経団連、雇用を重視

週末の日経新聞から。経団連の2009年版経営労働政策委員会報告の原案が明らかになったとのことです。

 日本経団連が二〇〇九年の春季労使交渉に向けて経営側の指針としてまとめる「経営労働政策委員会報告」の内容が明らかになった。今の経営環境を「危機的状況」とし「減益傾向が強まる中、賃上げよりも雇用維持を重視する企業も少なくない」と明記。賃上げを打ち出した〇八年方針を修正して引き上げ判断を個別企業に委ね、雇用確保を最優先と位置付けている。
 経団連会長、副会長が集まる会議などでさらに詳細を詰め、十一月末に最終案を固める。ここへきて政府・与党は経済界に賃上げを求めているが、人件費の決め方は「個別企業の交渉により、自社の支払い能力に即して決定すべきである」とし、「総意」としては賃上げを掲げない構えだ。
 各国経済の減速に見舞われるなど、企業を取り巻く現在の環境は石油危機、バブル経済崩壊後に次ぐ「第三の危機」と指摘。次の労使交渉は「過去の経験、教訓を踏まえながらの対応が重要」と慎重さをにじませている。
 加えて「生産性上昇を伴わない賃金上昇は高コスト体質を加速させ国際競争力の一層の低下を招く」と懸念を表明。経営の課題は「自社の実態を踏まえ総額人件費をいかに適正に管理するかである」とした。
 そのうえで「中長期的な視点にたち、雇用安定を最優先に話しあう」との方針を新しく盛りこんだ。
(平成20年11月8日付日本経済新聞朝刊から)

たしかに、11月4日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081104)でご紹介した政府・与党の追加経済対策「生活対策」では依然として「経済界に対する賃金引上げの要請」が掲げられていましたが、どうも経団連としては経済界をあげてこれに応じるような情勢ではない、という判断のようです。
もっとも、それでは記事が書きたてるほどに大きなスタンスの変化があったのかというと必ずしもそうではなさそうで、もちろん報告書を読んでみなければわかりませんので推測に過ぎませんが、基本的な考え方はあまり変わっていないのではないでしょうか。たとえば、「個別企業の交渉により、自社の支払い能力に即して決定すべきである」というのは、旧日経連時代から「横並び一律ベアはもはや論外」の意味で言われてきていますので、別に目新しいものではありません。ただ、記事のとおり「減益傾向が強まる中、賃上げよりも雇用維持を重視する企業も少なくない」という表現がされているのだとすれば、たしかに2008年版の「全規模・全産業ベースでは増収増益基調にあるとはいえ、企業規模別・業種別・地域別に相当ばらつきがみられる現状において、賃上げは困難と判断する企業数も少なくない」に較べれば踏み込んでいると申せましょう。実際、企業業績がそれだけ変化しているので当然といえば当然かもしれませんが。
同様に、「生産性上昇を伴わない賃金上昇は高コスト体質を加速させ国際競争力の一層の低下を招く」とか「自社の実態を踏まえ総額人件費をいかに適正に管理するかである」とかいうのも、要するに生産性基準原理(の変形?)と総額人件費論ですから経団連のこれまでの主張と同じで、わざわざ記事にするほど目新しいものではありません。いっぽう、「石油危機、バブル経済崩壊後に次ぐ「第三の危機」と指摘」したうえで「過去の経験、教訓を踏まえながらの対応が重要」と「慎重さをにじませている」というのはなんとなく意味ありげで、これはおそらく昨今の物価上昇を念頭においたものという気がします。連合は物価上昇分の賃上げを求める方針だそうですから、これに対抗して、石油危機の際に賃上げを抑制して物価上昇も抑制した「管理春闘」の経験を持ち出しているのではないでしょうか。まあ、このあたりは報告書を読んで見なければなんともいえませんが…。
ただ、「雇用維持を重視」というのも、後段の「中長期的な視点にたち、雇用安定を最優先」という表現によく現れているように、「中長期的な」雇用、すなわち正規雇用がもっぱら念頭におかれているのではないかと思われます。つまり、実質的に意味するところは大企業を中心にこれまで広く採用されてきた「正社員の長期雇用、長期人材育成・投資、長期回収」という考え方はこれからも維持していく、ということであって、そのためのフレキシビリティ確保の役割を持つ非正規雇用については、契約期間・派遣期間終了にともなって粛々と雇い止めなどが行われることになるでしょう。というか、すでにそうした動きが広がっているのが現実ではないかと思われます。
もっとも、ある段階に達すれば、前回の景気後退局面のように、非正規雇用を一定割合維持しながら、希望退職などによる正規雇用の削減に踏み込む企業も出てくるかもしれません。結局のところは経済合理性の話ですから、最終的には「長期にわたって人材投資して能力と経験を蓄積し、その分賃金も高く、定着は良好で配置転換なども容易だがだが雇用の柔軟性は低く削減コストの高い正社員」と「能力や経験はそれほどでもないが賃金は低く、定着や配置転換はあまり期待できないが雇用の柔軟性は高く削減コストの低い非正社員」との比較衡量になるわけで。
いずれにしても、経団連が「雇用維持」を言ったからといって雇用失業情勢は悪化する可能性が高いわけですから、再就職支援や雇用創出、あるいは失業給付などのセーフティネット確保のための政策が重要になりそうです。ということは、これまで繰り出してきた雇用対策もその真価を問われる場面になるのかもしれません。