連合総研「イニシアチブ2009研究委員会」ディスカッションペーパー(2

きのうの続きです。

          • -

(3)労働契約法制

 労働契約法制については、労働契約法の内容の豊富化を図るという方向性については大筋で異論はない。もっとも、それが単なる判例法理のリステートメントにとどまってよいかどうかは議論があろう。けだし、判例法理においても、今日における経済・社会・労働の多様化・複雑化に対応できていないと考えられる部分があるからだ。今後採用内定、試用、雇止めなどを労働契約法に取り込んでいくのであれば、労働市場や人事管理の実情に即した、今日的なものを検討していく必要がある。地道に、漸進的に取り組んでいく必要があろう。
 そのうえで今後の検討にあたっては、次の3点を原則とすべきであろう。
 第一に、労使自治の重視である。労使の対等性の確保に関する簡素な手続規制のもとに、労使の取り組みを通じて法の目的が達成されることを支援する法制とすべきだろう。また、安全配慮義務のような規定をおくにあたっては、使用者だけでなく労働者にも相応の義務を求める双務的規定とすることが望ましい。
 第二に、多様性の重視があげられる。契約自由の原則のもとに、実体規制は必要最小限にとどめ、労使が多様な選択肢を持つことができる法制とすべきである。
 第三に、透明性の確保が重要となる。規制を行う場合は極力明確な基準を設定し、労使双方の事前予見性を高め、また行政の恣意的判断が入り込みにくい法制とすることが求められる。
 残念ながら、先般の労働契約法の検討過程においては一部の悪質な法違反事例などを強調し、感情的に規制強化を求める論調が多々見られた。もちろん法違反には厳正な取締で臨む必要があるが、法改正の検討にあたっては冷静な議論を望みたいところだ。

(4)労働時間法制

 さて労働時間法制については、おそらく法と実態の乖離が最も大きい分野であり、法の機能不全の解消が強く求められている。長時間労働と健康問題、労働者の多様化といったポイントの設定も適切であろう。具体論になるといろいろと異論はあるが、紙幅の関係もあってここでは詳細なコメントはしない。
 一点だけコメントすれば、これらの問題はすべて、「労働時間」の概念にまで立ち返って、それこそ根本的に議論しなおすことが必要だと思われる。少なくとも、現状のように唯一絶対の「労働時間」が常に確定できる、といった発想は抜本的に改めなければならない。概念的には根本的な問題だが、実態にあわせるだけなので、現実への影響はそれほど大きくないに違いない。
 もちろん、今日でも「コンベアが動きはじめてから止まるまで」とか、「工場の入口を入ってから出るまで(そこにはタイムレコーダが置いてあることも多いだろう)」といった形で労働時間が確定できる仕事もある。そういう仕事であれば、それを賃金計算にも健康管理にも使用すればよろしい。しかし、たとえば一定以上の専門性や裁量性をもって働いているホワイトカラーとなると、ことはそう簡単ではない。たとえばこんな例を考えよう。

 F君はある企業でマーケティングの企画を担当している28歳の青年である。仕事は面白いし、そろそろ係長昇格も近づいていて意欲も高い。主力商品の一つを任されていて、ときおり業務の進行状況を上司に報告し、包括的な指示を受ける。ときには課題について相談して助言をもらうこともある。目下の懸案はライバル社の類似商品に対抗するための販促企画である。
 ある日F君はいつもどおり起床し、日経新聞を読みながら定時の9時に出勤した。午前中は何度か後輩に日常取引について指示したほかは目下の懸案に没頭し、昼休みは業界誌を読みながら弁当をつつく。頭にあるのはやはり販促企画だ。午後は会議の予定が2件あり、上司への報告が終わると外出し、まず得意先と打ち合わせを持つ。次の広告代理店での会議まで少し時間があるので、喫茶店でスポーツ新聞を読みながら1時間くらい時間調整した。会議終了後帰社すると定時の17時を過ぎていたが、午後の会議の報告書を作成して18時過ぎに職場を出た。報告書の出来はF君としては正直なところ不満で、もう少し手を入れたかったが、一応用は足りるだろう。このところ不景気で残業は1日1時間と制限がかかっているし、労組も労働時間短縮キャンペーンをやっているから、まあ仕方がない。その後、F君は会社の資料室に行って関連法規について調べた。当面の業務では必要はないが、次の人事異動で希望の職場に異動できれば役に立つし、うまく資格が取れれば将来転職するときに有利だろう。2時間後、F君は資料室にあったマーケティングの新しいテキストを借り出して、帰途読みながら帰宅した。期待どおり、役立ちそうな材料の多い本だ。21時に帰ると配偶者が「遅かったですね」というのでF君は「残業でね」と答える。入浴と食事を済ませたF君は、忘れないうちに、ということで本から得たアイデアを30分くらいかけてノートにメモしたが、そうしているうちに報告書の出来がどうしても気に入らなくなり、結局こちらもテレビのスポーツニュースを見ながら1時間かけて作り直してしまった。就寝は24時。
 さて、F君の「労働時間」は何時間だろう?F君の配偶者は、F君の労働時間はどのくらいだと思っているだろう?

 これはまったくのフィクションだが、しかし似たような話は世間にありふれているのではないだろうか。いったい、F君は何時間分の割増賃金を受け取るべきなのだろうか。誰がどのように何時間分と決めるのだろうか。そもそもF君は時間割計算で賃金を支払われることが適当なのか。F君は自分で自分の賃金の支払われ方を決めてはいけないのか。さらには、企業がF君の健康管理をする上においても、賃金計算に使用する時間で考えておけばいいのだろうか。さまざまな意見があろう。しかし、そろそろこうした問題に現実に即した解答を出さなければなるまい。
 その上で、必要であれば最長労働時間規制も休息時間規制も保障休日規制も検討すればいいだろう。決して全否定するものではない。ただし、当然ながら実態に応じたものであるべきで、安全サイドでの一律規制は多くの企業や労働者にとって不利益となろう。職種や就労形態に応じた多段階の限度時間の設定、適切な適用範囲または適用除外の設定は必須である。また、限度時間の設定水準にもよるが、罰則付きの強行規定とするよりは、現行の労働安全衛生法でもすでに類似の定めがあるように、医師による診察、面談指導の実施などの方法によることが、健康管理という意味では目的にかなうだろう。