労働政策を考える(34)高年齢者雇用

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 昨年(2011年)末、労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会が「今後の高年齢者雇用対策について」をとりまとめました。本稿掲載時点では、すでに労働政策審議会から厚生労働大臣への建議も終わり、法律案要綱の作成・議論に入っているものと思われます。
 内容をみると「1 希望者全員の65歳までの雇用確保措置について」と「2 生涯現役社会の実現に向けた環境の整備」の2部に分かれていますが、後者については企業や労働者に対する行政の支援などがほとんどを占めており、主たる関心事項は前者にあったことが伺われます。
 背景にあるのは、当然ながら「現行の年金制度に基づき公的年金の支給開始年齢が65歳まで引き上げられ」ると、現行制度では「無年金・無収入となる者が生じ」るという問題意識であり、これに対して「雇用と年金が確実に接続するよう、65歳までは、特に定年制の対象となる者について、希望者全員が働くことができるようにするための措置が求められている」と結論づけています。 そこで具体策の検討に入りますが、まず定年年齢の延長については「現在60歳定年制は広く定着し機能しており、法律による定年年齢の引上げは企業の労務管理上、極めて大きな影響を及ぼすこと、60歳以降は働き方や暮らし方に対する労働者のニーズが多様であることなどを踏まえると、直ちに法定定年年齢を65歳に引き上げることは困難で」、「中長期的に検討していくべき課題である」と退けました(定年制の廃止については話も出なかったようで言及もまったくありません)。
 次に希望者全員の継続雇用制度について「現行制度では65歳までの希望者全員の雇用を確保することとなっていない」として、「現行の継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は廃止することが適当」としています。ただし、それでは希望しさえすれば全員か、というと必ずしもそうではなく、「就業規則における解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する者について継続雇用の対象外とすることもできるとすることが適当である(この場合、客観的合理性・社会的相当性が求められると考えられる)」とされています。これは要するに、継続雇用を拒むことに合理性・相当性がある場合には継続雇用することを要しないということでしょう。問題は、どのような事情において合理性・相当性が認められるのかという点ですが、わざわざ定年延長を排除したうえで基準制度の廃止が適当としている以上は、定年前における解雇に較べれば幅広く合理性・相当性が認められると考えるのが自然だと思われます。
 なおこれについては労使の合意にいたっておらず、使用者代表委員から「企業の現場で安定的に運用されている」などの理由で「基準制度を維持する必要がある」、「現行の基準制度の維持が困難な場合には新しい基準制度を認めるべき」という意見が出されたことが付記されています。「新しい基準制度」というのは、現行の労使協定による方法では労働者の過半数代表者の正統性に問題があるケースがあることが指摘されていることから、労働基準法38条4項の労使委員会の決議や、過半数労働組合との労働協約による方法が念頭におかれているものと思われます。実際、再雇用基準を健康管理や技能水準維持の目標として有効に活用している事例も多くあり、こうした企業においては、退職金の金額や企業年金制度、退職後の生活支援などを総合的に判断すれば基準制度を活用したほうが労使双方にとって有利になるケースも十分に考えられます。こうした場合においても、代表性や民主的統制に問題のない労働組合との労働協約による基準制度を排除することは、労働組合の結成と労使交渉・労働協約締結の促進によって労使関係の安定と労働者の地位・処遇の改善をはかってきたわが国の集団的労使関係法制の趣旨に逆行するものとなりかねません。このあたりは、今後の国会での審議で議論が深められることを期待したいと思います。
 もうひとつ重要なポイントとして、雇用確保先の拡大があります。現状では連結子会社における再雇用が運用上認められているにとどまりますが、これについて「継続雇用制度の基準を廃止する場合…同一の企業の中だけでの雇用の確保には限界があるため、?親会社、?子会社、?親会社の子会社(同一の親会社を持つ子会社間)、?関連会社など事業主としての責任を果たしていると言える範囲において、継続雇用における雇用確保先の対象拡大が必要である」としています。長らく審議中の労働者派遣法改正法案において、高年齢者はインハウス派遣規制の対象外となっていますので、インハウス派遣会社を設立し、そこで常用派遣として雇用して企業集団内のどこかで派遣就労する、といった取り組みが拡大していく可能性がありそうです。
 そのほか、「老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の段階的引き上げを勘案し…できる限り長期間にわたり現行の9条2項に基づく対象者基準を利用できる特例を認める」とあるのは、2004年改正時と同様に、年金支給開始年齢の引き上げとあわせて段階的に継続雇用措置義務の年齢を引き上げていくという意味だと思われます。また、「未だ雇用確保措置を実施していない企業が存在する」ことに関しては「確実に措置が実施されるよう、指導の徹底を図り、指導に従わない企業に対する企業名の公表等を行うことが適当である」とするにとどまり、連合などが求めてきた民事効については見送りとなっています。
 さてこのとりまとめの評価ですが、今回の議論は年金支給開始年齢引き上げのスケジュールありきで始められたため、多分に問題含みのものとなりました。
 第一に指摘できるのが、そもそも雇用失業情勢が非常に厳しく、かつ円高などもあって国内雇用の海外流出が強く懸念されているこのタイミングで労働規制を強化することが本当にいいのか、という問題です。現在並行して検討されている有期労働契約やパート労働法なども含めて、雇用への影響はもう一度慎重に検討されるべきと思います。また、とりわけ希望退職などの厳しい取り組みを余儀なくされている労使にとっては、60歳以上の人だけは希望すれば全員が雇用される制度の導入には抵抗感があるのではないでしょうか。
 次に、個別労使での取り組みがまだ不十分なことがあげられます。かつて週48時間制から40時間制に移行した際には、個別労使が時間をかけてそれぞれに所定労働時間短縮に取り組み、業種別に一定割合まで拡大した段階でそれを法律でルール化する、という方法が取られることで、比較的円滑な実現がはかられました。今回は希望者全員が65歳まで雇用される企業はまだ半数にも達しておらず、個別労使の取り組みの積み上げが不十分な中での議論でしたので、公益代表委員をはじめとする関係者の苦心にもかかわらず、十分な合意に至ることができませんでした。
 もうひとつ、「特に定年制の対象となる者」という限定がなされていて、有期契約労働者については「2 生涯現役社会の実現に向けた環境の整備」の中に「有期契約労働者を含め離職する労働者に対して、再就職しやすい環境整備が一層必要」と一言言及されているにとどまっていることがあげられます。もちろん、有期契約労働者を対象にしたところで60歳前での雇止めが頻発するに終わることは目に見えているわけですが、「60歳時点で雇用していた企業に65歳まで面倒を見させる」という限定的な発想での議論に終始している感は否めません。とりまとめは一応は「企業、労働者、行政など社会全体で取り組む必要がある」とうたってはいますが、本当にそうした観点から幅広く考えれば、基準制度の在り方などもふくめ、もっと実りある結論が得られたのではないかとの思いは禁じ得ません。
 いずれにしても、今後さらに審議会や国会での議論は続くわけですので、多くの人にとってよりよい制度となることを望みたいと思います。