新聞各紙 春闘社説読み較べ

今年の春季労使交渉もこの18日、金属労協各社の回答が示され、ヤマ場を越えたようです。経済情勢を反映してか厳しい内容のものが多く、また定昇の回答があった企業でもその実施延期が逆提案されるといったケースも見られます。各社とも困難な交渉であったものと思われますが、協議を尽くして円満に解決の運びとなったことはまことにご同慶です。
これについては、先週までに主要全国紙の論評も出揃ったようです。このところ春季労使交渉の回答を社説で取り上げない新聞もあったりして淋しいものがあったのですが、今年は各紙とも見解を表明しました。ということで、その読み比べを試みてみたいと思います。
…とは言ったものの、実際に読み比べてみると実は各紙でかなり共通している部分が多いことが判明しました(笑)。実は昨年もそうだったのですが(笑)。5紙のうち、毎日を除く読売、朝日、産経、日経については、以下の大筋についてはほぼ一致しています。通常、マスコミは春季労使交渉に関しては労組の応援に回ることが多いのですが、今回はやや辛口な評となっています。

  • 今回厳しい回答が示されたことは、現下の経済情勢・企業業績を考えれば当然であり致し方ない。
  • 急激な経済悪化の中、賃金より雇用が重要かつ喫緊の課題となっていたにもかかわらず、労組がベア要求の方針を転換しなかったのは誤った判断だった。
  • 今後、労使は雇用確保に向けて尽力すべきだ。

まあ、たしかに今次春季労使交渉においては、多くの人が「このご時世にベア要求かよ」という違和感を感じたことは間違いないでしょう。労組のベア要求方針に理解を示す向きでも、「労組の運動論として実質賃金確保=物価上昇分要求は容易に譲れない一線だから仕方ない」という建前を踏まえた消極的賛同だったのではないかと思います(私もここについてはいくらかは同情的です)。とはいえ、これが「労組は非正規労働者の雇用を犠牲にして正社員の既得権を拡大しようとしている」という捉え方をされ、それが広く喧伝されてしまったわけで、やはり作戦を誤ったとのほかいいようがないように私も思います。
というわけで、各社の社説も賃上げについてそれほど熱を入れて論じているわけではなく、むしろ雇用問題にウェイトがおかれています。読み比べもどうしても細部、ディテールに関わる細かい話が多くなりますがご容赦ください。
さて、それではまず日経新聞の社説からみていきましょう。お題は「雇用不安を映したゼロ回答」となっています。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090318AS1K1800218032009.html

 ゼロ回答はかねて予想された結果である。春の賃金交渉を主導する自動車と電機の主要労働組合は、賃上げの要求額を昨年より引き上げたが、雇用さえ危うい状況で通らなかった。ボーナス要求への回答も昨年水準を大幅に下回った。
 自動車、電機などの製造業の労組で構成する金属労協IMF・JC)の西原浩一郎議長は18日、会社側からの一斉回答を受けて「賃金構造維持分(定期昇給)は確保できたので、労組の最低限の役割は果たせた」と語った。だが電機では東芝、シャープなど大手企業の多くが、定昇の実施を凍結する方針である。
 労組側が今年の賃金交渉に向けて方針を固めたのは昨年半ばで、海外の資源価格の高騰によりガソリンや食品などの価格が上がった時期である。労組の全国組織の連合は「物価上昇による賃金の目減りを補い、内需を喚起する必要がある」と判断し、8年ぶりに賃金全体を底上げするベースアップの復活を目指した。
 これに沿って傘下の労組は要求を決めた。しかし昨年秋の米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻を機に生じた世界的な金融危機により環境は暗転した。企業業績は悪化し、トヨタ自動車日産自動車日立製作所東芝などの輸出関連の主要企業は今3月期連結決算で軒並み大幅な赤字を出す見通しとなった。
 会社側は早々と「賃上げは無理。定昇も困難」との意向を示した。大手企業が大幅減産に動き、派遣社員などの非正規社員の削減を進め、さらに正社員にも手を着け始め、雇用問題がにわかに重要になってきた。高まる雇用不安に「雇用も賃金も」との労組側の主張は空回りした。
 経済のグローバル化で国際競争の厳しい製造業では、昨春までの企業業績がよい時でさえ賃金交渉は低調に推移していた。例年通りの交渉をしても成果が上がるわけがない。
 電機の労使は急きょ「雇用の安定と創出に向けた共同宣言」をまとめたが、効果はあるのか。雇用対策で政労使の協議が進んでいるが、製造業の個々の労使にも一層の努力が求められる。雇用問題で協力して具体的に何ができるのか、正規と非正規との均衡処遇をどうはかるかなど、やるべきことはたくさんある。
(平成21年3月19日付日本経済新聞朝刊「社説」、http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090318AS1K1800218032009.html

