JILPT政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」

 昨日開催されましたので聴講してまいりました。JA共済ビル1階のカンファレンスルームを全室打ち抜いた300人規模の会場でしたが満席の大盛況で、このテーマへの関心の高さをうかがわせるものがありました。
 構成としてはまず早大の小倉一哉先生の基調講演があり、続いてJILPTの池添弘邦主任研究員によるJILPT調査の紹介、さらに民間企業3社による事例報告があり、最後にhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長のコーディネートで登壇者全員によるパネルディスカッションという流れでした。
 まず小倉先生の基調講演ですが、コミュニケーションを遮断することで生産性を向上させる「集中タイム」の事例を紹介され、テレワークには通勤負担の軽減やワークライフバランスなどに加えて「集中タイム」のような業務集中による生産性向上や、大規模災害時の事業継続における有効性といったさまざまな大きなメリットがあることを紹介されました。そのうえで、出勤しなけれはできない仕事はあるものの、在宅/テレワークが可能な仕事は情報通信技術の各段の進歩もあって相当規模で存在するにもかかわらずわが国でテレワークがあまり普及していない最大の理由として企業の「食わず嫌い」を指摘されました。
 いわく、テレワークが可能な仕事であってもそれにともなう問題点やデメリットは存在するものの、一定の投資や管理の改善で対応は可能なことが多く、そのコストに較べるとメリットのほうがはるかに大きい。それにもかかわらず導入が進まないのは、旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた経営者や幹部が「できない理由を並べて」抵抗するからではないか、とのご指摘でした。そして今後の普及に向けては、実態として先行事例においても信頼できる人だけが対象とされていることが多いことを踏まえ、「この人ならテレワークをやっても大丈夫」という人だけでも試行的に実施してみるべきだと述べられました。
 池添先生の研究報告はJILPTが2014年10月に実施した調査の紹介で、まず在宅勤務を会社制度として実施しているのは1.7%、モバイルワークを含むテレワークにまで広げても3.5%と少数であり、「上司の裁量・習慣として実施」というやや怪しい?ところまで広げてもそれぞれ5.6%、13.2%にとどまっているという実態が紹介されました。まあこのあたりはすでに4年前の話なので、現状ではもっと拡大しているのかもしれません。
 実施部門をみると営業などの典型的な部門に限らずホワイトカラー全般に広がっており、その目的としては生産性の向上、移動時間の行為率か、ワークライフバランスが大きいのですが顧客満足や人材確保などもそれなりに上げられていました。
 その他目についたところをご紹介しますと労働時間については月180時間未満(日当たり残業1時間未満相当)がほぼ半数で、240時間以上(一時期目の仇にされていた「週60時間以上」相当)も7.6%いるものの、テレワークしない人に較べて長くはないとのことでした。メリットとしては従業員調査では「生産性の向上」を過半が上げている一方で育児・介護(5.5%)、家事(7.9%)といったワークライフバランス系の回答は少なく、まあこのあたりは育児・介護・家事に従事する人の割合がそれほど高くないという事情もあるのでしょう。通勤負担や顧客満足も15~16%があげています。デメリットとしては「仕事と仕事以外の切り分けが難しい」というのが最多で4割近いのですが、「特にない」も3割近くあり、「長時間労働」は2割程度となっています。今後の意向も「現状」が3分の2を占めていて満足度も高いようです。
 ということで、まとめとしては週1~2回の在宅勤務では問題は発生していないものの、本人ニーズによるもののなので性善説に基づく対応が必要であり、法令遵守などの面で予見可能性の低い中ではやはり信頼関係が形成されていることが必要だと指摘されました。
 続いて民間企業3社の事例報告があり、まず日本航空は経営再建後の生産性向上・労働時間短縮策として実施されたとのことで、特徴的なものとしては理由不問で在宅勤務が利用できることと、長期休暇中であっても一部テレワークで業務参加する「ワーケーション」を推奨している(「2時間の会議のために5日間のバケーションを断念することのないように」とのこと)などがあるようです。これに対して損保ジャパンは生産性向上を掲げつつも業態を反映してかダイバーシティ・マネジメントを通じてという取り組みのようでした。味の素の例で目をひいたのは生産現場でも在宅勤務を実施しているという話で(これはご登壇の先生方も驚かれたようです)、まあ確かに生産現場といってもデスクワークはかなりの量で存在するわけで、そのあたりを在宅でやろうとすれば十分できるのでしょうが、しかしそこまでやるという意気込みというかこだわりには感心させられました。
