日本キャリアデザイン学会研究大会(3)

さてもうひとつ、最後に開催された学会主催のシンポジウムについてご紹介したいと思います。「人材育成とキャリア形成−OJTへの多様なアプローチ」と題して、法政の佐藤厚先生のコーディネートのもと、神戸学院の中村恵先生、立教の中原淳先生、JILPTの藤本真先生、法政の武石恵美子先生と、それぞれにバックグラウンドや専攻分野の異なるパネリストによる学際的ディスカッションとなりました。
パネリストの先生方のキーノートを簡単にまとめますと(これまた簡単すぎるとの苦情はご容赦)、中村先生は経済学はOJTを事実上の前提として年功賃金と長期雇用のしくみ・合理性を説明してきたが、仕事経験の連鎖(=キャリア)は必ずしも見ていないと指摘され、国際比較の重要性を訴えられました。中原先生は「なぜか」を追求する従来のOJT研究から「どうすれば」に踏み込むことの重要性を指摘され、大企業、アルバイト・パート、中小企業それぞれの「どうすれば」を紹介したうえで、この手法は「歴史」(≒キャリア?)の観点が欠落すると述べられました。藤本先生は本社(人事部)とライン(現場)のOJTへの関与について、日本の実態としては圧倒的に「人事は強くコミットせず、現場がコミットする」、いわば「現場まかせ」になっている実態を指摘されました。武石先生は女性は出産・育児などのライフイベントを意識せざるを得ないことからOJTの機会も男性に較べて得られにくく、それが女性のキャリアに影響していると指摘されました。
非常に意欲的かつ野心的な企画だったため、予定されていた休憩時間を返上しても時間が不足した感は否めなかったのですが、その後のパネルや会場との質疑応答も盛り上がって充実した内容だったと思います。
若干の感想を書きますと、いわゆるメンバーシップ型の雇用においては、必ずしも労働者の保有技能にこだわらず、企業の事情によって配属や(昇進をふくむ)配置転換が行われるわけです。そのため、配置先で必要な技能を配置先で習得するOJTが中心とならざるを得ず、一方でそれは本当に必要な技能に絞ってトレーニングを行うため、ムダが少なく効率的ではあったわけです。
ただし、これをキャリアという観点から見ると、企業の事情で配置される以上は労働者の自律は相当程度制約されざるを得なくなります。たとえば典型的な製造業の大企業の現業部門を見れば(パネルでも小池和男先生の調査について言及されていましたが)、初任配属工程の定常業務に習熟したら職場内の他の工程にローテーションして多能工化し、ある段階からはさらに非定常的な業務についても習得していく。これを小池先生の用語でいえば「仕事表」で管理し、ほどほどのレベルに達したら初級監督職に昇進する、その後は人によっては製品切替準備や品質向上、効率化といったライン外業務の経験も積んで監督職に昇進していく…という典型的なキャリアが確立していて、そこから外れることはまず考えにくい。逆に、こうした技能形成や能力向上を促進するような長期雇用・年功賃金が採用されていったわけです。
このやり方が社会的にも優れていたのは、おそらくは労働市場の相当割合を占めるであろう、格別目立った才能や素養も持たない「普通の」労働者が、長期勤続を通じて技能と処遇を向上させ、生活水準を改善していくことが可能となったという点においてでしょう。
一方でキャリアという面ではほぼ全面的に企業に依存することになってしまうわけで、たとえば仕事が海外流出して拠点閉鎖がやむないとなった場合には、仮に同業同職種に転職できたとしても(それも難しいわけですが)処遇の低下は免れないということになってしまいますし、とりわけホワイトカラー職種においては、労働者個人の能力や関心に応じた配置が行われる保証はまったくなく、専門性の形成が難しかったり、マネージャー候補としてキャリア形成したもののポストがなくて能力を下回る仕事に甘んじざるを得なかったり、下手をすると場当たり的な配置転換が繰り返されたあげく脈絡のないキャリアになってしまったりといった例も見られるところです。企業のいいなりにキャリア形成した結果であり、労働者としてみれば「こんな私に誰がした」と言いたくなるでしょう。
そこで当日も中原先生からご指摘があったように「OJTが長期雇用と相性が良くて、これまでうまく行っていたことはよくわかるんだけど、人生100年とかAIとかいう時代になって、これからもそうなの?」というのが大問題になるわけです。でまあこれに対しては学び直しとかキャリア自律とかいろいろな問題提起がされており、基本的にはOJT重視から一部Off-JTにもウェイトを移していく…というのがよくある話だろうと思います。
とはいえこれまでも産業構造の変化というのはあったのであり、2000年前後に出された経営者の本なんかを見ると、産業空洞化で生産現場が海外流出した際には作業員に研修(Off-JTですね)を施して、ある程度できるようにしてからあとはOJTで戦力化してシステムエンジニアとか他の職種に転換させていったみたいな話は見かけるわけです。つまり人生100年時代の学び直しは長期雇用との相性はこれまでのOJTほど良くはないかもしれませんが別に矛盾するわけでもなく、むしろ十分両立可能だということではないでしょうか。上でOJTと長期雇用の組み合わせについて「格別目立った才能や素養を持たない多くの労働者にとって良好なしくみだった」というようなことを書きましたが、学び直しにしてもキャリア自律にしてもハードルが高い人というのはかなりの割合でいるでしょう。そういう人たちにとっては、雇用を継続しながら、企業の事業構造転換にしたがって必要になる新しい技能をOff-JTとOJTで習得していくことが望ましいのではないかと思います。もちろん企業にとってはコストが余計にかかるという話にはなるでしょうが、そこは企業内・産業内の互助的な発想で乗り切る(これは労組が得意なはず)とか、まあ政策的な支援というのも考えていいのかもしれません。
いずれにしてもOJTの効果や必要性というのは今後も変わりなくあるわけですし、それを通じた人材育成力を競争力にしている企業もあるわけなので、これからもさらに深い研究が望まれる分野だといえそうです、とあまり中身のないことを書いて終わります。明日からは別ネタをやるぞ、とまあ細々とでも続けていきたい。