ベア要求路線の蹉跌を中心に、社説というよりは解説に近い感もあり、雇用問題への言及もそれほど多くはないのが特徴でしょう。ただ、その部分が「効果はあるのか。雇用対策で政労使の協議が進んでいるが、製造業の個々の労使にも一層の努力が求められる」となっているのは少し違うかな、少し労組(というか、電機労使)に気の毒かな、という感はあります。政労使での協議に較べたら、個別労使での協議のほうがはるかに切迫感をもって先に進んでいるはずですから…。均衡処遇も悪いとはいいませんが、ちょっと取って付けた感じです。
続いて読売新聞です。お題は「春闘集中回答 労使一体で苦境を乗り切れ」。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090318-OYT1T01259.htm

 春闘交渉の先陣を切って自動車と電機の大手企業が労働組合に示した回答は、「ベースアップゼロ」一色となった。
 それにとどまらず、電機大手では定期昇給の一時凍結を提案する動きも広がった。デフレ不況下の2002年以来のことである。それだけ経営が危機的状態にあるということだろう。
 年間一時金(ボーナス)の妥結額も、トヨタ自動車が前年実績を3割近くも下回るなど、総じて前年を大きく割り込んだ。
 物価の上昇を理由に8年ぶりのベア要求を掲げた連合の方針を受け、各労組は前年を大幅に上回る要求を掲げていた。だが、世界不況の直撃を受けて業績が急激に悪化、デフレ色が強まるにつれ、現実味を失っていった。
 交渉の終盤は賃金より雇用春闘の様相を色濃くしたのも、当然の展開だった。
 ここは労使の協調が大切だ。従業員の士気を低下させず、経営の足固めをし、反転攻勢の機をうかがう時期としてほしい。
 電機大手の労組で組織する電機連合は、日立製作所東芝など6社と、「雇用の安定と創出に向けて最大限の努力をする」とした共同宣言の締結にこぎつけた。今後のリストラを防ぐ一定の歯止めにはなるだろう。
 企業の実情に応じて、雇用維持にも工夫する必要がある。
 すでに製造現場では期間工派遣社員の削減が進んでいる。失職後の安全網の不備も浮き彫りになった。住宅や再就職の相談に乗るなど企業努力で対応できることもあるのではないか。
 非正規労働者の活用の在り方については、働く側に配慮し、生産性の向上も考えつつ、各労使で検討すべき課題だろう。
 正社員についても、営業日や工場の操業を一部休止し、賃金もカットする企業が続出している。こうした労働時間の短縮と人件費削減の組み合わせを、仕事を分け合う「ワークシェアリング」だと説明する企業もある。
 雇用の安定を図り、採用枠を増やすには、何よりも経済を上昇軌道に乗せることだ。内需拡大策など政府の役割も大きい。
 これから他の産業や中小企業の交渉が大詰めを迎える。「内需型産業の中には勝ち組もある」と言われる。相場形成のリード役を担っている自動車や電機の決着に倣うことはない。
 消費を促し、社会を元気づけるためにも、堅調な企業には積極的な賃上げを期待したい。
(平成21年3月19日付読売新聞朝刊「社説」、http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090318-OYT1T01259.htm