 パネルディスカッションでは質疑応答が中心でしたが印象に残った点をいくつかご紹介しますと、制度的になにかとグレーな点も残る中ではやはり信頼できる社員にしか適用できないといったような話で「信頼」が何度もクローズアップされていたのは印象的でした。制度が適用される人とされない人との公平感という論点も興味深いもので、生産現場などテレワークが難しい職場の人たちから「テレワークできていいよねえ」といった不公平感があるとのこと。ある企業ではそれに対して「ワークライフバランスが趣旨の一つなら、生産現場には保育施設を設置することで公平感を確保した」という事例が紹介されていました(しかしなにも在宅勤務できるから保育施設は利用させませんという必要もなかろうとも思う。まあ限られたキャパシティの中での優先順位というところでしょうか)。あとは小倉先生がレヴィ=ストロースのブリコラージュやプラトンイデアを担ぎ出して「哲学が大事だ」と強調され、「学者だけど理屈で説得するのはやめた」「とにかく信念をもってやれるところからやるしかない、信頼できる人はいるだろう」と力説されたのは印象的でした。
 内容のご紹介は以上として、最後に若干の個人的な感想を書きたいと思います。
 まず「信頼」が強調されていた点についてですが、テレワーク、在宅勤務では労働時間をはじめ安全衛生や機密保持などいろいろと疑問点は残るわけであり、企業として「こうすれば責任を問われることはない」という基準が明らかではない中では、「とりあえず文句を言いそうにない信頼できる人」を対象にしましょうという話はよくわかります。さらに、より多くのテレワークの成果を得たいと考えるのであれば「テレワークすることで成果が上がりそうな人」を対象にしましょうというのもうなずける話です。ただまあそういう運用をするということはハナから生存者バイアスを作っているようなものだから成果が上がらないわけはないよなとも思いますが、それは大した問題ではないでしょう。
 難しいなと思ったのはそういう運用の中では「テレワーク・在宅勤務している人」というのが一定のシグナルになるのではないかという点で、例によってキャリアとの関係でもあります。「営業職だからモバイル持って外回り先近くのスターバックスでテレワーク」というのはわかりやすいですし、テレワークの対象になる・ならないで特段の文句も出ないだろうと思います。「育児・介護の事情があるから在宅勤務」というのもまあ異論の出にくいところでしょう。一方で、上司なり人事なりの判断で「信頼できる」「成果が出せる」人にテレワークを認めるという話になると、それが「選抜研修を受講」などと同様に人事管理上の一種のシグナルになる可能性もあるでしょう。それを避けるため、たとえば「係長クラス以上」といったような形で間接的に選抜するという考え方もありますが(実際そうしている例も多いと推測)、しかし同期のトップを切って係長に昇進した人と3年、4年遅れて昇進した人と同じでいいのかという話はありそうで、いずれにしても信頼できる人成果が上がる人だけを対象にすればいいかというと必ずしもそうでもない事情というのもありそうにも思えます。まあそういった形でキャリア上のシグナルが出るのはやりにくい、という考え方自体が旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌いだと言われればそのとおりかもしれません。課長クラスに昇格するならテレワークくらいスムーズにできないのでは困りますというのもわかる話ですし。
 もうひとつは上でも紹介した不公平感という話で、正直これこそが「旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌い」ではないかと思ったことでした。なにやらプレミアム・フライデーが今一つ盛り上がりに欠いたのは消費活性化に特化せずに働き方改革も相乗りしたからだという話があるらしく、なにかというと旗を振るべき大企業の中には「午後3時に帰れる人と帰れない人がいて不公平になるから」ということで尻込みするケースが間々見られたのだとか(聞いた話なのでどこまで本当かは知りません)。ちなみにフレックスタイム制ではそういう不公平感があまり主張されないのはフレックスタイム制を適用すると残業が減って残業代も減るからだとか。本当かなあ。まあ職種により事業所により違いがあるのは仕方ないのであって、別のところで埋め合わせろという柔軟さがあること自体は好ましいとは思うのですが、しかし他人のメリットが先行するのは許せないという発想だと「やれる人だけでもやってみよう」という話にもなりにくいわけですが…。
 あとはもう少し労働時間管理の話になるかと思ったらそうでもなく、まあ推進サイドの人が集まるイベントでもあり、これを持ち出すような雰囲気でもなかったように思われます(実務家の登壇者が一人だけ「ホワイトカラーの労働時間管理という根本的問題」を指摘していましたが議論にはならなかった)。ということは逆にいえばここがやはりアキレス腱なのかなあという話なのかもしれません。
 まあ実際問題として私自身もまさに「習慣として実施」しているテレワーカー(笑)であり、外回り先近くのフェデックスキンコーズで仕事したりするのは日常茶飯事ですし集中したければ隣のスターバックスに行くし良好な通信環境を求めて兼業先に行ったりもしているわけでそれで特段の不満もない。ただまあこれもキャリア的野心のない野良社員だからある程度自由にやれるという面もあるわけで、このあたりも普及が進めばおのずと方向性が見えてくるのだろうと思います。最初にも書きましたが非常に多数の参加がありましたが、多くの人にとって大きな収穫のあったイベントではなかったかと思います。

