これがよくない

今朝の日経新聞に、「YKK就職活動応援イベント2005」という全面広告が出ていました。当然ながらYKKの宣伝なのですが、10月に開催された就職活動に関するイベントの紹介という体裁を取っています。内容は、YKKの吉田社長と、東大教授の伊藤元重氏とのトークです。
途中、YKKのさりげない(というほどさりげなくもないのですが)宣伝が入ったりするのはご愛嬌(実際YKKはたいへんな優良企業ですし)ですが、「求める人材」についてはこんなトークが出てきます。

司会 社長は慶應大学を卒業された後、アメリカのノースウェスタン大学でMBA(経営学修士)を取っておられますね。

吉田 はい。米国企業のマネジメントでは、MBAを持っていることは当たり前の資格のように言われています。日本の企業の中では、残念ながらまだうまく機能していない部分もありますが。
 経験を積み、さまざまな人と議論をするにはいい経験です。企業の中でも、10年、20年を見ていると、きちんとベースを持っている人は応用力もきき、きちんと物事を組み立てられるので頭角を現してきます。そうした人材を登用していきたいと考えています。

これがよくない。これが学生に要らぬ(というか、害をなす)誤解を与えるのではないかと思います。
そもそも、これから就活に臨む学生さんたちには、MBAを礼賛することより、「日本企業ではうまく機能していない」、すなわち時間とカネを大量に投入してMBAをとってもモトが取れない可能性が高いよ、ということをこそ知らせてあげなければならないはず(まあ、もちろん世間には楽々とMBAを取る人もいるので、そういう人は取っても損はしないのでしょうが)ではないのか?という気がします。

  • もちろん、ビジネス・スクールで学ぶことはたいへん有益だと思いますし、とりわけ、いずれ経営トップとなることが予定されている人には、知識だけではなく、人脈はできるし自信はつくし箔はつくしで、おおいに有意義でしょう。MBAのそうした効用がかなりの高額で評価されていいということまで否定するつもりはさらさらありません。

しかも、吉田氏ご自身が、「10年、20年を見ていると」と述べておられますし、この前段では「長期的に育成」という発言もありますから、米国でよくみられる(?)ような「MBA即マネージャー」といった登用は吉田氏自身も念頭に置いておられないようです。
また、本当にMBAの取得が「きちんとベースを持っている」ということになるのかどうかもいささか疑わしいのではないか、という感もあります。MBAホルダーが活躍するのは、多分に本人がMBAを取得できるほどの高い資質を持っているからである部分が多いものと思われ、ビジネス・スクールでの学習がベースを作ったというよりは、そもそも学校でも企業でもベースを作りうるような資質の持ち主だった、ということではないか?という疑いはぬぐえません。米国でも、MBAが「かなりの才能と資質と家柄のよさ」のシグナル以上の役割をどれほど果たしているのかとか、MBAホルダー人脈が一種の特権階級を形成していることがMBAのメリットをもたらしているのではないかとかいった疑問はかなり呈されているのではないかと思います。
失礼ながら、「自分がMBAだから、会社の採用や人事においてもMBAを重用する」というのは、人事管理的にはかなり危ない・・・というのが常識だろうと思うのですがどんなもんなんでしょうか。もちろん、YKKは業績好調で立派な企業ですから、文句を言われる筋合いはないということでしょうが。
さて、広告に戻りますと、こう続いています。

伊藤 学生時代はサークル活動をして友人を作る、会社に入ったら現場で教わればいい。こうした時代は今や終わりました。最後に問われるのは個人の能力です。一生を通じて、何を自分の売りにするのか、磨いていくことが重要です。
 仕事を通じて磨く知識や経験もありますが、それは他の人も知っていることです。そこにどっぷり浸かっていると、よほど能力がない限り、付加価値を付けることはできません。違った見方をする人が現場に入ることで、知見が得られるのです。

これがまたよくない。ひょっとしたら理想的世界(?)においては本来こうあるべきだ、というのはそのとおりかも知れない可能性はありますが、現実世界がそうなっているかというと、たぶんなっていません。就活を控えた学生さんには、現実はどうかということを知らせる必要があると思うのですが。
だいたい、他の人が知っているから価値がゼロかというと、決してそんなことはないわけで、そこに「どっぷり浸かって」いても確実に付加価値を生み出していくことはできます。というか、大半の働く人はそうやって付加価値を生んでいるのだと思うのですが。
まあ、「大半の働く人」ではなく、もっとハイクラス(?)になるにはどうしたらいいか、ということだとしても、それにしても他人の知っていることを知らずして違った見方を提示してもあまり創造的・建設的ではないのではないかという気がするのですが、違いますかねぇ。違うのかな。
大方の場合は(私自身もまさにそうだった−そうである−わけですが)、現場に蓄積された膨大な(かどうかは現場によるかもしれませんが)「他の人が知っていること」をしっかり学んでいくことが、能力向上にも付加価値創造(?)にも近道ではないかと思うのですが、これも違うのでしょうかねぇ。それを知らずして「時代は変化しているのだから最新の知識を」なんてのは成り立つんでしょうか。
少なくとも、これを聞いた学生さんたちがこれを真に受けて「そうか、現場で学ぶことなんて他の人が知ってることだから、現場で学ぶなんてたいした意味はないんだな」と思い込んでしまったとしたら、これはまことに怖い話ではないか・・・という意気がするのですが、いかがなもんなんでしょうか。
私がとりあえず不思議に思うのは、YKKの人事がそう考えて採用をしているのか、ということです。まあ、MBAホルダーは潜在能力のシグナルとしては参考にしているでしょうが、その先どうかというと本当のところはどうなのか…。