これまたかなり妥当な論評という感がありますが、特徴的なのは春季労使交渉をあっさり切り上げて雇用問題を多く取り上げながらも、雇用維持に向けた政労使での取り組みや、政府によるセーフティネット整備などについて言及していない点です。労使協調路線を強調したうえで、雇用問題についても各労使での主体的、個別的な取り組みを重視する姿勢が鮮明で、政府の役割は「内需拡大策など」「経済を上昇軌道に乗せる」ことのみが指摘されています。私は雇用維持やセーフティネットでも政府の役割は重要だと思うのですが、「企業努力で対応できることもあるのではないか」との記述をみると、それは当然の前提としてあえて言及しなかったのかもしれません。
非正規労働について「働く側に配慮し…各労使で検討」とし、正社員について「労働時間の短縮と人件費削減の組み合わせ…「ワークシェアリング」」という整理をしているのも、現実を踏まえた適切なものと考えられます。
とりわけ重要なのは、「「内需型産業の中には勝ち組もある」と言われる。相場形成のリード役を担っている自動車や電機の決着に倣うことはない。/消費を促し、社会を元気づけるためにも、堅調な企業には積極的な賃上げを期待したい」との指摘でしょう。たしかに、世間にはこうした状況下でも業績を伸ばし、人手が不足気味の産業・企業もあります。その中には、労働条件が相対的に高くないことが人手不足の原因となっているケースも多いはずです。こうした産業・企業では大いに賃上げを行ってほしいものだと私も思います。
19日付ではもう1紙、産経新聞春季労使交渉を取り上げました。こちらのお題は「春闘一斉回答 雇用確保の努力が足りぬ」です。
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090319/sty0903190309000-n1.htm

 今年の春闘交渉の行方を左右する電機や自動車など大手製造業は、労働組合の要求への回答を一斉に示した。
 米国発金融危機と世界同時不況の影響で、企業業績が大幅に悪化している。経営側と労働側の主張の隔たりは大きく、好業績で一時金の積み増しが焦点となった昨年とは大きく様変わりした。
 ここは景気下支えのため、労使双方が危機感を共有し、雇用維持を最大の課題として折り合えるところを探るべきである。
 今年の春闘交渉は当初からかみ合わなかった。労働側が「内需拡大のためにも賃上げが必要」と8年ぶりにベースアップを要求したのに対して、経営側は「賃上げは困難」と主張し、交渉は平行線のまま推移した。
 交渉の結果はトヨタ自動車がベースアップゼロに加え、10年ぶりに年間一時金の回答額が労組の要求を下回った。大半の企業は年功に基づく定期昇給を維持したが、東芝やNECなどは定昇実施を一時的に凍結する方針を示した。
 そうした双方の隔たりが大きい中で、緊急の課題として浮上したのが雇用の維持である。非正規労働者の解雇が相次いでいることもあり、これまでの正社員中心とした春闘から、非正規労働者を含む雇用の確保を意識した交渉にすべきだった。
 そこで焦点となるのはワークシェアリングである。具体的には1人当たりの労働時間を減らして仕事を分かち合い、社員を解雇しないよう工夫する手法だ。前回の失業率が急増した局面でもなかなか根付かなかった。
 要因として挙げられるのは、欧州と違って、正社員か非正規労働者かで賃金差が大きい点などがある。だが、賃金が上がらず、雇用の維持も難しくなったら、労働意欲の低下を招くのは必至だろう。企業の生産性を維持するためにも、労使双方が積極的にワークシェアリングを工夫すべきだ。
 今回の春闘は雇用をめぐる政労使の足並みがそろわなかった。日本経団連と連合は先に雇用安定に向けた共同提言をまとめ政府に要請した。舛添要一厚生労働相は「今月中に政労使合意をまとめたい」と語ったが、政府の対応は遅すぎないか。
 雇用不安解消へ取り組むべき課題は山積している。政労使は協力して知恵を出してもらいたい
(平成21年3月19日付産経新聞朝刊「主張」、http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090319/sty0903190309000-n1.htm