裁量労働制実態調査に関する専門家検討会

 この19日に標題の会合が開催されたとのことで、あれこれお訊ねもありましたので簡単にコメントしたいと思います。まず現状をSankeiBizから。

 裁量労働制を巡る厚生労働省の調査で、不適切なデータが多数見つかった問題を受け、新たな調査方法を議論する同省の検討会が20日、開かれた。統計や労働経済学の専門家、労使関係者で構成し、対象者の抽出方法や具体的な質問項目、分析方法などを議論。年内をめどに報告を取りまとめる見通し。
 問題となったのは約1万1500事業所を対象にした「2013年度労働時間等総合実態調査」。裁量制で働く人の1日の労働時間を「1時間以下」と回答するなど、異常値が多数見つかった。さらに、厚労省がこの調査を基に、直接比較できないにもかかわらず裁量制で働く人と一般労働者の労働時間を比較した資料を作成したことも問題となった。
 政府は当初、先の通常国会で成立した働き方改革関連法に裁量制の拡大を盛り込む方針だったが、データ問題を受け、拡大部分を削除して法案を提出。調査方法を見直すとしていた。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/180920/mca1809201043008-n1.htm

でまあ案の定というべきなのかどうか、私のツイッターのタイムラインにもこんなの(https://twitter.com/tokyoseijibu/status/1043746895300976640)が流れてきていて茶を吹いたわけですが、これプロフィールには「東京新聞中日新聞)政治部の公式アカウント」とあるんですが本当かしら。

東京新聞政治部 @tokyoseijibu - 9月23日 フォローする

安倍政権は、撤回を余儀なくされた制度でも法制化をあきらめていません。「働き方」関連法を巡る動きは、引き続き注視していきます。:

裁量労働制 拡大目指す政府 労働側の反発必至:政治(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201809/CK2018092302000129.html

https://twitter.com/tokyoseijibu/status/1043746895300976640

 実際のところはといえば、19日の検討会に提出された「これまでの経緯について」という厚労省の資料(https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000357443.pdf)にも記載されているように、裁量労働制の改正を法案から削除して「実態を厚生労働省において把握しなおした上で、議論をし直すことに」なったわけなので、「あきらめ」なければならないという話ではまったくないわけですね。
 さらに働き方改革関連法案の委員会採決にあたっての附帯決議をみても、衆議院では「裁量労働制について、労働時間の状況や労使委員会の運用状況等、現行制度の施行状況をしっかりと把握した上で、制度の趣旨に適った対象業務の範囲や働く方の裁量と健康を確保する方策等について、労働政策審議会において検討を行い、その結論に応じて所要の措置を講ずること。」と決議していますし、参議院では以前もご紹介したように「裁量労働制については、今回発覚した平成二十五年度労働時間等総合実態調査の公的統計としての有意性・信頼性に関わる問題を真摯に反省し、改めて、現行の専門業務型及び企画業務型それぞれの裁量労働制の適用・運用実態を正確に把握し得る調査手法の設計を労使関係者の意見を聴きながら検討し、包括的な再調査を実施すること。その上で、現行の裁量労働制の制度の適正化を図るための制度改革案について検討を実施し、労働政策審議会における議論を行った上で早期に適正化策の実行を図ること。」と、わざわざ「平成二十五年度労働時間等総合実態調査」を名指しした上で「正確に把握し得る調査手法の設計を労使関係者の意見を聴きながら検討し、包括的な再調査を実施すること」を求めているわけです(なおこの附帯決議を起草したのは立憲民主党所属の某労組の組織内議員と報じられていましたね)。
 したがって、この検討会はまさに野党が書いた参院の附帯決議の求めるところを厚生労働省が忠実に実施しているわけなので、安倍政権がどうこうという話ではない(仮に石破氏が総裁選で勝利して石破政権ができていたとしても厚労省は検討会を設置したはず)ですし、「あきらめていません」などとあたかも悪いことを目論んでいるかのように書かれるような話でもないはずです。
さらにいえば、附帯決議は検討結果を受けた調査の実施とそれをふまえた労働政策審議会での議論も求めていますし、加えて「所要の措置を講ずること」「適正化策の実行を図ること」まで求めているわけですから、まあおそらくはなんらかの法改正まで行われることが既定路線になっているわけです。
 その「所要の措置」「適正化策」がどのようなものになるかは今後の調査と議論次第というところでしょうが、すでに相当の議論の蓄積がある中で建議まで取りまとめられているわけですから、その内容はそれなりに尊重されてしかるべきではないかと私は思います。少なくとも、とりあえず法案からセットで削除されてしまった「企画業務型全体を対象とした健康確保措置の強化」とか「裁量労働制全体を対象とした始終業時刻決定の裁量を法律に明記」とかいったものはおそらく息を吹き返すのではないかと思います(なんかこれを忘れている人というのも多いような気がする。気がするだけですが)。
 ということで「財界が対象拡大を望んでいるから」みたいなことを言っている人もいるようですが(まあ財界が対象拡大を望んでいることは間違いないでしょうが)だからダイレクトに今回のこれだという話でもなかろうとも思うわけです。しかしあれだな、今回の検討会はおそらく調査の設計や手法などの技術論を議論するのだろうと思いますが(今回提出された「今後ご議論いただきたい事項について」という資料https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000357445.pdfを見ると結果の評価についても含まれていますのでやや踏み込んでいる感もありますが)、調査の設計や評価だけではなく調査実施体制の問題というのもあるような気はします。調査実施に費やすマンパワーが圧倒的に足りない(厚生労働省強制労働省と揶揄されるほど長時間労働なのは有名な話)ところにも相当に問題があるんじゃないかなあ。さすがにそこまではこの検討会では議論しないでしょうが、しかし報道にはそのあたりまで突っ込んでほしいものですが…。

