バイトテロと損害賠償

 積み残しシリーズ第3弾です。この件についても意見照会を頂戴しましたので簡単に書きたいと思います。このところ電子版で気合の入っている読売新聞オンラインから。

 飲食店などのアルバイト従業員による不適切行為の動画がSNSに投稿され、騒ぎになるケースが相次いでいる。食品を取り扱う場での悪ふざけに対し、一部の企業は法的措置をとる動きを見せている。専門家は「悪質な場合は刑事責任を問われることもある。代償は大きい」と指摘している。
 回転ずしチェーンの「くら寿司」で、ゴミ箱に捨てた魚を再び、まな板に戻す様子を映した動画がツイッターで拡散したのは2月上旬。仲間内でSNSに投稿し、数時間後に削除した動画だったが、問題視した利用者がツイッターに転載したとみられる。
 運営する「くらコーポレーション」は今月4日、顧客からのメールで動画の存在を知り、社内調査に着手。すぐに動画が撮影された大阪府内の店舗と、動画を撮影したアルバイト2人が特定された。大きな騒ぎになることを想像していなかった2人は社内調査に対し、受け答えができないほど、憔悴していたという。
 同社は今月8日、2人を退職処分にした上で、偽計業務妨害容疑での刑事告訴や損害賠償請求の準備を進めていると公表。「全国で働く従業員の信用回復と、同様の事案への抑止力にする」と説明した。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190220-OYT1T50221/

 これに関してはウェブ上をざっと見てみたところ賃金が低すぎるからこういう不祥事が起きるのだ、それを棚に上げて損害賠償請求するなど弱いものいじめでけしからんといった言説があちこちで発せられていてまあねえと思ったわけですが、あれそういえば私以前この話書かなかったっけと思って探してみたところ5年以上前に書いていました。
アルバイトの悪ふざけ(2013年8月26日)
 ということで前段(低賃金)については現状でもここに記載したとおりでよろしいかと思います。シャピロ/スティグリッツの効率賃金仮説は私が学部生だった1980年代前半、ラジアーの保証金仮説はさらにその前だったはずで、今では学部の教科書にも載っていますね。なにやら最近の事例では「クビかくご」と宣言しているものもあるそうで、まあ失っても惜しくないような労働条件であればそういう輩が出てくるというのも想定すべきリスクでしょう。もちろん雇う側としてもそうしたリスクがなくなるまで時給を上げられるかといえばと当然ながら採算を考慮しなければならないわけで、その兼ね合いを考えながら処遇を決めることになります。どうしてもリスクが残る中ではなんらかの対応が必要になるわけで、それが後段(損害賠償請求けしからん)の話につながってくるわけですね。
 ここについては5年前にはあまり書いていないので少し敷衍したいと思いますが、使用者が労働者の故意や過失によって自ら直接損害を受け、あるいは第三者への損害賠償責任を負った場合には、労働者に対して損害賠償請求を行うことは当然できます。その一方、使用者は労働者を雇用して事業を営み、これに指揮命令しあるいは管理監督しているわけですから、就業中の過失などによる損害については使用者もそのリスクを応分に負うべきだともされています。したがって、軽度の過失であれば損害賠償を認めないのがまあ一般的であり、故意や重過失がある場合でもケースバイケースで減額されるのが普通です。業界で有名な茨石事件という最高裁判決があるのですが、これは労働者が運転業務中に交通事故を起こしたことで社有車と事故相手の車両との修理代が損害として発生したという事件で、労働者の損害賠償額は全損害額の1/4とされています(別の事件ですが地裁レベルでは悪質な故意を認めて全額の賠償を命じたケースもあります)。
 そこでこの最高裁判決ですが「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。」と判示していて、しっかり労働条件が考慮要素として挙げられています。常識的に考えて労働条件が高くなければ損害賠償も多くは求められないというのは大方の同意を得られるでしょう。ちなみにこの間にはバイトテロで閉店の余儀なしとなった事業主がアルバイトに損害賠償を求めた事件も実際に起こっており、200万円(4人)で和解しています。主犯格は100万円を超えていたはずで、まあこれがどの程度の打撃かは家庭環境に大きく依存するでしょうが、それなりに抑止力にはなるとしても5年前のエントリのとおり「「人生を壊してしまう」ほどの打撃を与えうるかというと、かなり疑問」ということではないでしょうか。
 ちなみに刑事については、偽計業務妨害や威力業務妨害は微妙としても軽犯罪法の「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を使う手もあり、告訴することは可能でしょう。ただまあ偽計業務妨害だとしても、熊本地震の際にツイッターで動物園のライオンが逃げたというデマを流したという悪質な事例でも起訴猶予で終わっており、こちらはそれに較べれば故意ではあるものの軽率な悪ふざけであり、仲間内で眺めて喜んだら削除したり、そもそも24時間で消去されるインスタストーリーを利用したりしていて加害の意図もさほど強くないということになれば、警察でみっちりと油をしぼられしっかりとお灸を据えられるでしょうが、送検され起訴にいたることは考えにくいでしょう。まあ再発防止策としての効果はあるでしょうが。
 このあたり、何年も前からの話ですし、各社ともアルバイトの採用時の研修でこうした不始末を起こさないよう注意し、起こした場合には刑事罰に問われたり損害賠償責任を負ったりする可能性があると警告もしているでしょうから、いざ現実に起こされてしまったら、弱い者いじめと叩かれるレピュテーションリスクはあるとしても何もなしではすませられませんという事情もありそうな気がします。いやまったくの推測ですが。
 むしろキツそうなのは社会的制裁であり、上記のように短時間の掲載であっても即座にウェブ上で広まり、当事者の氏名や個人情報が特定されて拡散されるという状況なわけで、このあたりは5年前と較べてもいっそう強烈になっているのではないでしょうか。となると先々もついて回る話でありどんな不利益を受けるかもわからず、かなり厳しい制裁と言えそうに思えます。逆にいえばそうした社会的制裁を受けていることで民事や刑事の責任は軽減されそうなわけですが。
 なお以下の件についても意見照会をいただいているのですが、独立のエントリを立てるのもどうかという感じなので、アルバイトの時給とか損害賠償がとかいう点で関連しているということでここでついでに書きます。こちらは電子版で先行した日経オンラインから。