ここではベア要求路線に対して「これまでの正社員中心とした春闘から、非正規労働者を含む雇用の確保を意識した交渉にすべきだった」という評価がなされています。連合は並行して「非正規労働センター」などの活動も精力的に進めており、労組としては決して「正社員中心とした春闘」をしているつもりはないでしょうが、しかしこうした受け止められ方をするのが現実です。ここはマスコミを責めるよりは、やはり労組に戦術ミスの反省を求めたいところです。
ただ、産経がそれに続いて正規・非正規まとめてワークシェアリングを論じているのはやや上滑っている感はあります。「労働意欲の低下」「企業の生産性を維持」という論点で検討するとなると、正規・非正規どちらの「労働意欲の低下」がより大きい問題なのか、正規・非正規どちらが「企業の生産性を維持」することにより大きく貢献するのか、といったウェイトの違いが、企業によってそれぞれ異なってくるはずです。まあ、それも含めて「労使双方が積極的に」検討すべき、ということかもしれませんが、その結果は全体としてみればなかなか「非正規労働者を含む雇用の確保」とは十分にはなりにくいかもしれませんが…。
なお、産経は日経とは異なり、政府あるいは政労使の取り組みは個別労使に遅れをとっているという問題意識のようです。ここはこちらのほうが実態に近いのではないかと思われます。
さて、朝日・毎日の2紙は、1日遅れの3月20日の社説で春季労使交渉を取り上げました。まず朝日ですが、お題は「09年春闘―政労使で雇用に取り組め」。
http://www.asahi.com/paper/editorial20090320.html

 かつてない世界的な同時不況が、今年の春闘を方向づけた。
 前半戦の主要メーカーによる集中回答では、定期昇給をやっと確保したところが大半だ。電機大手では、経営側が定昇の凍結という事実上の賃金カットを提案する動きも広がった。
 8年ぶりのベースアップを正面に掲げた連合の作戦は、経済環境から考えて無理だったということだろう。
 たしかにベア要求には、昨年前半に高まった資源インフレに対して、実質賃金を回復するという大義名分があった。ところが、春闘方針をまとめていく途中の昨年9月に、米国発の金融危機が起きて環境が一変した。
 輸出が激減して、日本を代表するメーカーが軒並み大赤字へ転落し、非正規の雇用が切られていく。「労使の主張がこんなに隔たった春闘は見たことがない」といった声が聞かれるなか、組合側は「雇用と定期昇給を維持」という線へ後退していった。
 やはり、環境の急変がはっきりした段階で、非正規を含む雇用確保へ方針転換すべきだった。ベアにこだわって、雇用に使うべきエネルギーが分散してしまったのは残念だ。
 とはいっても、雇用を守るための模索も始められており、この点は今後も大切にしたい。
 連合と日本経団連は1月に雇用の安定・創出に向けた異例の共同宣言を出し、3月に入って舛添厚生労働相に対し、政労使で協議を始めるよう提言した。週明けには、「日本型のワークシェアリング」を進めていくことで政労使が合意する予定になった。
 失業の急増を防ぐため、仕事と賃金をどうやって分かち合うかという当面の対策が、まずは3者協議のテーマになる。減産しても雇用を減らさないような企業に対して、人件費負担の一部を助成するといったものだ。
 これで雇用不安を抑えると同時に、雇用のあり方を全体として組み替えていく出発点にしてもらいたい。
 戦後の高度成長を支えた日本的な雇用関係は、この20年間で大きく変わった。産業のサービス化が進み、少子高齢化で働く世代が減り始め、不安定な非正社員が3分の1を占めるようになった。グローバル化により、外国の労働者との競争も激しくなった。これらに合わせて、働き方・人の使い方も変えていかなければならない。
 たとえば非正社員の問題では、雇用の安全網を整備すると同時に、「同一労働・同一賃金」へ向かうべきだと指摘されて久しい。だがこれを進めると、日本的な正社員の年功賃金制を大きく変えなければならなくなることが、行く手を阻んでいるようだ。
 難問への挑戦になるだろうが、今後の政労使の協議のなかで、じっくりと取り組んでいってほしい。
(平成21年3月20日朝日新聞朝刊「社説」、http://www.asahi.com/paper/editorial20090320.html

