日本労働研究雑誌10月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌10月号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.jil.go.jp
 今号の特集はなんと「男性労働」。金野美奈子先生の解題にいわく「労働研究はもともと男性労働研究だったともいえるが,そこでの「男性」はいわば一般的,標準的,規範的働き方を体現する存在にすぎず…従来自明視されてきた前提の変化,働き方モデルの揺らぎが…男性の働き方…組織,家族,社会のあり方はどこへ向かうのか」という問題意識とのことで、たしかに従来の前提がかなりの程度強固であっただけに、その揺らぎのもたらす影響は大きいというか読みにくいものがあるのでしょう。たいへん意欲的な特集であり、寄せられた論文も興味深く、しっかり勉強させていただきたいと思います。その他、巻末の連載にもドイツにおけるデジタル争議(ロボットのストライキの可能性を含む!)を考察した論文の紹介や米国における労働法・労働法研究の衰退と地方政府による補完的取り組みの紹介といった興味深い海外情報が含まれています。
(ところで、はてなダイヤリーにあった「はまぞう」による書籍のリンク挿入はこちらにはないのかな?まあ調べてみよう)

毎月勤労統計調査

 お訊ねをいただきましたので簡単にコメントしたいと思います。もちろん統計については素人で詳細に論じることはできませんのでそのようにお願いします。
 さてこれに関しては先月西日本新聞が「ローテーション・サンプリングに変更したら賃金上昇率が高くなった」みたいな記事を掲載していて何の話だろうと思ったところ案の定追随も続報もなかったのでまあそうだろうなあと思っていたわけですが、西日本新聞の親分(?)格である東京新聞が週末にこんな記事を掲載していたわけです。

 厚生労働省が今年から賃金の算出方法を変えた影響により、統計上の賃金が前年と比べて大幅に伸びている問題で、政府の有識者会議「統計委員会」は28日に会合を開き、発表している賃金伸び率が実態を表していないことを認めた。賃金の伸びはデフレ脱却を掲げるアベノミクスにとって最も重要な統計なだけに、実態以上の数値が出ている原因を詳しく説明しない厚労省の姿勢に対し、専門家から批判が出ている。
 問題となっているのは、厚労省が、サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」。今年1月、世の中の実態に合わせるとして大企業の比率を増やし中小企業を減らす形のデータ補正をしたにもかかわらず、その影響を考慮せずに伸び率を算出した。企業規模が大きくなった分、賃金が伸びるという「からくり」だ。
 多くの人が目にする毎月の発表文の表紙には「正式」の高い伸び率のデータを載せている。だが、この日、統計委は算出の方法をそろえた「参考値」を重視していくことが適切との意見でまとまった。伸び率は「正式」な数値より、参考値をみるべきだとの趣旨だ。
 本給や手当、ボーナスを含めた「現金給与総額」をみると、七月が正式の11.6%増に対し参考が0.8%増、六月は正式3.3%増に対し参考1.3%増だった。実態に近い参考値に比べ、正式な数値は倍以上の伸び率を示している。
 厚労省がデータ補正の問題を夏場までほとんど説明しなかった影響で、高い伸び率にエコノミストから疑問が続出していた。統計委の西村清彦委員長は「しっかりした説明が当初からされなかったのが大きな反省点」と苦言を呈した。
 SMBC日興証券の宮前耕也氏は「今年の賃金の伸び率はまったくあてにならない」と指摘した上で「影響が大きい統計だけに算出の方法や説明の仕方には改善が必要」と提言している。 (渥美龍太)
<毎月勤労統計調査のデータ補正> 厚生労働省が一定数の企業を選んで賃金などを聞き取るサンプル調査。対象になった大企業や中小企業の割合は世の中の実態と誤差が出るため、総務省が数年ごとに全企業を調査したデータを反映させ、補正する。賃金の伸びを正確に把握するため、このデータを更新した年は過去の分も補正し、連続性を持たせてきたが、今年は「統計改革の一環」(厚労省)として補正をしていない。その結果、規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。
(平成30年9月29日東京新聞朝刊から)

 これに関してはこの分野では最強の専門家である大正大学の高原正之先生がツイッターで連投しておられるのが参考になりますのでまずご紹介します。

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

東京新聞:厚労省の賃金統計「急伸」 実態表さずと認める 政府有識者会議:経済(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201809/CK2018092902000129.html …「サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」は誤解を生む。調査票を用いた調査である。
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046221768103522304

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

調査票はこちら。https://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/maikin-zenkoku.pdf
(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046222034878058496

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「政府の有識者会議『統計委員会』」も、妙な表現。統計委員会は統計法に基づき設置されている公式の委員会。権限は強く「有識者会議」というようなものではない。もちろん、委員の方々はご自分の専門分野で有識者ではある。統計法の概要はこちら。http://www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/index/seido/1-1n.htm …(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046223144791494657

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。」これは二重に奇妙。まず、毎月勤労統計で公表しているのは、日本の平均賃金。賃金が相対的に高い大企業(正確には大事業所)に勤める方が多くなれば平均賃金は高くなる。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224100241412096

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

実態がそうなったのであれば、平均値や合計を迅速に示す速報統計である毎月勤労統計の平均賃金が高くなるのは当然。大企業に勤めている労働者同士の賃金比較は、構造統計である賃金構造基本統計で見るのが原則。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224781950013443

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

この話はかなりややこしく、分かり易く伝えようと努力された結果であるとは思う。(終わり)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046225541219667968