…セブン―イレブン東大阪上小阪店のオーナー、松本実敏さん(57)は1日、24時間営業を午前6時から翌午前1時までの営業に短縮した。松本さんは21日、日本経済新聞などの取材に応じ、営業短縮に関して「本部から違約金は1700万円と言われた」と話した。
 同店では2018年6月から2月までの間に、13人の従業員が辞めたという。松本さんは「1人で28時間働いたこともあった。24時間営業が基本というが(人手不足の)現状を見てほしい」と述べた。
 対する本部側はオーナーとの話し合いの中で、契約に違反した状態が続くと契約解除の理由になり得るといった点のほか、違約金が発生する可能性について説明したという。ただ実際に契約解除の通告や違約金の請求はしていないとしている。…
 セブンイレブンではこれまでもオーナーとの話し合いで一時的に24時間営業をやめる事例はあったという。今回は両者の事前の合意が十分にされない状態で営業時間が短縮されたようだ。
 松本さんは21日、本部側から改めて支援の申し入れがあったと明らかにしたが「対応に不信感がある」として「24時間営業の契約を見直さないならば話し合いには応じない」と述べた。今回セブンイレブンの店舗で起きた摩擦が、コンビニの深夜営業を巡る議論に発展する可能性もある。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41571240R20C19A2TJ3000/

 記事中「セブン―イレブン」と「セブンイレブン」が混在しているのですがそれはそれとして、正直事実関係が明らかでない(オーナーと本部で主張に隔たりがあるようですし)のでコメントしにくいのですが、とりあえずセブンイレブンは24時間営業を保証して高価格を維持するビジネスモデルなので、それを一時的にやめるにしても商圏の顧客に十分な周知期間を取るなど「開いてると信じていたのに閉まっていた!」ということにならないようにしたいというのは理解できる話で、したがって本部に相談せずに黙って24時間営業をやめてもらっては困るというのはうなずけます。
 とはいえ、いかにフランチャイズ契約は雇用契約とは違うと言っても本部とオーナーの間には経営方針の指示とか店舗運営の指導とか支援とかいう話はあるでしょうし力関係というものもあるのでやはりオーナーにあまり重い責任を負わせることは適当ではないでしょう。違約金1,700万円というのはいかにも高額でどこからそういう数字が出てくるのかと思いますが、このあたりは言った言わないの話らしいのでよくわかりません。
 ただまあちょっとどうなんだろうと思って調べてみたところこの店舗の近辺、徒歩10分圏内くらいにはセブンイレブン以外も含めて6~7軒のコンビニエンスストアがあるようで、それらの求人広告サイトを見てもこの店舗のものとほとんど違いはありませんが、この店舗以外は24時間営業を維持できるアルバイトを確保できているようです。どうも配偶者の方が亡くなられて確実に計算できる人手が一人減ったという同情すべき事情はあるらしいのですが、それにしても近隣の同業が人手を確保している中で「2018年6月から2月までの間に、13人の従業員が辞めた」ということだと、この店舗に特有の事情があるのではないかと考えるのが妥当なような気はします。
 ということで、このブログでも過去営業時間の短縮や深夜価格の導入などで人手不足対策や生産性向上を図る余地はあるのではないかと書いたことがありますが(たとえばこのあたりhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20150127/p1)、この件はこの店舗の個別問題であって一般論として「コンビニの深夜営業を巡る議論に発展する」というほどの話でもなかろうという感想です。