労使関係法研究会報告

本日朝のNHK「おはよう日本」に荒木尚志先生のお姿が映り、なんだろうと思ったら労使関係法研究会の報告書案がまとまったというニュースでした。おはよう日本で取り上げるような大ニュースなんだなあと思いながら見ていたところ少し気になる表現があったような気がして、まあ聞き違いかなあと思っていた(いまのところNHKオンラインにはこのニュースは掲載されていないようです)のですが、日経新聞の記事にも同様に気になる部分がありましたので備忘的に書いておきます。

 厚生労働省有識者検討会は5日、請負労働者の団体交渉に関する報告書をまとめた。対象となるのは技術者やミュージシャン、塾講師、カメラマンなど、個人事業主として企業から仕事を請け負う労働者。仕事の責任が大きく、仕事の日時や場所が細かく指定されていれば、企業に賃金や休暇などの条件改善を団体交渉を通じて求めることができるとの考え方を示した。
 労働法の専門家からなる「労使関係法研究会」(座長・荒木尚志東大教授)がまとめた。報告書で示した基準は中央労働委員会や裁判所での判断基準として活用する。
平成23年7月6日付日本経済新聞朝刊から)

この報告書案そのものはこちらにあります。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001hrd8-att/2r9852000001hrwe.pdf
中身は記事にもあるように労組法上の労働者性に関するもので、最近出た新国立劇場事件とINAXメンテナンス事件の最高裁判決が個別の事例判断にとどまったため、「本研究会において、労働組合法の趣旨・目的、制定時の立法者意思、学説、労働委員会命令・裁判例等を踏まえ、労働者性の判断基準等を示すこととした。」という趣旨のようです。
そこで報道のなにが気になっているかというと上の記事でいえば「報告書で示した基準は中央労働委員会や裁判所での判断基準として活用する。」という部分で、それはたしかに行政の研究会報告なのでそれなりの重みはあるでしょうし、さらに今後コンメンタールなどに記載されたりして行政解釈となるのかもしれませんし、ことによるとこれに沿った法改正が行われる可能性もなくはない(まあ低いとは思いますが)でしょう。とはいえ、少なくとも現時点ではひとつの学説であって、中労委*1や裁判所での判断にあたっておおいに参考とはされるでしょうが、中労委や裁判所が「判断基準として活用」とまでいうと表現が強すぎるのではないかと思うわけです。
実際、研究会の初回に提示された開催要項にある趣旨でも「労使関係の安定を図る観点から」とわざわざ書いてから「学識経験者を参集し、今後の集団的労使関係法制のあり方について検討を行う」と書き、検討事項についても「労働者の働き方が多様化する中で、業務委託、独立事業者といった契約形態下にある者が増えており、労働組合法上の労働者性の判断が困難な事例が見られる。このため、本研究会は、当面、労働組合法上の労働者性について検討を行う」と述べ、その後に「※最近では、業務委託、独立事業者といった契約形態下にある者について、中労委の命令と裁判所(下級審)の判決で異なる結論が示されたものがある」と一段下げた注扱いで書いています。これを読んだときにはたいへん用心深いなという感想を持ったわけで(まあ2事件の最高裁判決が出る前だったこともあるでしょうか)、なにかというとこういう書きぶりにすることで「中労委と裁判所の判断が分かれていて労使としても労働者性の判断がつきにくいでしょう、だから紛争が起きるというのはよろしくないから労使が判断しやすいように研究会で判断基準について検討しましょう」という話の筋になっているのだなと思ったわけです。まあ現実問題としては中労委や、特に裁判所に対しても「基準を示す」とまでは行かないまでも判断の参考としてもらいたい、との意図はあったのだろうとは思いますが。
ということで、厚生労働省の担当者がマスコミに対して「中央労働委員会や裁判所での判断基準として活用する」と説明したのであればそれは言いすぎだろうと思います。おそらくは記者の問題だろうとは思うのですが、NHKでも同じような言い方をしていたような気がした(繰り返しになりますがこれ自体が聞き間違いの可能性もあります)ので、ひょっとしたらということで。
なお、内容に関しては、以前も書いたように新国立劇場事件とINAXメンテナンス事件において労組法上の労働者性が認められたことは妥当だと思っています。ただその判断枠組み(ソクハイ事件の中労委命令に大筋で準拠しているわけですが)を一般化して判断基準とすることがいいかどうかはまた別問題として考えてみる必要があるでしょう。

*1:なぜわざわざ中労委に限定しているのかも不思議です。単に「労働委員会」ではいけなかったのでしょうか。