労働基準関係法制研究会、はじまる

 さる1月23日、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」の第1回が開催されました。来週22日には第2回が開催されるとのことです。開催要項によれば検討事項は「「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等の検討」の2つが挙げられています。後者は働き方改革関連法の附則にある「施行5年後の検討」を踏まえたものですね。
 これを読む限り前者に関しては「法的論点の整理」とされ、後者も働き方改革関連法のフォローなので、それほど大きな法改正につながるものではないのかなという感じもするわけですが、議論の行方が注目されるところであり、研究会報告をもとに若干の感想などを期待もこめて書いてみたいと思います。
 さて研究会報告ですが、こちらにあります。
https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/001160064.pdf
 まずもって、基本的な問題意識として、近年劇的に進展した働き方の多様化と、並行して進んだ働く人の意識や希望の多様化について「これまで以上に働く人が希望する働き方を実現し、能力を十分に開発し発揮できる働く環境を構築しなければ我が国の発展はない」と肯定的に捉えていることは非常に適切と言えましょう。
 その上で興味深いのは、これからの労働基準法制の検討の視座として「守る」に加えて「支える」を上げているところです。私などは労働基準法制は基本的に労働者を守ることが使命であり、守り過ぎになっている(せいで働く人の希望などに応えられない)部分は適切に見直すという整理でいいのではないかと思うのですが、まあそれが働く人への支援になるのだ、と言われればそうかもしれません。ここでの「労働基準法制」は安衛法や最賃法、労災保険法などに加えて労働契約法も含まれているとのことで(まあ労契法も労基法由来であると言って言えなくはないか)、そうであれば労使を政策的に望ましい方向に誘導するという発想もあり得るでしょう。
 さて報告書は続けて多様化の現状把握と基本的な考え方の確認を行い、さらに具体的な論点を上げています。
 まず「守る」の観点からは、労基法1条から6条までの基本原則および年少者・妊産婦保護規定および労働保護の精神を堅持することが強調されているのは当然として、働く人の健康確保についても、「働く人の健康の確保は、働く人がどのような働き方を希望し、どのような働き方を選択するかにかかわらず、全ての働く人にとって共通して必要である。」として、労働者が健康リスクを冒してまで労働することには明確に否定的です。私は基本的には愚行権を承認する立場なのですが、これに関しては今時いかに本人がよくても周囲が大迷惑を被ることは目に見えているので、いわば「公共の福祉に反する」ということで妥当ではないかと思います。労基法改正で時間外労働の上限規制がついに導入されたのも、無際限な長時間労働競争は認めないという意味合いを持つものではないかと思う。
 一方で、「労働者の健康を確保することは企業の責務」としつつも、「労働者自身も自分の健康状態を知り、健康保持・増進に主体的に取り組むことが重要」としたことも適切ではないかと思います(できれば労働者の取り組みについてはもっと踏み込んでほしかったと思う)。リモートワークや副業・兼業が政策的に奨励される中では、企業一人が健康確保の責務を負うことは現実的ではないでしょう。報告書は前段の部分で「スマートフォンなど情報通信機器の発達により、企業は、働く人の事業場の外における活動についても、相当程度把握できるようになってきている」と企業による管理の可能性を主張しているのですが、そんな監視社会は望みませんという労働者も相当数いるはずであってね。リモートワークや兼業・副業の大半は本人希望にもとづくものと思われるので、少なくともそういう場面においては労働者自身にも責務があるとすべきではないかと思います。
 次に「支える」の観点からは、「従来の労働基準法制のみでは有効に対応できない」「労働基準法制定当時では想定されなかった新たな課題が起きている」ことを率直に認めているのは大変好ましく感じます。その上で「適正で実効性のある労使コミュニケーションの確保」を強調しているのもまことに妥当と思います。大切なのは「個々の労働者と使用者との間には情報や交渉力の格差がある」と明記しているところで、世の中には「これからは企業と社員は対等な関係になっていく(べき)」といった言説があふれかえっていて、一部の人事担当者までそう言い出しているのは本当に困ったことだ(まあ一つの理想として夢想することまでは否定しませんが)と思うのですが、もちろんそんなことはないわけです。もちろん一部には「こんな会社辞めてやる」ができる人というのもいるだろうとは思いますが、まあごく限られたエリートの話でしょう。労働者の太宗は使用者に較べて圧倒的に立場が弱いわけで、そこで報告書が「労働条件の改善を図る上で、労働組合の果たす役割は引き続き大きい」と断言しているのは、労働組合に期待する私としてはうれしいところです。
 もちろん報告書も記載するとおり労使コミュニケーションも多様であってよく(あるべきで)、「多様・複線的な集団的な労使コミュニケーションの在り方について検討することが必要」との記載はもっともですが、しかしその前に書かれているように「現行の労働基準法制における過半数代表者や労使委員会の意義や制度の実効性」を考えれば、やはり法で定められた権利を有する組織率の高い企業別労組は「適正で実効性のある労使コミュニケーション」の当事者としてもっともふさわしいのではないかと思います。労使委員会についても、有意義で実効性あるものとなっているのは労働組合が関与しているケースが多いのではないでしょうか。いろいろと異論はあろうかと思いますが、労働基準法制上で組織率の高い企業別労組に特別な役割を持たせることが重要ではないかと思います。それが組織率の向上につながればさらに労使コミュニケーションの実効性も高まることでしょう。
 続く「シンプルでわかりやすく実効的な制度」ももっともな話であり、労働時間制度が例に引かれていますが、個別のアジェンダについて労使で議論して交渉と妥協の産物として成り立ってきたものなので、現状は致し方ないとしても、一度全体として整理してみてもいいかもしれません。その際にも「組織率の高い労働組合」に大きな役割を負わせることでかなりすっきりと整理できるのではないかと思うのですがどんなものでしょうか。
 その後は「「労働者」「事業」「事業場」等の労働基準法制における基本的概念についても、経済社会の変化に応じて在り方を考えていくことが必要」「これまでと同様の働き方が馴染む労働者も引き続き多く存在し、その権利擁護については従来どおりの法制を適用することが望ましい部分も多い」といったポイントが指摘され、最後に「労働基準監督行政の充実強化」が述べられています。このブログでも繰り返し強調していますので繰り返しませんが(このエントリがまとまってるかなhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20180305/p1)、規制を実効性あるものにするためには十分な取締が必要というのは明らかではないかと思うわけです。
 でまあ本当の最後は「未来を担う全ての方へ」と題して労使への期待が述べられていてなんかこれ労働基準法制と関係あるのかねと思うわけだがまあ期待としてはもっともなものかもしれません。
 ということで感想は以上とさせていただいて、今回の労働基準関係法制研究会への期待をまとめるとこんな感じでしょうか。

