高橋伸夫『経営学で考える』

高橋伸夫先生から、最近著『経営学で考える』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

経営学で考える

経営学で考える

「オビ」に付された「通説を知り、通説を超える思考へ」「東京大学の講義をもとに、著者のテイストが光る議論を凝縮したテキスト」「現実の企業生活を生き抜くための思考力を身につけられる、社会人にもお薦めの経営学」という惹句がいちいちもっともで、有斐閣GJ。
いきなり、最初の「つかみ」が日亜化学の特許紛争というのが意表をつかれるわけですが*1、なるほど、まだ多くの人の記憶に新しいこの事件を題材考えることで、経営学がどういう学問なのか、そのメリットがすんなりとわかるように書かれています。
続く2章から6章まではそれぞれ「〜の理由」と題され、その名のとおり「なぜ?」という知的好奇心を刺激する議論が展開されます。ベーシックな経営学の理論・学説をひもとき、豊富なデータと事例で裏付けながら、『ぬるま湯的経営の研究』『できる社員は「やり過ごす」』などの著書で示された著者のまさに「テイスト」、オリジナリティあふれる議論や、近年の『ダメになる会社』『組織力』などで示された知見などもふんだんに織り込まれています。
そして最終章の「社会人のためのエピローグ」では、著者の最も有名な著書である『虚妄の成果主義』でも繰り返し強調されていた「仕事の報酬は次の仕事」を軸として、日本企業における人事管理とキャリア形成の実情が描かれる。
東京大学の講義をもとに」ということで、通読すれば経営学の基本的な理論に加えて、経営学的なモノの考え方とその現実への応用が呑み込めるように書かれており、学部の経営学のテキストとしてたいへん好適なもののように思います。というか、このテキストで高橋先生の講義を聴ける学生さんは本当に幸せだとしみじみと思うというのが率直なところです。もちろん学生さんに限った話ではなく、それは多くのビジネスマンにとっても有意義なものでしょう。テキストなので時折数式なども出てはきますが、それほど難渋するものでもなく、むしろ事例が豊富なので忙しいビジネスマンにも読みやすい本ですし、多くのヒントが詰まった本といえそうです。
私が強く感じたのは、いつもながら「現実はこうなんだ」という事実をしっかりと踏まえていて、非常に地に足のついた議論だということです。それが説得力の源泉になっているわけですが、いっぽうであれこれ現実離れをした議論をしたい人や、現実が嫌いでとにかく現実を変更したい人には受けが悪かろうという印象はありますが、しかし現実離れした議論(それはそれで非常に真摯なものでありその努力を否定するつもりはありませんが)に浮かれてしまった結果があの成果主義騒ぎだったという結果論もあるわけです。
というわけでこのところ「経済学で考える」式の本がいくつか出ていて中には非常に勉強になるものもあるわけですが、「経営学で考える」ことにも同じくらいのメリットがあるということを思い出させてくれる本でした。私が推薦したからどうだというわけでもないでしょうが(笑)、自身をもっておすすめできる一冊です。

*1:現実には著者はこの訴訟で高裁に意見書を提出しており、2005年の『<育てる経営>の戦略』(講談社選書メチエ)でお読みになれます。