 さて記者の方はおそらく28日の統計委員会を傍聴して記事を書かれたものと思いますが、その資料や議事録などはまだ公開されていないので現時点ではなんともいえない部分はあります。ただ、こうした政府の会議体については本委員会の前に分科会や部会などで議論が積み上げられていることが多いわけで、この件についてもさる7月12日に開催された統計委員会国民経済計算体系的整備部会で議論されていました(議事・資料はこちら)。
 こちらはすでに議事録も公開されていて、議題はローテーション・サンプリングへの移行状況の確認ですが、当該部分については厚生労働省の担当官が次のように説明しています。

…平成30年1月の入替えでは、入替え時に2,086円の差が生じましたが、この差が生じた要因は、調査対象事業所の入替えだけではありません。
 毎月勤労統計調査では、最新の経済構造を反映するために、経済センサスなど、全数の結果、信頼できる結果、信頼できる常用労働者数が得られた際に、その数字をベンチマーク、ウエートとして使っておりまして、平成30年1月に入替えに合わせまして、ベンチマークも、平成26年の経済センサス‐基礎調査の結果で、更新いたしております。
 平成30年1月に生じた2,086円の差のうち、295円が部分入替えによるものでして、残りの1,791円は、ベンチマークの更新によるものです。具体的には、ベンチマークの更新によりまして、資料の下の方にありますが、5~29人の規模の労働者のウエートが、旧のサンプル、これまでは43.9%でしたものが、ベンチマークの更新によりまして、41.1%に減少いたしました。その分、規模の大きな事業所の労働者の割合が、増加しております。
 規模の小さい事業所は、給与水準が、若干、相対的に低くて、規模が大きい事業所の給与水準は高くなっております。したがいまして、規模の大きな事業所の労働者のウエートが高まることで、平均賃金は高い方に修正されております。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000568758.pdf

 ということで、ローテーション・サンプリングへの移行は差が生じた要因としては大きなものではなく、要因として大きかったのは平成26年の経済センサスにもとづくベンチマーク・ウェートの変更であったということのようです。これに関しては、今回の統計委員会と同日付で厚生労働省のウェブサイトに毎月勤労統計:賃金データの見方(平成30年9月28日)という資料が掲載されており、ていねいに説明されています(おそらくは統計委員会でもこれを用いて説明がされたものと推測)。
 さてこの資料をみると、ベンチマークについては過去にも何回か実施されており、今回の対応は過去の例と異なるものではないらしいことが読み取れます。たしかに頻度は低いものの、しかし厚生労働省にとってはルーチンワークを踏襲したものであるとはいえそうです(過去には今回とは逆に変更の結果低い数字が出たこともあったような)。また、上記で引用した7月12日の部会の議事録の中では、中村洋一部会長代理(法政大学理工学部教授)の「ベンチマークの更新は、今回だけでなく、今後5年ごとに行う必要があり」という発言が記録されており、統計委員会の意思としてもベンチマークが継続的に実施されるべきだとされていることがわかります(まあいわば常に実態に即した統計を行うべきだということでしょう)。ちなみに5年に1回ではなく毎年くらいの頻度で現状より精度の高いベンチマークを行う手法についても検討されているようです。
 さて次に記事のいわゆる「参考値」ですが、これは今年1月分から新たに(昨年はなかった)【参考資料】として毎月算出・公表されている「毎月勤労統計における共通事業所による前年同月比の参考提供について」のことを指しています(部会の資料には5月分までしかありませんが、6月、7月の数値も公表されていて厚労省のウェブサイトで確認できます。ちなみに記事は今回高めに出た数字を正式正式と連呼していますが厚労省の公表資料には「正式」なる語はありません)。これは、有効な回答のあった調査対象事業所の中で、昨年同月の調査でもやはり有効な回答のあった事業所だけで集計を行った結果であり、上記部会において厚労省担当者から「共通事業所の集計におきましては、このベンチマークの更新による影響などを除くために、前年比を計算する際には、前年も、当年と同じ労働者ウエートを使って、計算してあります」との説明がなされています(さらに「今後、集計して、公表する系列を、項目としては、例えば、特別に支払われた給与だとか、所定外給与といったもの、項目を増やして、さらに産業別にも増やして、公表していく」ことも表明されています)。
 その背景としては、上記「賃金データの見方」にもあるように、もとより「統計委員会は「『労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は共通事業所を重視していく』ことが適切」としている」ということがあったわけです。そのために「継続標本(共通事業所)による前年同月比」の参考提供もこの1月から実施しているけれど、項目等も増やしてさらにわかりやすく公表していくことが必要だ、という話になっているわけです。
 なお前回(8月28日開催)の統計委員会に提出された資料「「毎月勤労統計」の接続方法及び情報提供に係る統計委員会の評価(案)」においても、今回の対応は標準的かつ適切なものと評価された上で、以下の注文がつけられています。上記「賃金データの見方」はこれに応えて作成されたものでもあるでしょう。

・新旧指数の接続に関する情報提供を円滑に進め、かつ、継続サンプル系列の利用方法に関するユーザーの理解促進を図る。
・このため、総務省(統計委員会担当室)の協力を得て、①新旧指数の接続、②継続サンプル系列の利用方法、などに関する分かりやすい説明資料を作成し、次回の統計委員会に提出する。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000571394.pdf