またしても就活ルール騒動

記法が少し違うのかな?いまひとつ思ったようなレイアウトにできないので若干ストレスがあるのですが、まあ追い追い慣れていくでしょう。さて。
経団連の中西会長が9月3日の記者会見で突然「経団連が採用の日程に関して采配すること自体に極めて違和感がある」と発言し、すわ就活ルール廃止かとひと騒動起こったわけですが、まあ、経団連の会見録を見ても全面廃止というところまでは踏み込んでおられないようでもあり、とりあえず経団連は表舞台からは手を引くという話でおさまりつつあるようです。

 2021年春入社の学生の就職活動ルールについて、政府と経済界、大学は採用面接の解禁を6月1日とするスケジュールを維持する方針を固めた。経団連による現行ルールは廃止し、政府と大学がルールを作り企業に要請する形で調整する。経団連の中西宏明会長がルールの廃止に言及したが、就活の早期化を懸念する大学に配慮して当面はスケジュールを示す。

 経団連は10月初旬に、経団連としてのルールの廃止を決める。就業体験(インターンシップ)に関する規定もなくす。経団連ルールがなくなるかわりに、政府と大学関係団体がルールをつくり、業界団体や大学に要請する形式に変える方向で3者で最終調整する。外資系から中小まで幅広い企業を対象とする。
(平成30年9月21日付日本経済新聞朝刊から)

これを受けて、本日の日経新聞朝刊に海老原嗣生安藤至大八代尚宏の各氏が登場して持論を語っておられます。三人三様に…と言いたいところですが基本的な論調にはそれほど大きな違いはなく、まあ実務家出身のジャーナリストと経済学者が2人なのでそうなるのが自然なような気がしなくもない。主要部分をご紹介しますと、まず海老原氏ですが

 とにかく実効性の高いルールがいる。実効性を高めるには、就活の時期を設定し直す必要がある。…
 今は面接解禁を大学4年生の6月1日としているが、この時期は学期中で前期試験に重なる。4~5月が会社説明会のピークで、4年生前半の学業は崩壊状態だ。面接解禁を大学4年生の4月1日にする日程が最善だろう。大学3年生の12月中旬に広報を解禁し、翌年2~3月に説明会を行えば、学業への阻害は最小限に抑えられる。
 音頭をとるべきは厚生労働省だ。就職情報サイトの新卒採用の事業に対する規制も強めたほうがいいと考えるからだ。厚労省の許認可事業にすべきだ。いまの就活は、情報サイト上での広報開始が実際の就活の開始となっている。事業を許認可制にすれば、この時期をきちんと制御できるようになる。
(平成30年9月25日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

次に安藤先生は、

 今後の課題は全ての企業が守る明確なルールを作ることだ。その際に大学は足並みをそろえ、指導的な役割を果たすべきである。無数にある企業がルールを定めるのは困難だが、大学は2018年時点で全国に780校しかない。このうち50~100校だけでも協定を結べば、採用する企業側も順守せざるを得ない。
 ルールの中身で大切なのは採用活動の期間を限定することだ。例えば大学4年生の4~8月までに説明会や面接の実施期間を絞る。学生が期間内に就活で授業を欠席することには大学側も配慮するが、期間外の活動による欠席には単位を付与しない。もちろん期間内に内定を得られなかった学生が就職活動を継続するのは支援する。こうしたメリハリを設ければ、学生が浮足立って学業をおろそかにすることは少なくなるだろう。
…今の採用活動は企業と学生の間のミスマッチが大きい。学生が自らの適性を考えず、大企業を片っ端から受験する行動が典型だ。

そして八代先生です。

…自由競争にすればよい。市場のメカニズムに任せれば、おのずと均衡点は見いだせるはずだ。
 政府や大学主導で現行の「6月解禁・10月内定」を維持しても、それ以前に事実上の内定を出したり、事前面接したりする企業の抜け駆けは防げない。経団連指針という「紳士協定」を「政府要請」に切り替えたところで実効性は高まるだろうか。就活と卒論作成の時期が重なるので学業への影響も大きいままだ。
 大企業の採用を先にし、結果的に就活期間を短くする流れができるといい。大手とか人気企業が大学3年生の春休みまでに内定を出すようにすれば、そのあとはそれらの企業の内定をとれなかった人を中小企業が採用していく。

