日経新聞朝刊の「経済教室」の「非正規雇用、このままでいいのか」という3回シリーズが本日完結しましたので、若干の感想など書いていきたいと思います。一昨日の(上)は小野浩・一橋大学教授で、「正規への保護 見直し不可避」との見出しがついています。
前半の3分の2くらいは非正規雇用をめぐる経緯と現状の解説と問題点の整理にあてられており、バランスのとれたわかりやすい説明になっています。続いて政策提案になるのですが、
正規対非正規の格差を是正するには、正規を解雇しやすくする環境と法制度の見直しが必要だ。企業が正規採用をためらうのは解雇が難しいからだ。労働市場の流動性が高まれば、正規は採用しやすくなり非正規の需要は低くなるだろう。
同様に正規の労働条件をより柔軟にすることが必要だ。この点は改善に向かっている企業が多いが、正規雇用にはいまだに出勤、8時間労働を前提とした働き方が多い。非正規に就く人は柔軟で自由な働き方を求める。正規も例えば週3日勤務、テレワーク可など、働き方をより柔軟にして、正規対非正規のバリアーを低くすることが必要だろう。
企業としても、人材は投資すべき人的資本であり、コストではないという認識が必要だ。必要な時にしか雇わない非正規は「使い捨て」であり、人的資本という認識は薄い。非正規にも人材育成の機会を与え、有能な非正規は正規職に転換を促すような柔軟な取り組みが求められている。
(令和4年10月4日日本経済新聞「経済教室」から)
正規の非正規化で格差を解消しようという、これ自体は時々みかける主張です。ただまあ正規の雇用保障を低下させ、労働条件も柔軟化という名の切り下げを行って格差を縮小しようというのは政策本来の趣旨からみてどうなのかという疑問はどうしても残ります。また、極論ではありますが、もし企業がやろうとすれば正規採用をやめて新規採用のすべてを有期雇用にすることもできるはずであり、一方で現実を見るとコロナ禍の影響もあるでしょうが非正規労働者比率が頭打ちになっているわけです。つまり企業としては依然として従来型正社員の活用に意味・価値があると考えているわけで、「正規も例えば週3日勤務、テレワーク可など」にしてまで「正規を解雇しやすくする環境と法制度の見直し」を求めているかというとそうでもないのではないかなあ。やはり「雇用保障もほどほど、仕事の拘束度・企業の人事権もほどほど」という限定正社員のような形態(週3日勤務の短時間正社員というのも十分考えられるでしょう。育児短時間勤務では実際に広く行われているわけですし)を普及させていくのが現実的なように思います。
人材育成については非正規雇用も多様で、大手スーパーのように正規と非正規の人事制度を一本化して非正規も人材育成し監督職登用する例も多いわけです。とはいえ(これはたしか梅崎修先生が朝日新聞で指摘しておられたように思いますが)人材育成というのはかなりの部分OJTに依存するわけで、人材育成上有意義な仕事につけるかどうかというのが問題になります。となると多くの日本企業が組織拡大を望めない現状にあって、そうした仕事を得られない人というのも出てこざるを得ません(特に上級の仕事になるほど困難になる)。小野先生ご指摘のような精神論で実現できる話ではなさそうです(だから政策的支援が必要だという話はわかります)。
さて昨日(10月5日)の(中)は東大社研の水町勇一郎先生が登場です。見出しは「将来見据え人事制度改革を」となっていますね。
前半は正規・非正規の格差をめぐる判例・裁判例および一部法改正のレビューと、それを受けた企業の対応について述べられています。これも経済教室らしい要領のいいまとめで、大阪医科薬科大事件・メトロコマース事件の最高裁「判決により契約社員には賞与や退職金を支給しなくてもよいとの誤解も一部で生まれた」「これらの事件は、改正前の法律(改正法により削除された労働契約法20条)が適用された事件」などの指摘は水町先生らしいものですが、実務上も注意が必要な論点ではあるでしょう。
後半は突如経営学者のような論調となり、「基本給も含めて改革に取り組み、正社員と短時間・有期雇用社員を同一の評価・賃金制度の下で処遇する動き」としてりそな銀行の事例、「正社員の働き方そのものについても柔軟化を進め、短時間勤務、テレワーク、副業・兼業など、それぞれのニーズや希望に応じた多様な働き方を実現しようとする動き」として「施工・介護事業などを営むGCストーリー」社の事例が紹介されています。
りそなの事例は厚生労働省の事例集にも掲載されていて(https://www5.cao.go.jp/keizai1/2007/work-life/risona.pdf)、大手スーパーなどで導入されてきた制度とよく似たものとなっています。銀行もかなりの部分非正規が基幹業務を担っているのでしょうから、似てくるのもうなずけるものはあります。一方でスーパーと異なるのはかなりの部分を派遣労働でまかなっているところで、まあこちらは労使協定方式でそれなりの待遇は確保されているということでしょうか。