 ということで記者さんはまあ仕方ないとして(失礼)、エコノミストのみなさまがあまりブウブウ言われると厚労省の担当官としては「不十分だったかもしれないけど1月から継続標本の集計結果を提供してますよね…?」と言いたくなるかもしれません(まあ実際サンプル替えによる押し上げ効果に留意が必要、としているレポート類も多々ありますし)。あとこれは私はこの記者さんは本当によくがんばられたなと思うのですが記事の文章自体は(まあ正式を連呼したり「からくり」とか言ってみたりはしているのだが)かなり客観的なものになっていると思います。ところが残念なことに記事に添えられた挿絵がいかにも「国民を欺いている」ことを示唆しようとの意図がありありであーあという感じです。
 というか、ウェブ上をざっと見た限りでもこれについて「官僚が忖度して官邸に都合のいい数字を作った」「統計も恣意的に捏造されている、政府の発表はすべて信用できない」みたいな言説がうじゃうじゃ見つかるわけでみなさん統計をなめすぎだと思います。実際にはローテーション・サンプリングについては3年近く前から検討されていてもっと早くできないのかと言われていたくらいの話であり、ベンチマーク変更も経済センサスの結果発表後サンプル替えにあわせて実施したものであって恣意的に時期が決められたわけではありません。結果が高すぎるという指摘についてもまさに上で見たように統計委員会やその部会においてきちんと検証され評価されて、所要の対応も求められ実施されているわけですよ。特に毎月勤労統計調査は「平成二十五年度労働時間等総合実態調査」とかと違って統計法に定められた基幹統計であって、設計も運用も評価もしっかり行われており、官僚の恣意がそうそう簡単に入りにめるようなものではないはずです。もちろん完璧な統計など望むべくもないわけですし、正直リソーセスに限界のある中でやれることにもやはり限度があるだろうとも思いますが、統計に携わる方々にはこういう雑音に惑わされることなく(まあ惑わされるわけもないとは思うが)、その改善に取り組んでいただくことを期待したいと思います。いや本当に統計はあらゆる政策の基礎ですしね。

吾妻橋氏と高年齢者雇用

 先週の記事なのでかなり旧聞ではあるのですが、9月21日の日経新聞朝刊「大機小機」欄に、常々労働・社会保障問題について鋭く論じる「吾妻橋」氏が登場しておられましたので、ご紹介かたがた感想を書こうと思います。お題は「改革を忘れた高齢者雇用対策」です。

 安倍政権の労働政策は、痛みを伴う制度改革に踏み切るのではなく、首相が経団連に賃上げを求めるなどの市場介入型が目立つ。またひとつ、市場介入型が加わるようだ。企業に対する再雇用義務を、現行の65歳から70歳に引き上げることが報道された。
 年金財政が逼迫するなかでは、年金支給開始を70歳に引き上げることは避けて通れない。労働力の不足が続く以上、高齢者の雇用機会の整備も当然、必要だ。しかし、多くの矛盾を抱える現行の雇用慣行を前提に、更なる高齢者の雇用を企業に義務付けるのは安易すぎる。
 個人の仕事能力の差は年齢とともに拡大する。定年後も現役以上に働ける者がいる半面、意欲に乏しい者も少なくない。そもそも、年齢を理由に一律に解雇する定年制は、多くの先進国では「年齢による差別」として禁止されている。この定年制を放置したまま70歳まで一律に再雇用することは、悪平等主義だ。
 終身雇用のもとでは、大企業に入社すれば定年まで高賃金が保障される。再雇用義務を70歳に延長すれば、中小企業や非正規社員との生涯賃金格差はさらに拡大する。雇用の流動性も損ね、活力の乏しい社会を生み出すだけとなる。
 現行の働き方を企業が改革しようとする場合には、既存の働き方を前提とした退職金優遇税制や、裁判官の恣意性の大きな判例が障害となる。これを多様な働き方に対して中立的な仕組みに改革することが、政府の本来の役割である。
 そのためには、過度に勤続年数に捉われない同一労働同一賃金を徹底し、少なくとも40歳代以降の年功賃金を抑制することが必要だ。また、仕事意欲の乏しい社員を十分な金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダードの紛争解決ルールも導入すべきだろう。こうした施策で、企業が定年制を廃止できる環境を整備することが、高齢者雇用を促進する基本である。
 もっぱら企業の負担で高齢者の雇用を維持する政策は労働組合などからの反発も受けず、政権維持には都合がいい。しかし、せっかくの長期安定政権が、高齢化に対応した抜本的な改革につながらないなら残念というほかない。後世「失速したアベノミクス」との烙印を押されないだろうか。

