金属労協はここまでネガティブではなく、それなりの評価をしているようです。

 自動車、電機の主要企業の春闘は、景気拡大と好調な企業業績を背景に、多くの企業で経営側が1000円程度の賃上げを回答した。大手企業の回答が続々とまとまり、正午過ぎから会見した金属労協の加藤裕治議長(自動車総連会長)は「ひとつの流れを作ることができた」と明るい表情をみせた。
(平成19年3月14日付産経新聞(大阪)夕刊から)

今回は鉄鋼と造船重機は賃金交渉がありませんでしたので、他の主要産別の見解をみてみても、たとえば電機連合は「当面の見解」としてこう評価しています。

 今次交渉は、電機産業の企業業績が全体として増収・増益基調にあるものの、企業間のバラツキが際立って大きい等、大変難しい環境下での交渉となりました。そうした中、電機連合は「昨年を上回る賃金改善を行う」とする連合の方針、「各産別は産業間・産業内の賃金格差の実態や業績を踏まえ、具体的な賃金改善要求を行う」とするIMF−JCの方針を踏まえ、かつ、賃金の市場価値や賃金決定における相場性など「賃金の社会性」を重視した交渉を一貫して推進してきました。そうした観点から、回答結果は評価できる内容と判断します。
http://www.jeiu.or.jp/activity/life/2007/view.html

自動車総連はまだ見解をホームページに掲載していないようですが、報道などで見る限りはやはり一定の評価をしているようです。

…今春闘最大の焦点は、企業業績の回復がどこまで賃上げに反映されるかだった。組合側は「昨年に続いて賃金改善を引き出し、流れを作り出した」(自動車総連・萩原克彦事務局長)とおおむね評価している。
(平成19年3月15日付読売新聞朝刊から)

結局のところ、産別、単組と、経営の実情を実感しやすい組織末端に行くほどに、経営サイドが「一時金による成果配分にこだわり、月例賃金の引き上げには消極的」という姿勢をとることも「致し方ない」と理解しやすいということなのでしょう(もちろん、労組の運動論的にはこれを「企業別労組の限界」とみることもできるのでしょうが)。実際、足元の業績をふまえて高額な賞与回答(業績連動もふくめ)を引き出したうえ、経営サイドが国際競争力論を強める中で2年連続で賃上げ回答を獲得したことは、それなりに高く評価すべきなのかもしれません。「短期の業績・成果は賞与に適切に反映」という経団連「経営労働政策委員会報告」の方針はどうやら定着しつつあるようです。
もうひとつ、あまり注目されていないようですが、やはり経団連がかねてから主張している「総額人件費」論もどうやら定着しつつあるようです。連合が月例賃金の引き上げにこだわるのは、それが安定的な労働条件水準向上であり、生活水準の改善に結びつきやすいということや、世間相場の形成につながるということが大きいのでしょうが、それに加えて、賞与や退職金、年金など、幅広い波及効果がある、という理由もあるでしょう。経営サイドが賃上げに消極的だったのは、国際競争力論だけではなく、総額人件費の観点を重視した結果であるというのも想像に難くありません。
さらに、昨日のエントリでもふれた「手当に配分」というのも、総額人件費の観点であるといえましょう。今回の富士通の回答はさらに典型的です。

 賃金水準がすでに高い松下電器産業は組合の賃上げ要求に対し育児手当の増額という形で決着した。子供を持たない社員は恩恵を受けない。富士通は賃金改善額千円のうち、社員の手取り増に直結しない教育・研修の充実に五百円を投じる。
(平成19年3月15日付日本経済新聞朝刊から)

「教育・研修の充実に500円」というのは、もはや「賃金制度改善」とさえも到底言えないでしょう。いっぽう、教育・研修にかかるコストも人件費であることには間違いなく、これは結局のところ賃金500円、それに加えて総額人件費で500円という回答ということにならないでしょうか。もちろん、賃金の500円は総額人件費でみればもっと大きく、富士通くらいの大企業であれば影響度は2倍は超えるでしょうから、安く見積もっても賃上げ500円は総額人件費1,000円アップくらいにはなると思われます。ですから、今回の富士通の回答は、総額人件費で1,500円、うち賃金に500円を配分、というものであるともいえそうです。いずれにしても、賃上げ要求に対する回答が一部総額人件費的に提示されるというのは従来にないことと思われ、経団連が長年主張してきた総額人件費論もいよいよ定着してきたといえそうです。