ジャパンビジネスラボ事件

先週の話ですが、マタハラ裁判ということで話題になった判決が出ました。日経新聞から。判決文を読んでいませんので断片的情報によるコメントになりますがご容赦ください。見当違いのことを書くだろうと思いますがご叱正願えれば幸甚です。

 育児休業後に正社員から契約社員となり、1年後に雇い止めになったのは無効として、東京都の女性(37)が語学学校運営会社「ジャパンビジネスラボ」(東京・港)に地位確認などを求めた訴訟の判決で、東京地裁(阿部雅彦裁判長)は12日までに、「雇い止めは合理的理由を欠く」として契約社員の地位を認め、同社に慰謝料など110万円の支払いを命じた。
 女性は正社員から契約社員への変更も無効だと主張したが、阿部裁判長は「正社員契約は双方の合意で解約された」として退けた。
 判決によると、女性は2008年7月に正社員の英語講師として雇用され、13年3月に出産。育休終了時に保育所を確保できなかったため、14年9月に週3日、短時間勤務する契約社員として復職した。
 会社は「希望する場合は正社員への再変更が前提」と説明していたが、女性が正社員復帰を求めても応じず、15年9月に期間満了で雇い止めにした。
 阿部裁判長は判決理由で、正社員復帰の条件を会社が説明しなかったことなどを「信義則上の義務に違反する」と指摘。「不誠実な対応は女性が幼い子を養育していることが原因」と判断した。
 同社の代理人弁護士は「雇い止めを無効とした判断は不当で、速やかに控訴を検討する」とのコメントを出した。
(平成30年9月12日付日本経済新聞朝刊から)

正直いまひとつ事情がつかみにくい記事ではありますが、ウェブ上をみるとハフィントンポストの続報があり、それによると

…2013年3月に長女を出産し、2014年9月に育休期間を終えた。
 女性は、育休明け時点で子どもが通える保育園が見つかっていなかったため、一時的な休職を申し出たが認められなかった。女性は退職を回避するため、週3日の契約社員として働くことになった。
 女性は育休中に、「(育休明けの)契約社員は希望すれば正社員への変更が前提」などとする書面を会社から渡されていた。そのため、女性はいずれ正社員として復帰できると考えていた。
 契約社員として復職した1週間後、女性は会社側に正社員への復帰を要望した。10月から子どもが通える保育園が見つかったためだ。
 しかし、会社側は女性が要望した正社員への復帰を拒否した。
 会社側は「子が発熱するなどしても欠勤しない準備をするため」や、「育児休業によるブランク」などを理由に正社員への変更を認めなかった。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/11/mata_a_23523480/

この記事から推測すると、子どもの預け先を見つけられなかった原告が「一時的な休職を申し出た」ようです。原告はその時点で「育休期間を終えた」ということですから、これはつまるところ育休を制度以上に延長するということに近いので、会社がそれを認めなかったというのは致し方のないところでしょう。そこで会社は「週3日の契約社員」をオファーして、原告もこれに応じて契約社員に転換したということでしょうから、これはむしろ会社側が勤続に配慮したと言っていいように思われます。
実際、ジャパンビジネスラボ社の転職サイトでの口コミを見ると「産休をされた方が辞めさせられた例があり、女性が働くのは難しいと考える」という本事件を念頭に置いたと思われる口コミがある一方で、「(女性の働きやすさは)中小企業の中でも優良といえる」あるいは「振替休日や代休はほぼ確実に確保できる。よく休み、プライベートの充実を奨励している」「(ワーク・ライフ・バランスの)調整はしやすい」といった口コミも並んでいるので、まあそれほど悪いばかりの会社でもなく、むしろ一定の配慮がある会社のように思えます(まあこの手の口コミがどれほどアテになるかは別問題ですが)。
ところが一転して「1週間後、女性は会社側に正社員への復帰を要望した。10月から子どもが通える保育園が見つかったためだ」という話になったわけで、ここで具体的になにが問題になったのかがポイントのようにも思えます。わずか1週間前の話であり、しかも翌月から預けられるというのですから、すみません実は保育園が見つかりました、契約社員の話はなかったことにして正社員で続けさせてください…と頼み込めば、会社も「それではやはり正社員で」という話になりそうなものだからです。
そこで推測するに(まったくの推測ですが)、おそらくこの保育園というのは正社員として勤続するにはかなり不十分なサービスしか提供されないものであり、それが日経記事にある「正社員復帰の条件を会社が説明しなかった」につながってくるのだろうと推測に推測を重ねるわけです。会社側に正社員に復帰するにはこの程度の条件を整えてください、という条件があり、原告の見つけた保育園はそれに達するものではなかった、しかしその条件については会社も十分に説明していなかった…という状況ではないかと憶測するわけです。
その後は話がこじれる一方だったようで、会社のほうも一連の経緯の中での原告の発言を名誉棄損として提訴しているという泥仕合ぶりですが、上記ハフポストによれば原告は「女性をクラスの担当から外したり、正社員復帰を求めたことで「社内の秩序を乱した」などと、懲戒処分の可能性をチラつかせたりした。面談の中で上司は「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」などと発言した」と主張し、これは裁判所も事実認定して強い表現で批判しており、大いに心証を悪くしているようです。
ということで判決は「原告の受けた不利益の程度は著しく、被告(会社側)の不誠実な対応はいずれも原告が幼年の子を養育していることを原因とするもの」と断じて慰謝料100万円の支払を命じ、かつ本件雇止めを合理的な理由を欠くものとして無効としたようです。労働事件では、精神的苦痛に対する慰謝料は数万円というのもザラに見かけるわけでこの金額はかなり大きいという印象があり、裁判所の心証の悪さがうかがわれます(契約社員としての地位は維持しているのでいわゆる解決金とは異なるわけですので)。
いっぽうで、育児休業満了後の勤続への配慮として会社が契約社員化を提示し原告もそれに合意しているわけですから、正社員としての地位まではなかなか認めにくいように思われます。ということで、全体としては概ね妥当な判決ではないかと考えるところです。
なお日経の記事によると「同社の代理人弁護士は「雇い止めを無効とした判断は不当で、速やかに控訴を検討する」とのコメントを出した」とのことですがいや100万円払って契約社員で復職させたほうがよほど合理的な判断のように思うのですがそうでもないのかなあ。行くところまで行っても復職させずに最後はカネで決着というようなことを考えているのでしょうか。原告サイドは「正社員以外は全面的に主張が認められた」という見解らしいのですが、控訴されれば原告としても控訴でしょう。そこまでするほど勤続させたくないというのはどういう事情なのか、理解に苦しみますが、まあ当事者にしかわからない事情というのもあるのかもしれませんが…。