GCストーリー社の事例もなかなか興味深いもので、就業環境が良好ということでさまざまな表彰を受けておられますが、人材コンサルも手掛けておられるようなのでご商売の必要上というのもありそうな気がしなくもない。また、転職口コミサイトの評判(https://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0C1000000qd1yw)を見てみると、総合評価は堂々のトップ3%にランクインという優秀さなのですが、一方で残業時間は月72.2時間、年次有給休暇の取得率は56.5%となっていて、「本人の希望により短時間・短日数勤務、テレワーク、副業・兼業とンいった働き方を選択できるようにしている」事例にしては「あ、あれ~?」と思わなくもない(8人の口コミなのですが80人の会社なのでそれなりに参考にはなるでしょう)。そのままうのみにはしづらいところがあるかなと。
いずれにしても「性別・年齢・雇用形態にかかわらず全社員が活躍できる人事制度を構築すること」に関しては、文中でも紹介されているように政府のさまざまな文書にも織り込まれている、まあどこからも文句の出ない方針ではあるでしょう。ではどうすればというところに苦心があるわけですが。なお最後にクラウドワークの増加に触れてその人材活用や育成について問題提起されているのはさすがの目配りと思いました。
そして本日は日大の安藤至大先生で、見出しは「生活安定と労働移動 両立を」となっています。
こちらは格差をダイレクトに取り上げることはせず、まず前半で労働者の生活を安定させつつ労働市場(労働移動)を通じて人材の適正配置(とは書かれていませんがそういう意味だと思います)を実現することが求められていると述べられます。その上で、労働者に労働移動へのインセンティブがない状況下では政策的介入が必要となると述べられ、具体的に次のように提案しておられます。
…現時点で転職希望がない人でもキャリアコンサルティングを受けることは有益だ。(引用者注:2022年版労働経済)白書も、キャリアの棚卸しを通じて、さらなる成長分野や需要が多い分野への転職の決断をしやすくなる効果を指摘する。…現状ではインターネットの転職情報サイトを利用することが多いが、さらに多様なチャネルが有効活用されるように雇用仲介事業の活用と適正化を進めることが有益だ。
ただし転職には常に正の外部性があるとは限らず、公的支援も必要とはいえない場合があることに注意したい。…
次に、労働移動には必ずしも会社を移る必要はないことに注意したい。生活の安定と労働移動を両立させる有効な手段として企業の事業転換もある。企業と労働者の雇用関係を維持しつつ、会社が新しいビジネスに進出するケースだ。
…しかし事業転換が常に成功するとは限らない。帝国データバンクの20年12月調査では、新型コロナウイルス感染症により、企業の20.3%が業態転換の予定ありと回答しているが、すべてが成功するのは難しいだろう。玉突きの労働移動と事業転換の両方を活用するための知恵が求められる。
日本では以前から、労働市場の改革や雇用の流動化が必要であるとの意見が、政治家や企業経営者から聞かれる。これに対し、多くの労働者は生活の安定と向上を求めていることから、反発も大きかった。
雇用関係の議論をする際には、丁寧な説明と納得感の形成が求められる。公労使の三者構成からなる審議会でも、社会変化に対応する視点から性急な議論になり、かえって決着までに時間がかかることもある。
そもそも改革や流動化は手段であり目的ではない。一方で今後の社会変化を踏まえると、労働者が安心して生活するためにも仕事内容や働く企業が変わったとしても収入が途切れず処遇が向上する新しい安定の姿を模索し、実現する方法を考える必要があるだろう。
(令和4年10月6日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から)
まさにご指摘のとおりで「生活の安定と労働移動を両立させる」ことが重要であり、今朝のテレ東のモーニングサテライトで日経新聞のコメンテーターの方が「守るべきはゾンビ企業でなく雇用、リスキリングで成長産業に雇用を動かす」とのたまわれていて毎度のことながらあーあと思ったのですが、守るべきは雇用だけではなく雇用と賃金なんですよ。成長産業=高賃金という保証はどこにもないし、そもそもゾンビ企業なるもので就労している労働者がすべて動けるほど雇用がある保証もない。hamachan先生ことJLLPTの濱口桂一郎先生の記念碑的大著『日本の労働法政策』によれば「失業なき労働移動」が労働政策に登場したのは1995年の第8次雇用対策基本計画であるらしく、「雇用対策の基本的事項のトップに「雇用の創出と失業なき労働移動の実現」が設定された」と書いてあります。きちんと「雇用の創出」がセットになっているわけですね。
「労働移動には必ずしも会社を移る必要はない」というのもまさにご指摘のとおりで、実際に行われていることでもあるというのはこのブログでも繰り返し書いてきました。そして「雇用関係の議論をする際には、丁寧な説明と納得感の形成が求められる」というのも非常に重要なご指摘でしょう。労働政策、雇用政策は検討するにも実施するにも効果が出るにもそれなりの期間が必要であり、特に実施にあたっては労働者、労働市場が適切に対応できる速度感というのが重要だということは、これもこのブログでたびたび書いたと思います。高年齢者雇用政策なんかは20年のタイムスパンでやっているわけですよ。
最後の結論部分はなかなかの難題であるわけですが、やはり大きなポイントは(平凡ではありますが)雇用創出、とりわけ良好な雇用の創出であろうと思います。いつも同じようなことを書いていてまたかと思われるかもしれませんが、そのために良好なマクロ経済運営が重要なのだろうと思います。