ということで、まず海老原氏と八代先生は「大学3年の3月頃に大企業が内定、その後順次中小企業へ」という時期と順序がほとんど共通しているのが目をひきます。このブログでも過去何度か書いたと思いますが、よーいドンでスタートすれば、まずは採用競争力の高い企業(まあ典型的には有名大企業)と就活競争力の高い学生さんからマッチングして行き、徐々に競争力のより高くない企業(たとえば中堅・中小)がやはり競争力がより高くない学生とマッチングしていく…というのがマーケットメカニズムというものだろうと思われます。でまあ成り行きだと(この例で言えば)中堅・中小は大企業が採用した残りから採用するということになってしまうわけで、それでは困りますという企業(まあ知名度のまだ高くない新興企業とか外資とかかな)にはさらに早い段階から選考して内定を出そうというインセンティブが働くことになりそうです。そうやって抜け駆けして優秀な人材に内定を出したとして、その後その学生が有名大企業の内定を得て辞退してきてもまあ仕方ないとあきらめてくれればいいのですが、現実には研修やインターンシップ、アルバイトなど形はさまざまですが継続的なフォローを実施して、それが往々にして人身拘束的になったり「オワハラ」に至ったりするという弊害はつとに指摘されるところです。
これに対して、八代先生は自由競争に任せればおのずと「均衡点」に達するだろう、大企業から中堅・中小へと採用競争力にしたがった日程になるだろうと楽観的にお考えのようですが、海老原氏と安藤先生は実効性ある仕組みが必要とお考えのようです。海老原氏のご提案は就職情報サイトを規制するというもので、なるほどこれは面白いというか、ありうる考え方のように思われます。現在の就活の大半はリクナビとかマイナビとかのサイトを経由して行われているわけで、ここを抑えてしまえば就活市場はかなり効果的にコントロールできるかもしれません。まあ業界の寡占構造を固定化する可能性が高いので一長一短ありそうですが、検討に値するアイデアのように思われます。
安藤先生のご提案も興味深いもので、まあ時期は「例えば」なのでいろいろな可能性があるでしょうが、確かに大学780校中有力な100校が結束して規制すれば企業に対する効き目は十分に確保できそうです。要するに決められた数ヶ月間でマッチングできるように企業も学生も考えてくださいということで、企業については抜け駆けすると学生の単位取得に不利益が及ぶわけですからそうそう安易な早期化もできなかろうということでしょうし、学生もその期間で内定を得られるよう「自らの適性」(安藤先生は紳士なので上品な表現を使っておられますが要するに合格可能性ということでしょう)を考えて活動してねという話だろうと思われます。
なお引用はしておりませんが新卒一括採用については海老原氏と安藤先生がその人材育成機能と若年層の雇用安定機能を高く評価して、引き続き活用すべきものとしている点も目をひきます。八代先生はノーコメントですが、おそらく否定的ではないと受け止めてよさそうに思われます。
まあこの問題に関してはこれまでも「ルール廃止→さらなる早期化→再ルール化」といった振り子運動が見られましたし、つい数年前は総合商社が「学生時代の留学を促進するため」として日程の一段の後倒し(8月開始)を求めるなどしてその後も混乱が続いたりもしました。今回は経団連が離脱して、内容はともかくルール自体は官学で設定するということになるようです。まあ経団連に産業界全体を統率するパワーを求めるのも実態として無理な話なので、それもありうる考え方でしょう。採用主体である産が離脱したということは、案外、官学が従来にように産に気兼ねすることなくルールを再検討できるということかもしれず、だとすると(安藤先生ご指摘のように)いい機会かもしれません。良好なマッチングを効率よく、学事とのストレス少なく実現できるしくみを考え出してほしいものです。

Hatena Blogに移行しました

はてなダイヤリーがサービス終了予定とのことでしたので、Hatena Blogに移行しました。
しばらくは、はてなダイヤリーから自動でジャンプするようです。
引き続き、よろしくお願いします。

ジャパンビジネスラボ事件

先週の話ですが、マタハラ裁判ということで話題になった判決が出ました。日経新聞から。判決文を読んでいませんので断片的情報によるコメントになりますがご容赦ください。見当違いのことを書くだろうと思いますがご叱正願えれば幸甚です。

 育児休業後に正社員から契約社員となり、1年後に雇い止めになったのは無効として、東京都の女性(37)が語学学校運営会社「ジャパンビジネスラボ」(東京・港)に地位確認などを求めた訴訟の判決で、東京地裁(阿部雅彦裁判長)は12日までに、「雇い止めは合理的理由を欠く」として契約社員の地位を認め、同社に慰謝料など110万円の支払いを命じた。
 女性は正社員から契約社員への変更も無効だと主張したが、阿部裁判長は「正社員契約は双方の合意で解約された」として退けた。
 判決によると、女性は2008年7月に正社員の英語講師として雇用され、13年3月に出産。育休終了時に保育所を確保できなかったため、14年9月に週3日、短時間勤務する契約社員として復職した。
 会社は「希望する場合は正社員への再変更が前提」と説明していたが、女性が正社員復帰を求めても応じず、15年9月に期間満了で雇い止めにした。
 阿部裁判長は判決理由で、正社員復帰の条件を会社が説明しなかったことなどを「信義則上の義務に違反する」と指摘。「不誠実な対応は女性が幼い子を養育していることが原因」と判断した。
 同社の代理人弁護士は「雇い止めを無効とした判断は不当で、速やかに控訴を検討する」とのコメントを出した。
(平成30年9月12日付日本経済新聞朝刊から)