「環境の急変がはっきりした段階で、非正規を含む雇用確保へ方針転換すべきだった。ベアにこだわって、雇用に使うべきエネルギーが分散してしまったのは残念だ」と明言しているのは、朝日がここまで言うかねぇ、という第一印象なのですが、まあ実際そのとおりなので期待をこめて苦言を呈したのでしょうか?それとも、朝日がより期待するのは全労連であって、連合にはそれほど期待していないのかな?まあこのあたりはよくわかりません。それにしても、朝日と産経の社説がこうまで似ているというのには正直なところ驚きました(のは私だけ?)。
とにかく朝日らしからぬ?現実路線の社説で、「グローバル化により、外国の労働者との競争も激しくなった。これらに合わせて、働き方・人の使い方も変えていかなければならない」というのも、本当に朝日?という印象です。まあ、私が朝日に対して偏見が強い、ということも認めますが(笑)。ただ、これに続けて「雇用の安全網を整備すると同時に、「同一労働・同一賃金」へ向かうべき」とまで書いたのは、グローバルに「同一労働・同一賃金」でいいの?とりあえず中国と同一賃金ということで?と突っ込みたくなってしまいます。もちろんそんなつもりではないでしょうが。
なお、「同一労働・同一賃金」を進めると「日本的な正社員の年功賃金制を大きく変えなければならなくなることが、行く手を阻んでいる」というのはやや皮相な感はあります。現実には、各社が企業内で「同一労働・同一賃金」を実現しようとした結果、まさに結果的に見た目「年功的」になってしまっているという側面も大きいと思われるからです(もちろん、生計費配慮によって年功的になっている側面もまた大きいわけで、これはこれで労使の協議、交渉と妥協の産物です)。そもそも同一労働・同一賃金とはなにか、というのがおよそ一筋縄でいく問題ではなく、さらに単純に年功をやめれば同一労働・同一賃金になりやすくなる、といったものではなく、日本企業の人事管理、産業・企業の競争力戦略に深くかかわってくる問題です。そういう意味で「難問」であるのはそのとおりなのですが、理解が安易に過ぎる感じです。
さてさて、今年異彩を放ったのは、やはり1日遅れの掲載となった毎日です。お題は「ベアゼロ回答 「雇用維持」の約束忘れるな」となっておりまして…。
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090320ddm005070014000c.html

