春季労使交渉回顧(1)

数でいえばまだ多数の労組が交渉中なので「回顧」というのも変なものなのですが、最大のヤマ場である金属労協主要各社の回答からは10日以上経過してほとぼりも冷めてきましたので、このあたりで簡単に振り返ってみたいと思います。
まず、賃上げと賞与についてですが、結果を3月13日付の朝日新聞から転記しましょう。

■08年春闘の製造業大手の回答状況
 企業名    賃上げ(円)      一時金
 【自動車】
 トヨタ自動車 1000   75万円+5カ月
 日産自動車  7000      6.1カ月
 ホンダ     800      6.6カ月
 三菱自動車  要求せず        4カ月
 マツダ     800      5.8カ月
 【電機】
 日立製作所  1000     4.91カ月
 松下電器産業 1000      業績連動型
 東芝     1000      業績連動型
 NEC    1000      業績連動型
 富士通    1000      業績連動型
 三菱電機   1000     5.83カ月
 シャープ   1000     5.26カ月
 三洋電機    800      業績連動型
 【造船重機】
 三菱重工業  2000   43万円+4カ月
 IHI    2000   20万円+4カ月
 【鉄鋼】
 新日本製鉄  1500程度    業績連動型
 住友金属工業 1500程度    246万円
(平成20年3月13日付朝日新聞朝刊から)

日産自動車は表示方法が違うのでよくわからないのですが、とりあえず定昇込みの数字で満額回答ということのようです。造船重機と鉄鋼は隔年春闘なので2年分ということになるのでしょう。全体的には「ほぼ昨年並」で「そこそこ横並び」といった感じでしょうか。
労組が要求を最終検討していた昨年末には、企業業績は好調持続、政治的にも賃上げが要請され、経団連も「容認」などと報じられる、といった流れで、昨年を上回る期待があったわけですが、年があけるとサブプライム発の不安材料が拡大し、要求提出・団交の肝心な時期に円高・株安といった強い逆風が労使に吹き付け、結局は昨年並という結果で、おそらく交渉の当事者は相当大変だったのではないかと思いますが、マスコミなどの部外者からみればいまひとつ不完全燃焼という印象が残ったというところでしょう。
新聞各紙の報道によると、連合の高木会長はJC集中回答日の記者会見でこの結果について「交渉を詰める時期に株安・円高原油価格高騰が深刻化し経営側はここ一週間から十日の間で対応が厳しくなった」「足元の円高や原燃料価格の高騰など、外部の経営環境の悪化から製造業が苦戦を強いられた」「経営側にはもう少し大局的に判断してほしかった」「国民の期待に応えられたかといえば残念さもある」などとコメントしたそうです。また、14日の記者会見では、回答集計結果をうけて「労働分配率の反転、内需拡大に十分とは言い難いが、厳しい状況の中、昨年を超えることはできた。続く中小、パートなどの交渉につなげたい」ともコメントしているようです。いっぽう、「賃上げできる企業は賃上げを」と述べていた経団連の御手洗会長は「先行きにかなり厳しい見方をしなければならない状況のなかで、去年並みというのは非常にがんばったと思っている」「各社はベースアップ、賞与、手当などの形でできるだけ賃金改善に努めた」との評価を示したそうです。マスコミの批判的な論調にもかかわらず、労使トップとしては必ずしも大きな不満を残したという結果ではないようです。
当然、それぞれの回答は各個別労使が真剣に交渉した結果ですから、やはりそれなりに尊重されるべきだというのはもっともな考え方と申せましょう。とはいえ、ナショナルセンターとしては日本全体としてどうなのか、ということにも当然関心を払うわけで、高木会長としてはそこは「もう少し大局的に」「残念さもある」という思いは残ったということでしょう。ただ、「もう少し大局的に」という表現には「足元の状況・個別企業の事情からやむを得ない部分も相当ある」というニュアンスが感じられますし、「残念さもある」という表現には「肝心の時期に逆風が吹いてしまって…」という嘆きも含まれていることでしょう。実際に回答を受けた金属労協は「本日示された回答は、各産別の指導の下、企業連・単組の懸命な努力によって引き出したものであり、JC共闘全体としては、金属労協の闘争方針で求めた「人への投資」「家計への配分による内需拡大への波及」に一定の役割を果たしたものと判断する」「賃金改善については、「2006年、2007年闘争における賃金改善の流れを確かなものとし、それを上回る引き上げを実現する」との方針を全体として満たし、JC共闘の役割を果たすことができた。3年連続で賃金改善を実現することによって、賃金改善の流れを確かなものとすることができた」と評価していますが、これが率直なところではないでしょうか。
経営サイドのナショナルセンターである経団連も「非常にがんばった」と評価しているようですが、面白いのは「ベースアップ、賞与、手当などの形で」と「賞与」を含めているところです。賞与まで「賃金改善」に含めるのは少なくとも労使交渉の実態や賃金の技術論には合わない(賞与も賃金だといえばそのとおりではありますが)わけですが、それはそれとして、たしかに賞与については各社とも高額な回答を行い、現時点での業績を反映させているといえましょう。金属労協も賞与については「一時金は、企業業績の回復を背景に積極的な交渉を展開し、全体として昨年を上回る水準へと引き上げることができたものと受け止める」と、かなり高い評価を与えています。
こうしてみると、今回の結果は労使双方がそれなりによくやったと評価できるのではないでしょうか。「経団連、賃上げ容認」などと「賃上げの流れを作った」つもりだったマスコミ(特に日経新聞)にはこの結果は不満でしょうし、政治サイドにも「先行きはともかく今はまだ儲かってるんだからもうちょっと出してくれても」との思いはあるでしょうが、マスコミに関して言えばこの失態はサブプライム問題の展開を読みきれなかった自業自得でしょうし、政治の嘆きに対しては「そこは賞与で出している」というのが経営サイドの言い分になるのでしょう。特に、政治サイドからすれば、賃上げへの口先介入は財源不要のバラマキということで魅力的でしょうが、それで経営が傾いても政治は責任を取れないわけで、どうしても限界はあるでしょう。企業の利益を国民に分配したいのであれば、それに課税して再分配するというのが筋でしょう。当然ながらその財源確保=増税には抵抗も強いでしょうし、実際にやるとなると相当大変でしょうが、だから賃上げ要請だ、というのもいささか手抜きなような。御手洗氏は福田首相の賃上げ要請に対して「政府としても所得減税などの努力を」と求めたそうですが、御手洗氏にしてみれば政府が定率減税廃止などを行うかたわら「その分も企業が出せ」と言わんばかりの賃上げ要請を行うことに反発があったのではないでしょうか。