 全体を通じてみると、今回はなぜかきつめの表現が目立つので言い過ぎ感がかなり漂っているのですが、問題提起と方向性は基本的には的確だろうと思います。あとは現実・実態に配慮しながら実際にどう進めていくのかという具体的な方法論が重要でしょう。
 ことの発端は安倍首相が日経新聞のインタビューで「評価・報酬体系の整備を進めて65歳以上への継続雇用年齢の引き上げを検討する」という発言で、それを受けて未来投資会議と経済財政諮問会議で検討する方針が打ち出されたと報じられています。吾妻橋氏も指摘するとおり「年金財政が逼迫するなかでは、年金支給開始を70歳に引き上げることは避けて通れない。労働力の不足が続く以上、高齢者の雇用機会の整備も当然、必要だ」ということになるでしょう。特に年金財政上は現在では給付を受けている60代後半が保険料を負担する方に回るわけで、入りと出の上下で効いてくるのでその効果は大きいものがあります。
 とはいえ、現状の65歳継続雇用義務を単純に70歳まで延長するのはさすがに無理があるとしたものでしょう。現状の定年後5年であればまだしも、10年間も再雇用でつなぐというのは人事管理上も難しいでしょうし、吾妻橋氏も指摘するとおり高年齢者の多様性に適切に対応することもできないでしょう。年功賃金を維持したままでさらに雇用義務を延長するのは無理だというのもご指摘のとおりだと思います。まあ悪平等だというのはやや厳しい表現だとは思いますし、定年制を前提しながら「終身雇用」という語を用いるのは吾妻橋氏にしてはめずらしい誤用ですが(過去何度も書いていますが現行程度の定年がある以上は終身≒死ぬまでではない)、これはまあ編集が介入して人口に膾炙した語に差し替えたのかな。あるいは氏ご自身が空気を読んだのかもしれません。
 いずれにしても、60代後半の多様性に対応するには60歳まで雇われていた企業で雇われ続けるという選択肢だけでは不十分なことは容易に推測され(現状の60代前半でも困難があるという声あり)、それを考えると過度に年功的などの足止め効果のある賃金制度は修正すべきでしょうし、雇用の流動性を損ねることが望ましくないこともご指摘のとおりです。退職金優遇税制も見直しが必要でしょう(まあこれについては経済界はかつて拡充を求め続けてきた経緯があるので自業自得ではあるのですが)。「裁判官の恣意性」に関しては労働事件の個別性・多様性を考えるとかなりの程度はどうしても存在せざるを得ないだろうと私は考えますが、もちろん予見可能性が高いほうがいいという一般論には賛同するところです。まあ現実的には労働審判などのADRを拡充して裁判所に持ち込まれる前に解決できる道筋を増やすのが適切だろうと思います。
 「過度に勤続年数に捉われない同一労働同一賃金を徹底」という一見すると不思議な文もそうした文脈であれば理解できるわけで、要するに今般の働き方改革で提起された日本型の「同一労働同一賃金」、職務給的な均等ではなく均衡、バランスを重視した「同一労働同一賃金」を徹底するという趣旨であれば、なるほど「少なくとも40歳代以降の年功賃金を抑制することが必要」ということになるでしょう。
 続く「仕事意欲の乏しい社員を十分な金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダードの紛争解決ルールも導入すべき」というのは、連合などが「手切れ金解雇ガー」と反応しそうなところですが、この文脈であれば十分に理解できるものです。つまり吾妻橋氏は前段で「個人の仕事能力の差は年齢とともに拡大する。定年後も現役以上に働ける者がいる半面、意欲に乏しい者も少なくない」と書いているわけで、高年齢者の多様性に対応するための方法論としては十分考えられるだろうと思うわけです。60代前半の継続雇用を検討する際にも議論がありましたが、企業は必ずしも就労させることを要するとするのではなく、適切な水準のつなぎ年金の支給と言った金銭的な対応も可能としようという話ですね。これはさらに多様性の増す60代後半ではより可能性も大きくなる話であり、実際、人によっては働き続けなければ収入がなくなるよりはつなぎ年金を受けられるほうがありがたいということも十分ありうるでしょう。これも「金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダード」とかいうキツい表現をするから反発を招くのではないかなあと余計なお世話を書く私。なお私としては金銭解決についてはまず「解雇不当の場合の解決手段の多様化」だと思っているのですが、経済学的には不当であってもなくても変わりはないということであるらしく、まあそうなのかもしれません。私としては不当か否かは解決金の水準に影響する可能性があると思っているので現実社会ではまた話が違うのではないかなどと思っているわけですが。
 「企業が定年制を廃止できる環境を整備することが、高齢者雇用を促進する基本」というのは、こちらは経済界からの反発がありそうな主張ではありますが、まあ生涯現役社会とか、なるべく高齢まで働き続けることができるとかいう理念としてはそのとおりなのでしょう。ただし具体論としては段階的な取り組みは必須なはずで、私としてはまあまずは65歳定年が第一段階じゃないかなあと思います。現状でもすでに本人が望まない限りは65歳継続雇用が義務化されて5年以上経過しているわけで、それなりに運用も安定してきているでしょう(そういえば「未来投資戦略2018」には定年後継続雇用の処遇の在り方とか書いてあったな)。これができれば定年後5年の再雇用で70歳という道筋も見えてくるわけで、65歳の時と同様にまずは労使による基準制度を活用するなど段階的に進めていくことが望ましいと思います。もちろん、60代前半以上に多様性が大きいことを考慮すればさらに幅広い取り組みが必要であり、企業間移動や雇用によらない働き方による仕事の確保のための施策や、上記のようにつなぎ年金などの雇用以外の方法も検討されるべきだろうと思います。でまあやはり同様に全員70歳継続雇用→70歳定年と進んで、定年制廃止はまあその先の話じゃないかなあ。なおこれについては当然ながら使用者サイドが持ち出す話でもない(まあ労働力不足の問題はあるので持ち出されれば乗り目は大きいと思いますが)ので、まずは労働サイドが精力的に取り組むことを期待したいと思います(いや余計なお世話ですしとっくにやっているという話かもしれませんが)。
 でまあ最後まで「「失速したアベノミクス」との烙印」と手厳しい表現が続くわけですが、まああれかな首相が唐突に市場介入型の方針を打ち出したので若干憤慨されているのかな。まあわからないではない。なお最後に吾妻橋氏とは関係ありませんが一言書いておくと上記のように報道によれば未来投資会議と経済財政諮問会議で検討する方針とのことなのですが、これどちらも労働界の人が入ってないんですよねえいいのかしら(経団連会長はどちらも入っている)。まあ実際の議論はワーキンググループとか作業部会とかを作って労使が加わって詰めていくのだろうとは思いますが、いや本当にいいのかそれで