正直いまひとつ事情がつかみにくい記事ではありますが、ウェブ上をみるとハフィントンポストの続報があり、それによると

…2013年3月に長女を出産し、2014年9月に育休期間を終えた。
 女性は、育休明け時点で子どもが通える保育園が見つかっていなかったため、一時的な休職を申し出たが認められなかった。女性は退職を回避するため、週3日の契約社員として働くことになった。
 女性は育休中に、「(育休明けの)契約社員は希望すれば正社員への変更が前提」などとする書面を会社から渡されていた。そのため、女性はいずれ正社員として復帰できると考えていた。
 契約社員として復職した1週間後、女性は会社側に正社員への復帰を要望した。10月から子どもが通える保育園が見つかったためだ。
 しかし、会社側は女性が要望した正社員への復帰を拒否した。
 会社側は「子が発熱するなどしても欠勤しない準備をするため」や、「育児休業によるブランク」などを理由に正社員への変更を認めなかった。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/11/mata_a_23523480/

この記事から推測すると、子どもの預け先を見つけられなかった原告が「一時的な休職を申し出た」ようです。原告はその時点で「育休期間を終えた」ということですから、これはつまるところ育休を制度以上に延長するということに近いので、会社がそれを認めなかったというのは致し方のないところでしょう。そこで会社は「週3日の契約社員」をオファーして、原告もこれに応じて契約社員に転換したということでしょうから、これはむしろ会社側が勤続に配慮したと言っていいように思われます。
実際、ジャパンビジネスラボ社の転職サイトでの口コミを見ると「産休をされた方が辞めさせられた例があり、女性が働くのは難しいと考える」という本事件を念頭に置いたと思われる口コミがある一方で、「(女性の働きやすさは)中小企業の中でも優良といえる」あるいは「振替休日や代休はほぼ確実に確保できる。よく休み、プライベートの充実を奨励している」「(ワーク・ライフ・バランスの)調整はしやすい」といった口コミも並んでいるので、まあそれほど悪いばかりの会社でもなく、むしろ一定の配慮がある会社のように思えます(まあこの手の口コミがどれほどアテになるかは別問題ですが)。
ところが一転して「1週間後、女性は会社側に正社員への復帰を要望した。10月から子どもが通える保育園が見つかったためだ」という話になったわけで、ここで具体的になにが問題になったのかがポイントのようにも思えます。わずか1週間前の話であり、しかも翌月から預けられるというのですから、すみません実は保育園が見つかりました、契約社員の話はなかったことにして正社員で続けさせてください…と頼み込めば、会社も「それではやはり正社員で」という話になりそうなものだからです。
そこで推測するに(まったくの推測ですが)、おそらくこの保育園というのは正社員として勤続するにはかなり不十分なサービスしか提供されないものであり、それが日経記事にある「正社員復帰の条件を会社が説明しなかった」につながってくるのだろうと推測に推測を重ねるわけです。会社側に正社員に復帰するにはこの程度の条件を整えてください、という条件があり、原告の見つけた保育園はそれに達するものではなかった、しかしその条件については会社も十分に説明していなかった…という状況ではないかと憶測するわけです。
その後は話がこじれる一方だったようで、会社のほうも一連の経緯の中での原告の発言を名誉棄損として提訴しているという泥仕合ぶりですが、上記ハフポストによれば原告は「女性をクラスの担当から外したり、正社員復帰を求めたことで「社内の秩序を乱した」などと、懲戒処分の可能性をチラつかせたりした。面談の中で上司は「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」などと発言した」と主張し、これは裁判所も事実認定して強い表現で批判しており、大いに心証を悪くしているようです。
ということで判決は「原告の受けた不利益の程度は著しく、被告(会社側)の不誠実な対応はいずれも原告が幼年の子を養育していることを原因とするもの」と断じて慰謝料100万円の支払を命じ、かつ本件雇止めを合理的な理由を欠くものとして無効としたようです。労働事件では、精神的苦痛に対する慰謝料は数万円というのもザラに見かけるわけでこの金額はかなり大きいという印象があり、裁判所の心証の悪さがうかがわれます(契約社員としての地位は維持しているのでいわゆる解決金とは異なるわけですので)。
いっぽうで、育児休業満了後の勤続への配慮として会社が契約社員化を提示し原告もそれに合意しているわけですから、正社員としての地位まではなかなか認めにくいように思われます。ということで、全体としては概ね妥当な判決ではないかと考えるところです。
なお日経の記事によると「同社の代理人弁護士は「雇い止めを無効とした判断は不当で、速やかに控訴を検討する」とのコメントを出した」とのことですがいや100万円払って契約社員で復職させたほうがよほど合理的な判断のように思うのですがそうでもないのかなあ。行くところまで行っても復職させずに最後はカネで決着というようなことを考えているのでしょうか。原告サイドは「正社員以外は全面的に主張が認められた」という見解らしいのですが、控訴されれば原告としても控訴でしょう。そこまでするほど勤続させたくないというのはどういう事情なのか、理解に苦しみますが、まあ当事者にしかわからない事情というのもあるのかもしれませんが…。

日本キャリアデザイン学会研究大会(3)