 「軒並みベアゼロ回答」「定期昇給凍結で事実上の賃下げ」。今春闘の賃上げ集中回答の状況を端的に言うとこうなる。労働側だけでなく、景気回復に向けて元気を取り戻したい日本経済にとっても、春を前に冷水を浴びせられた格好となった。
 賃上げ相場をリードしてきた自動車、電機各社の労組でつくる金属労協IMF・JC)に対する集中回答で経営側が「ベアゼロ」で足並みをそろえた。労働側は「賃上げで内需拡大を」と訴え、政府もエールを送ったが、経営側のガードは堅かった。
 電機産業の一部企業は事実上の賃下げとなる定期昇給の凍結に踏み切る方針を表明した。すでに職場ではワークシェアリング(仕事の分かち合い)の実施によって、休業分の賃金がカットされている企業もあり、それに加えてベアゼロや定昇まで凍結となれば、大幅な賃金ダウンが広がる。給与が下がれば、消費者は財布のヒモを締めて物を買わなくなり、企業活動が縮んでしまうという悪循環に陥ってしまう。
 これまで経営側は、労組が統一要求を掲げて交渉する春闘方式に対して「横並びで賃上げする時代ではない」と批判を繰り返してきた。今回は、経営側が横並びでベアゼロを回答した。もう労組の横並びを批判する資格はなくなった。
 この後、春闘は中堅、中小企業の交渉が本格化する。自動車や電機大手各社の厳しい回答を受けて、体力のある中堅、中小企業が賃上げ自粛に走ることがないよう求めたい。一般的に中堅や中小は、大企業に比べて賃金水準が低く、経営が安定している企業にとっては格差を縮め、有能な人材を集めるチャンスだ。労組も萎縮(いしゅく)せず積極的に賃上げを引き出すべきだ。
 連合と日本経団連は今年1月「雇用安定・創出に向けた労使共同宣言」を発表、今月に入って政府に対し雇用安定に向けた提言を行った。今月中には、雇用対策で政労使合意をまとめることになっている。
 今回のベアゼロ回答の理由が「賃上げより雇用維持」だというならば、雇用に手をつけるべきではない。操業を短縮して従業員を休業させる場合、休業手当などの一部を助成する雇用調整助成金を積極的に活用するなど、さまざまな手を尽くして何としても雇用を維持すべきだ。
 賃下げした上に、人員削減も行うことは労使共同宣言に反する行為だ。労使宣言は個別企業を縛るものではないが、経営側自らが宣言を放棄する行動はとってほしくない。この場合、正社員だけでなく、派遣や期間従業員非正規雇用労働者の雇用も守ることは言うまでもない。
 労組の正念場はまだ続く。雇用崩壊を食い止めるという姿勢を貫き通し、組合員の将来不安を払しょくする大仕事が残っている。
(平成21年3月20日毎日新聞朝刊「社説」、http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090320ddm005070014000c.html

本エントリの意図からすると、期待に応えてくれてありがとうという感じです(笑)。労組の主張に全面的な応援を送っているわけですが、おそらく労組だってありがたいとは思っていないでしょう。現実を見ずに観念を述べればいいのだとすれば、報道なんて楽なもんですな。「これまで経営側は、労組が統一要求を掲げて交渉する春闘方式に対して「横並びで賃上げする時代ではない」と批判を繰り返してきた。今回は、経営側が横並びでベアゼロを回答した。もう労組の横並びを批判する資格はなくなった」と、連合も顔負けの揚げ足取りが出てくるのもびっくりです(シャレでさらに揚げ足を取るならば、今年も横並びで「賃上げ」はしていないわけで。これは100%ネタですので為念)。ただ、読売のところでも書きましたが「体力のある中堅、中小企業が賃上げ自粛に走ることがないよう求めたい。一般的に中堅や中小は、大企業に比べて賃金水準が低く、経営が安定している企業にとっては格差を縮め、有能な人材を集めるチャンスだ。労組も萎縮(いしゅく)せず積極的に賃上げを引き出すべきだ」というのはまったくそのとおりで、重要な指摘だと思います。
後半は他者と同様雇用について論じていますが、ゼロ回答の腹いせに難癖というか、言いがかりをつけている印象は禁じ得ません。「操業を短縮して従業員を休業させる場合、休業手当などの一部を助成する雇用調整助成金を積極的に活用するなど、さまざまな手を尽くして何としても雇用を維持すべきだ」というのは一応もっともなのですが、実際、社説が取り上げている「雇用安定・創出に向けた共同提言」http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/004.htmlを読めば、「賃下げした上に、人員削減も行うことは労使共同宣言に反する」とまではいえません。特に「正社員だけでなく、派遣や期間従業員非正規雇用労働者の雇用も守ることは言うまでもない」については、「共同宣言」が慎重に非正規雇用への直接的な言及を避け、「すべての労働者のための雇用のセーフティネットの整備」を政府に求めるにとどめていることをみると、およそこの共同宣言を根拠に「言うまでもない」と断じることはできないことは明白でしょう。
社説は最後に「労組の正念場はまだ続く。雇用崩壊を食い止めるという姿勢を貫き通し、組合員の将来不安を払しょくする大仕事が残っている」と締めくくっています。労組への期待は並々ならぬものがあるようですが、はたしてこれが労組だけの力でできるものかどうか。(政)労使協調が求められる局面でこうした議論を展開するのはどんなものなのかなぁというのが率直な印象です。