JILPT政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」

 昨日開催されましたので聴講してまいりました。JA共済ビル1階のカンファレンスルームを全室打ち抜いた300人規模の会場でしたが満席の大盛況で、このテーマへの関心の高さをうかがわせるものがありました。
 構成としてはまず早大の小倉一哉先生の基調講演があり、続いてJILPTの池添弘邦主任研究員によるJILPT調査の紹介、さらに民間企業3社による事例報告があり、最後にhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長のコーディネートで登壇者全員によるパネルディスカッションという流れでした。
 まず小倉先生の基調講演ですが、コミュニケーションを遮断することで生産性を向上させる「集中タイム」の事例を紹介され、テレワークには通勤負担の軽減やワークライフバランスなどに加えて「集中タイム」のような業務集中による生産性向上や、大規模災害時の事業継続における有効性といったさまざまな大きなメリットがあることを紹介されました。そのうえで、出勤しなけれはできない仕事はあるものの、在宅/テレワークが可能な仕事は情報通信技術の各段の進歩もあって相当規模で存在するにもかかわらずわが国でテレワークがあまり普及していない最大の理由として企業の「食わず嫌い」を指摘されました。
 いわく、テレワークが可能な仕事であってもそれにともなう問題点やデメリットは存在するものの、一定の投資や管理の改善で対応は可能なことが多く、そのコストに較べるとメリットのほうがはるかに大きい。それにもかかわらず導入が進まないのは、旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた経営者や幹部が「できない理由を並べて」抵抗するからではないか、とのご指摘でした。そして今後の普及に向けては、実態として先行事例においても信頼できる人だけが対象とされていることが多いことを踏まえ、「この人ならテレワークをやっても大丈夫」という人だけでも試行的に実施してみるべきだと述べられました。
 池添先生の研究報告はJILPTが2014年10月に実施した調査の紹介で、まず在宅勤務を会社制度として実施しているのは1.7%、モバイルワークを含むテレワークにまで広げても3.5%と少数であり、「上司の裁量・習慣として実施」というやや怪しい?ところまで広げてもそれぞれ5.6%、13.2%にとどまっているという実態が紹介されました。まあこのあたりはすでに4年前の話なので、現状ではもっと拡大しているのかもしれません。
 実施部門をみると営業などの典型的な部門に限らずホワイトカラー全般に広がっており、その目的としては生産性の向上、移動時間の行為率か、ワークライフバランスが大きいのですが顧客満足や人材確保などもそれなりに上げられていました。
 その他目についたところをご紹介しますと労働時間については月180時間未満(日当たり残業1時間未満相当)がほぼ半数で、240時間以上(一時期目の仇にされていた「週60時間以上」相当)も7.6%いるものの、テレワークしない人に較べて長くはないとのことでした。メリットとしては従業員調査では「生産性の向上」を過半が上げている一方で育児・介護(5.5%)、家事(7.9%)といったワークライフバランス系の回答は少なく、まあこのあたりは育児・介護・家事に従事する人の割合がそれほど高くないという事情もあるのでしょう。通勤負担や顧客満足も15~16%があげています。デメリットとしては「仕事と仕事以外の切り分けが難しい」というのが最多で4割近いのですが、「特にない」も3割近くあり、「長時間労働」は2割程度となっています。今後の意向も「現状」が3分の2を占めていて満足度も高いようです。
 ということで、まとめとしては週1~2回の在宅勤務では問題は発生していないものの、本人ニーズによるもののなので性善説に基づく対応が必要であり、法令遵守などの面で予見可能性の低い中ではやはり信頼関係が形成されていることが必要だと指摘されました。
 続いて民間企業3社の事例報告があり、まず日本航空は経営再建後の生産性向上・労働時間短縮策として実施されたとのことで、特徴的なものとしては理由不問で在宅勤務が利用できることと、長期休暇中であっても一部テレワークで業務参加する「ワーケーション」を推奨している(「2時間の会議のために5日間のバケーションを断念することのないように」とのこと)などがあるようです。これに対して損保ジャパンは生産性向上を掲げつつも業態を反映してかダイバーシティ・マネジメントを通じてという取り組みのようでした。味の素の例で目をひいたのは生産現場でも在宅勤務を実施しているという話で(これはご登壇の先生方も驚かれたようです)、まあ確かに生産現場といってもデスクワークはかなりの量で存在するわけで、そのあたりを在宅でやろうとすれば十分できるのでしょうが、しかしそこまでやるという意気込みというかこだわりには感心させられました。
 パネルディスカッションでは質疑応答が中心でしたが印象に残った点をいくつかご紹介しますと、制度的になにかとグレーな点も残る中ではやはり信頼できる社員にしか適用できないといったような話で「信頼」が何度もクローズアップされていたのは印象的でした。制度が適用される人とされない人との公平感という論点も興味深いもので、生産現場などテレワークが難しい職場の人たちから「テレワークできていいよねえ」といった不公平感があるとのこと。ある企業ではそれに対して「ワークライフバランスが趣旨の一つなら、生産現場には保育施設を設置することで公平感を確保した」という事例が紹介されていました(しかしなにも在宅勤務できるから保育施設は利用させませんという必要もなかろうとも思う。まあ限られたキャパシティの中での優先順位というところでしょうか)。あとは小倉先生がレヴィ=ストロースのブリコラージュやプラトンイデアを担ぎ出して「哲学が大事だ」と強調され、「学者だけど理屈で説得するのはやめた」「とにかく信念をもってやれるところからやるしかない、信頼できる人はいるだろう」と力説されたのは印象的でした。
 内容のご紹介は以上として、最後に若干の個人的な感想を書きたいと思います。
 まず「信頼」が強調されていた点についてですが、テレワーク、在宅勤務では労働時間をはじめ安全衛生や機密保持などいろいろと疑問点は残るわけであり、企業として「こうすれば責任を問われることはない」という基準が明らかではない中では、「とりあえず文句を言いそうにない信頼できる人」を対象にしましょうという話はよくわかります。さらに、より多くのテレワークの成果を得たいと考えるのであれば「テレワークすることで成果が上がりそうな人」を対象にしましょうというのもうなずける話です。ただまあそういう運用をするということはハナから生存者バイアスを作っているようなものだから成果が上がらないわけはないよなとも思いますが、それは大した問題ではないでしょう。
 難しいなと思ったのはそういう運用の中では「テレワーク・在宅勤務している人」というのが一定のシグナルになるのではないかという点で、例によってキャリアとの関係でもあります。「営業職だからモバイル持って外回り先近くのスターバックスでテレワーク」というのはわかりやすいですし、テレワークの対象になる・ならないで特段の文句も出ないだろうと思います。「育児・介護の事情があるから在宅勤務」というのもまあ異論の出にくいところでしょう。一方で、上司なり人事なりの判断で「信頼できる」「成果が出せる」人にテレワークを認めるという話になると、それが「選抜研修を受講」などと同様に人事管理上の一種のシグナルになる可能性もあるでしょう。それを避けるため、たとえば「係長クラス以上」といったような形で間接的に選抜するという考え方もありますが(実際そうしている例も多いと推測)、しかし同期のトップを切って係長に昇進した人と3年、4年遅れて昇進した人と同じでいいのかという話はありそうで、いずれにしても信頼できる人成果が上がる人だけを対象にすればいいかというと必ずしもそうでもない事情というのもありそうにも思えます。まあそういった形でキャリア上のシグナルが出るのはやりにくい、という考え方自体が旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌いだと言われればそのとおりかもしれません。課長クラスに昇格するならテレワークくらいスムーズにできないのでは困りますというのもわかる話ですし。
 もうひとつは上でも紹介した不公平感という話で、正直これこそが「旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌い」ではないかと思ったことでした。なにやらプレミアム・フライデーが今一つ盛り上がりに欠いたのは消費活性化に特化せずに働き方改革も相乗りしたからだという話があるらしく、なにかというと旗を振るべき大企業の中には「午後3時に帰れる人と帰れない人がいて不公平になるから」ということで尻込みするケースが間々見られたのだとか(聞いた話なのでどこまで本当かは知りません)。ちなみにフレックスタイム制ではそういう不公平感があまり主張されないのはフレックスタイム制を適用すると残業が減って残業代も減るからだとか。本当かなあ。まあ職種により事業所により違いがあるのは仕方ないのであって、別のところで埋め合わせろという柔軟さがあること自体は好ましいとは思うのですが、しかし他人のメリットが先行するのは許せないという発想だと「やれる人だけでもやってみよう」という話にもなりにくいわけですが…。
 あとはもう少し労働時間管理の話になるかと思ったらそうでもなく、まあ推進サイドの人が集まるイベントでもあり、これを持ち出すような雰囲気でもなかったように思われます(実務家の登壇者が一人だけ「ホワイトカラーの労働時間管理という根本的問題」を指摘していましたが議論にはならなかった)。ということは逆にいえばここがやはりアキレス腱なのかなあという話なのかもしれません。
 まあ実際問題として私自身もまさに「習慣として実施」しているテレワーカー(笑)であり、外回り先近くのフェデックスキンコーズで仕事したりするのは日常茶飯事ですし集中したければ隣のスターバックスに行くし良好な通信環境を求めて兼業先に行ったりもしているわけでそれで特段の不満もない。ただまあこれもキャリア的野心のない野良社員だからある程度自由にやれるという面もあるわけで、このあたりも普及が進めばおのずと方向性が見えてくるのだろうと思います。最初にも書きましたが非常に多数の参加がありましたが、多くの人にとって大きな収穫のあったイベントではなかったかと思います。