さてもうひとつ、最後に開催された学会主催のシンポジウムについてご紹介したいと思います。「人材育成とキャリア形成−OJTへの多様なアプローチ」と題して、法政の佐藤厚先生のコーディネートのもと、神戸学院の中村恵先生、立教の中原淳先生、JILPTの藤本真先生、法政の武石恵美子先生と、それぞれにバックグラウンドや専攻分野の異なるパネリストによる学際的ディスカッションとなりました。
パネリストの先生方のキーノートを簡単にまとめますと(これまた簡単すぎるとの苦情はご容赦)、中村先生は経済学はOJTを事実上の前提として年功賃金と長期雇用のしくみ・合理性を説明してきたが、仕事経験の連鎖(=キャリア)は必ずしも見ていないと指摘され、国際比較の重要性を訴えられました。中原先生は「なぜか」を追求する従来のOJT研究から「どうすれば」に踏み込むことの重要性を指摘され、大企業、アルバイト・パート、中小企業それぞれの「どうすれば」を紹介したうえで、この手法は「歴史」(≒キャリア?)の観点が欠落すると述べられました。藤本先生は本社(人事部)とライン(現場)のOJTへの関与について、日本の実態としては圧倒的に「人事は強くコミットせず、現場がコミットする」、いわば「現場まかせ」になっている実態を指摘されました。武石先生は女性は出産・育児などのライフイベントを意識せざるを得ないことからOJTの機会も男性に較べて得られにくく、それが女性のキャリアに影響していると指摘されました。
非常に意欲的かつ野心的な企画だったため、予定されていた休憩時間を返上しても時間が不足した感は否めなかったのですが、その後のパネルや会場との質疑応答も盛り上がって充実した内容だったと思います。
若干の感想を書きますと、いわゆるメンバーシップ型の雇用においては、必ずしも労働者の保有技能にこだわらず、企業の事情によって配属や(昇進をふくむ)配置転換が行われるわけです。そのため、配置先で必要な技能を配置先で習得するOJTが中心とならざるを得ず、一方でそれは本当に必要な技能に絞ってトレーニングを行うため、ムダが少なく効率的ではあったわけです。
ただし、これをキャリアという観点から見ると、企業の事情で配置される以上は労働者の自律は相当程度制約されざるを得なくなります。たとえば典型的な製造業の大企業の現業部門を見れば(パネルでも小池和男先生の調査について言及されていましたが)、初任配属工程の定常業務に習熟したら職場内の他の工程にローテーションして多能工化し、ある段階からはさらに非定常的な業務についても習得していく。これを小池先生の用語でいえば「仕事表」で管理し、ほどほどのレベルに達したら初級監督職に昇進する、その後は人によっては製品切替準備や品質向上、効率化といったライン外業務の経験も積んで監督職に昇進していく…という典型的なキャリアが確立していて、そこから外れることはまず考えにくい。逆に、こうした技能形成や能力向上を促進するような長期雇用・年功賃金が採用されていったわけです。
このやり方が社会的にも優れていたのは、おそらくは労働市場の相当割合を占めるであろう、格別目立った才能や素養も持たない「普通の」労働者が、長期勤続を通じて技能と処遇を向上させ、生活水準を改善していくことが可能となったという点においてでしょう。
一方でキャリアという面ではほぼ全面的に企業に依存することになってしまうわけで、たとえば仕事が海外流出して拠点閉鎖がやむないとなった場合には、仮に同業同職種に転職できたとしても(それも難しいわけですが)処遇の低下は免れないということになってしまいますし、とりわけホワイトカラー職種においては、労働者個人の能力や関心に応じた配置が行われる保証はまったくなく、専門性の形成が難しかったり、マネージャー候補としてキャリア形成したもののポストがなくて能力を下回る仕事に甘んじざるを得なかったり、下手をすると場当たり的な配置転換が繰り返されたあげく脈絡のないキャリアになってしまったりといった例も見られるところです。企業のいいなりにキャリア形成した結果であり、労働者としてみれば「こんな私に誰がした」と言いたくなるでしょう。
そこで当日も中原先生からご指摘があったように「OJTが長期雇用と相性が良くて、これまでうまく行っていたことはよくわかるんだけど、人生100年とかAIとかいう時代になって、これからもそうなの?」というのが大問題になるわけです。でまあこれに対しては学び直しとかキャリア自律とかいろいろな問題提起がされており、基本的にはOJT重視から一部Off-JTにもウェイトを移していく…というのがよくある話だろうと思います。
とはいえこれまでも産業構造の変化というのはあったのであり、2000年前後に出された経営者の本なんかを見ると、産業空洞化で生産現場が海外流出した際には作業員に研修(Off-JTですね)を施して、ある程度できるようにしてからあとはOJTで戦力化してシステムエンジニアとか他の職種に転換させていったみたいな話は見かけるわけです。つまり人生100年時代の学び直しは長期雇用との相性はこれまでのOJTほど良くはないかもしれませんが別に矛盾するわけでもなく、むしろ十分両立可能だということではないでしょうか。上でOJTと長期雇用の組み合わせについて「格別目立った才能や素養を持たない多くの労働者にとって良好なしくみだった」というようなことを書きましたが、学び直しにしてもキャリア自律にしてもハードルが高い人というのはかなりの割合でいるでしょう。そういう人たちにとっては、雇用を継続しながら、企業の事業構造転換にしたがって必要になる新しい技能をOff-JTとOJTで習得していくことが望ましいのではないかと思います。もちろん企業にとってはコストが余計にかかるという話にはなるでしょうが、そこは企業内・産業内の互助的な発想で乗り切る(これは労組が得意なはず)とか、まあ政策的な支援というのも考えていいのかもしれません。
いずれにしてもOJTの効果や必要性というのは今後も変わりなくあるわけですし、それを通じた人材育成力を競争力にしている企業もあるわけなので、これからもさらに深い研究が望まれる分野だといえそうです、とあまり中身のないことを書いて終わります。明日からは別ネタをやるぞ、とまあ細々とでも続けていきたい。