  • 「労働者」「事業」「事業場」等の労働基準法制における基本的概念の再整理は重要ですが、フリーランス等の雇用類似の働き方についても労働基準法制で対応するのではなく、別途の法制度の検討を提言してほしいと思います。この研究会からは完全に逸脱しますが、フリーランス等が集団的に発注者と交渉できる実効性あるしくみが必要と思います。
  • リモートワークや副業・兼業など使用者だけが安全確保の責務を負うことが不可能な場面があることを確認し、まずはその場合限定でいいので労働者にも責務があることを明確化してほしいと思います。いずれは労働時間通算規定の解釈変更につなげてほしいわけですが、それは時間をかけて議論でいいと思います(もうずいぶん議論したなとも思いますが)。
  • 過去一瞬検討された「特別多数労働組合」に特別な地位を与え、労働協約によって規制をオプトアウトするしくみをぜひ検討してほしいと思います。「特別多数労組のない企業では裁量労働制は使えません」くらいの整理にすれば「シンプルでわかりやすく実効的な制度」になるのではないでしょうか。

 うーん、まあ、かなりハードルは高いかな。正直、多分に「検討しなければならないので検討します」という印象もなくはなく(ただの憶測なので中の人たちは怒っていいです)、最初にも書いたとおりまずは「法的論点の整理」に取り組むということなので、具体論まではなかなか踏み込めないかもしれません。ちなみに研究会報告書では「解雇の金銭解決」には一切触れられておらず(一応ここでの「労働基準法制」の守備範囲内のはずですが)、したがって今回の研究会(紛らわしいな)でも議論はされないものと思われます。ご不満の向きもあるかもしれませんがまあいいんじゃないでしょうか。
 ということで書くと言ったので書きました。言ってみるものだ(笑)