裁量労働制実態調査に関する専門家検討会

 この19日に標題の会合が開催されたとのことで、あれこれお訊ねもありましたので簡単にコメントしたいと思います。まず現状をSankeiBizから。

 裁量労働制を巡る厚生労働省の調査で、不適切なデータが多数見つかった問題を受け、新たな調査方法を議論する同省の検討会が20日、開かれた。統計や労働経済学の専門家、労使関係者で構成し、対象者の抽出方法や具体的な質問項目、分析方法などを議論。年内をめどに報告を取りまとめる見通し。
 問題となったのは約1万1500事業所を対象にした「2013年度労働時間等総合実態調査」。裁量制で働く人の1日の労働時間を「1時間以下」と回答するなど、異常値が多数見つかった。さらに、厚労省がこの調査を基に、直接比較できないにもかかわらず裁量制で働く人と一般労働者の労働時間を比較した資料を作成したことも問題となった。
 政府は当初、先の通常国会で成立した働き方改革関連法に裁量制の拡大を盛り込む方針だったが、データ問題を受け、拡大部分を削除して法案を提出。調査方法を見直すとしていた。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/180920/mca1809201043008-n1.htm

でまあ案の定というべきなのかどうか、私のツイッターのタイムラインにもこんなの(https://twitter.com/tokyoseijibu/status/1043746895300976640)が流れてきていて茶を吹いたわけですが、これプロフィールには「東京新聞中日新聞)政治部の公式アカウント」とあるんですが本当かしら。

東京新聞政治部 @tokyoseijibu - 9月23日 フォローする

安倍政権は、撤回を余儀なくされた制度でも法制化をあきらめていません。「働き方」関連法を巡る動きは、引き続き注視していきます。:

裁量労働制 拡大目指す政府 労働側の反発必至:政治(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201809/CK2018092302000129.html

https://twitter.com/tokyoseijibu/status/1043746895300976640

 実際のところはといえば、19日の検討会に提出された「これまでの経緯について」という厚労省の資料(https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000357443.pdf)にも記載されているように、裁量労働制の改正を法案から削除して「実態を厚生労働省において把握しなおした上で、議論をし直すことに」なったわけなので、「あきらめ」なければならないという話ではまったくないわけですね。
 さらに働き方改革関連法案の委員会採決にあたっての附帯決議をみても、衆議院では「裁量労働制について、労働時間の状況や労使委員会の運用状況等、現行制度の施行状況をしっかりと把握した上で、制度の趣旨に適った対象業務の範囲や働く方の裁量と健康を確保する方策等について、労働政策審議会において検討を行い、その結論に応じて所要の措置を講ずること。」と決議していますし、参議院では以前もご紹介したように「裁量労働制については、今回発覚した平成二十五年度労働時間等総合実態調査の公的統計としての有意性・信頼性に関わる問題を真摯に反省し、改めて、現行の専門業務型及び企画業務型それぞれの裁量労働制の適用・運用実態を正確に把握し得る調査手法の設計を労使関係者の意見を聴きながら検討し、包括的な再調査を実施すること。その上で、現行の裁量労働制の制度の適正化を図るための制度改革案について検討を実施し、労働政策審議会における議論を行った上で早期に適正化策の実行を図ること。」と、わざわざ「平成二十五年度労働時間等総合実態調査」を名指しした上で「正確に把握し得る調査手法の設計を労使関係者の意見を聴きながら検討し、包括的な再調査を実施すること」を求めているわけです(なおこの附帯決議を起草したのは立憲民主党所属の某労組の組織内議員と報じられていましたね)。
 したがって、この検討会はまさに野党が書いた参院の附帯決議の求めるところを厚生労働省が忠実に実施しているわけなので、安倍政権がどうこうという話ではない(仮に石破氏が総裁選で勝利して石破政権ができていたとしても厚労省は検討会を設置したはず)ですし、「あきらめていません」などとあたかも悪いことを目論んでいるかのように書かれるような話でもないはずです。
さらにいえば、附帯決議は検討結果を受けた調査の実施とそれをふまえた労働政策審議会での議論も求めていますし、加えて「所要の措置を講ずること」「適正化策の実行を図ること」まで求めているわけですから、まあおそらくはなんらかの法改正まで行われることが既定路線になっているわけです。
 その「所要の措置」「適正化策」がどのようなものになるかは今後の調査と議論次第というところでしょうが、すでに相当の議論の蓄積がある中で建議まで取りまとめられているわけですから、その内容はそれなりに尊重されてしかるべきではないかと私は思います。少なくとも、とりあえず法案からセットで削除されてしまった「企画業務型全体を対象とした健康確保措置の強化」とか「裁量労働制全体を対象とした始終業時刻決定の裁量を法律に明記」とかいったものはおそらく息を吹き返すのではないかと思います(なんかこれを忘れている人というのも多いような気がする。気がするだけですが)。
 ということで「財界が対象拡大を望んでいるから」みたいなことを言っている人もいるようですが(まあ財界が対象拡大を望んでいることは間違いないでしょうが)だからダイレクトに今回のこれだという話でもなかろうとも思うわけです。しかしあれだな、今回の検討会はおそらく調査の設計や手法などの技術論を議論するのだろうと思いますが(今回提出された「今後ご議論いただきたい事項について」という資料https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000357445.pdfを見ると結果の評価についても含まれていますのでやや踏み込んでいる感もありますが)、調査の設計や評価だけではなく調査実施体制の問題というのもあるような気はします。調査実施に費やすマンパワーが圧倒的に足りない(厚生労働省強制労働省と揶揄されるほど長時間労働なのは有名な話)ところにも相当に問題があるんじゃないかなあ。さすがにそこまではこの検討会では議論しないでしょうが、しかし報道にはそのあたりまで突っ込んでほしいものですが…。

またしても就活ルール騒動

記法が少し違うのかな?いまひとつ思ったようなレイアウトにできないので若干ストレスがあるのですが、まあ追い追い慣れていくでしょう。さて。
経団連の中西会長が9月3日の記者会見で突然「経団連が採用の日程に関して采配すること自体に極めて違和感がある」と発言し、すわ就活ルール廃止かとひと騒動起こったわけですが、まあ、経団連の会見録を見ても全面廃止というところまでは踏み込んでおられないようでもあり、とりあえず経団連は表舞台からは手を引くという話でおさまりつつあるようです。

 2021年春入社の学生の就職活動ルールについて、政府と経済界、大学は採用面接の解禁を6月1日とするスケジュールを維持する方針を固めた。経団連による現行ルールは廃止し、政府と大学がルールを作り企業に要請する形で調整する。経団連の中西宏明会長がルールの廃止に言及したが、就活の早期化を懸念する大学に配慮して当面はスケジュールを示す。

 経団連は10月初旬に、経団連としてのルールの廃止を決める。就業体験(インターンシップ)に関する規定もなくす。経団連ルールがなくなるかわりに、政府と大学関係団体がルールをつくり、業界団体や大学に要請する形式に変える方向で3者で最終調整する。外資系から中小まで幅広い企業を対象とする。
(平成30年9月21日付日本経済新聞朝刊から)

これを受けて、本日の日経新聞朝刊に海老原嗣生安藤至大八代尚宏の各氏が登場して持論を語っておられます。三人三様に…と言いたいところですが基本的な論調にはそれほど大きな違いはなく、まあ実務家出身のジャーナリストと経済学者が2人なのでそうなるのが自然なような気がしなくもない。主要部分をご紹介しますと、まず海老原氏ですが

 とにかく実効性の高いルールがいる。実効性を高めるには、就活の時期を設定し直す必要がある。…
 今は面接解禁を大学4年生の6月1日としているが、この時期は学期中で前期試験に重なる。4~5月が会社説明会のピークで、4年生前半の学業は崩壊状態だ。面接解禁を大学4年生の4月1日にする日程が最善だろう。大学3年生の12月中旬に広報を解禁し、翌年2~3月に説明会を行えば、学業への阻害は最小限に抑えられる。
 音頭をとるべきは厚生労働省だ。就職情報サイトの新卒採用の事業に対する規制も強めたほうがいいと考えるからだ。厚労省の許認可事業にすべきだ。いまの就活は、情報サイト上での広報開始が実際の就活の開始となっている。事業を許認可制にすれば、この時期をきちんと制御できるようになる。
(平成30年9月25日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