日本キャリアデザイン学会研究大会(2)

昨日の続きでこの週末に開催された日本キャリアデザイン学会の感想です。自由論題の3本めは(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)の藤本真主任研究員による「65歳定年企業における処遇とキャリアをめぐる取り組み」で、まあ正直あまりキャリアとライフのマネジメントという感じはしないものでしたが、兄用は興味深いものでした。
藤本先生ご自身も参加されて2015年にJILPTが実施した「高年齢者の雇用に関する調査」を用いた分析で、この調査結果についてはJILPTのウェブサイトで公開されています(調査シリーズNo.156「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」プレスリリース)。n数は60歳定年企業が約4900、65歳定年企業が約840とかなりの規模の調査です。
得られた結果を例によって雑駁にまとめると下表のとおりです(これまた私の大変雑駁なまとめであって藤本先生からは困りますと言われそうですが)。

  65歳定年企業 60歳定年企業
仕事の内容 60歳をはさんで仕事の内容や責任が変わらない企業が6割 60歳移行に仕事の責任が変化するのが通常が46%で最多
配置の留意点 「技能やノウハウの継承に配慮」17%、「慣れている仕事に継続配置」54% 「技能やノウハウの継承に配慮」33%、「慣れている仕事に継続配置」76%
賃金水準 60歳直前=100とした61歳との比較で、中央値が99.9、平均値が87.8 60歳直前=100とした61歳との比較で、中央値が69.7、平均値が70.9
65歳以降の継続雇用 「自社での就業を認めない」14.1%、「希望者全員就業可」19.4% 「自社での就業を認めない」33.6%、「希望者全員就業可」7.3%
65歳雇用の課題 「特にない」36.6%、「管理職の扱い」11.9%、「年齢構成」13.3% 「特にない」26.6%、「管理職の扱い」25.8%、「年齢構成」22.2%

上記からのインプリケーションとして藤本先生は「65歳定年企業は60歳以降も戦力として処遇・キャリア管理する傾向が強く、それが65歳雇用の課題解消に結びつく」「シニア従業員は慣れた仕事だけでなく企業や自らの状況に応じた対応が必要」「企業負担にならない人件費管理・要員管理が課題」を指摘されました。
さて私の感想ですが調査結果についてはたいへん納得させられました。定年延長である以上は賃金は下げないけれど50代までと同様に配置転換や人事異動にも応じてもらわなければならない、という話だと考えれば65歳定年企業が技能伝承や継続配置への関心が低いのもうなずけると思ったわけです。
一方でこれを「定年延長が課題解決につながる」と解釈することには疑問もあり、なぜかというとこの調査によると65歳定年企業の割合が最も高いのは「教育・学習支援業」であって29.4%であり、以下高い産業・低い産業をみると次のようになっています。

産業 65歳定年比率(%)
教育・学習支援業 29.4
医療・福祉 23.1
運輸 21.0
飲食・宿泊 19.0
サービス 18.9
 
輸送用機械 6.5
一般機械 4.4
金融・保険 3.1

これをみると、65歳定年実施比率が高いのは人手不足などの必要に迫られている(運輸とか)か、高年齢者雇用と親和的で課題が小さい(教育・学習支援やサービスとか)か、その双方(医療・福祉や飲食・宿泊とか)かに該当する業界のように思われます。逆に、端的に体力的な問題が大きいと考えられる輸送用機械や一般機械といった製造業や、高年齢者の処遇や配置に困難の大きい金融・保険業で65歳定年が普及しにくいというのも非常に見やすい理屈のように思われます(小売りが意外に低いのも要員の過不足が背景にありそうな)。もちろん必要に迫られて定年延長した業界では「定年延長が課題解決につながる」取り組みも進められていると思います(自信はないが運輸などはそうではないかと思う)が、課題が小さいからやりやすいという逆方法の一面も相当にあるのではないかと思われます。
また、会場からは60歳以降の配置転換や人事異動についての違和感が多く表明されていましたが、これも導入比率の高い産業をみてみると、まあ監督者から作業員に変わるといったものを除けば職種変更などを行う必要性はあまりなさそうで、まあ取扱い品目が少し変わるとか勤務地や担当エリアが少し変わるとかいった話が多いと思われ、であればまあ65歳定年のほうが60歳定年・再雇用よりは柔軟だろうというのは実感にあう結果ではないかとも思いました。
あともうひとつ、学会主催のシンポジウムのご紹介をしたいのですが、残念ながら本日は時間切れなので明日以降としたいと思います。細々とでもなんとか続けたい。