次に安藤先生は、

 今後の課題は全ての企業が守る明確なルールを作ることだ。その際に大学は足並みをそろえ、指導的な役割を果たすべきである。無数にある企業がルールを定めるのは困難だが、大学は2018年時点で全国に780校しかない。このうち50~100校だけでも協定を結べば、採用する企業側も順守せざるを得ない。
 ルールの中身で大切なのは採用活動の期間を限定することだ。例えば大学4年生の4~8月までに説明会や面接の実施期間を絞る。学生が期間内に就活で授業を欠席することには大学側も配慮するが、期間外の活動による欠席には単位を付与しない。もちろん期間内に内定を得られなかった学生が就職活動を継続するのは支援する。こうしたメリハリを設ければ、学生が浮足立って学業をおろそかにすることは少なくなるだろう。
…今の採用活動は企業と学生の間のミスマッチが大きい。学生が自らの適性を考えず、大企業を片っ端から受験する行動が典型だ。

そして八代先生です。

…自由競争にすればよい。市場のメカニズムに任せれば、おのずと均衡点は見いだせるはずだ。
 政府や大学主導で現行の「6月解禁・10月内定」を維持しても、それ以前に事実上の内定を出したり、事前面接したりする企業の抜け駆けは防げない。経団連指針という「紳士協定」を「政府要請」に切り替えたところで実効性は高まるだろうか。就活と卒論作成の時期が重なるので学業への影響も大きいままだ。
 大企業の採用を先にし、結果的に就活期間を短くする流れができるといい。大手とか人気企業が大学3年生の春休みまでに内定を出すようにすれば、そのあとはそれらの企業の内定をとれなかった人を中小企業が採用していく。

ということで、まず海老原氏と八代先生は「大学3年の3月頃に大企業が内定、その後順次中小企業へ」という時期と順序がほとんど共通しているのが目をひきます。このブログでも過去何度か書いたと思いますが、よーいドンでスタートすれば、まずは採用競争力の高い企業(まあ典型的には有名大企業)と就活競争力の高い学生さんからマッチングして行き、徐々に競争力のより高くない企業(たとえば中堅・中小)がやはり競争力がより高くない学生とマッチングしていく…というのがマーケットメカニズムというものだろうと思われます。でまあ成り行きだと(この例で言えば)中堅・中小は大企業が採用した残りから採用するということになってしまうわけで、それでは困りますという企業(まあ知名度のまだ高くない新興企業とか外資とかかな)にはさらに早い段階から選考して内定を出そうというインセンティブが働くことになりそうです。そうやって抜け駆けして優秀な人材に内定を出したとして、その後その学生が有名大企業の内定を得て辞退してきてもまあ仕方ないとあきらめてくれればいいのですが、現実には研修やインターンシップ、アルバイトなど形はさまざまですが継続的なフォローを実施して、それが往々にして人身拘束的になったり「オワハラ」に至ったりするという弊害はつとに指摘されるところです。
これに対して、八代先生は自由競争に任せればおのずと「均衡点」に達するだろう、大企業から中堅・中小へと採用競争力にしたがった日程になるだろうと楽観的にお考えのようですが、海老原氏と安藤先生は実効性ある仕組みが必要とお考えのようです。海老原氏のご提案は就職情報サイトを規制するというもので、なるほどこれは面白いというか、ありうる考え方のように思われます。現在の就活の大半はリクナビとかマイナビとかのサイトを経由して行われているわけで、ここを抑えてしまえば就活市場はかなり効果的にコントロールできるかもしれません。まあ業界の寡占構造を固定化する可能性が高いので一長一短ありそうですが、検討に値するアイデアのように思われます。
安藤先生のご提案も興味深いもので、まあ時期は「例えば」なのでいろいろな可能性があるでしょうが、確かに大学780校中有力な100校が結束して規制すれば企業に対する効き目は十分に確保できそうです。要するに決められた数ヶ月間でマッチングできるように企業も学生も考えてくださいということで、企業については抜け駆けすると学生の単位取得に不利益が及ぶわけですからそうそう安易な早期化もできなかろうということでしょうし、学生もその期間で内定を得られるよう「自らの適性」(安藤先生は紳士なので上品な表現を使っておられますが要するに合格可能性ということでしょう)を考えて活動してねという話だろうと思われます。
なお引用はしておりませんが新卒一括採用については海老原氏と安藤先生がその人材育成機能と若年層の雇用安定機能を高く評価して、引き続き活用すべきものとしている点も目をひきます。八代先生はノーコメントですが、おそらく否定的ではないと受け止めてよさそうに思われます。
まあこの問題に関してはこれまでも「ルール廃止→さらなる早期化→再ルール化」といった振り子運動が見られましたし、つい数年前は総合商社が「学生時代の留学を促進するため」として日程の一段の後倒し(8月開始)を求めるなどしてその後も混乱が続いたりもしました。今回は経団連が離脱して、内容はともかくルール自体は官学で設定するということになるようです。まあ経団連に産業界全体を統率するパワーを求めるのも実態として無理な話なので、それもありうる考え方でしょう。採用主体である産が離脱したということは、案外、官学が従来にように産に気兼ねすることなくルールを再検討できるということかもしれず、だとすると(安藤先生ご指摘のように)いい機会かもしれません。良好なマッチングを効率よく、学事とのストレス少なく実現できるしくみを考え出してほしいものです。

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