労働者(2)

「キャリアデザインマガジン」第103号に掲載したエッセイを転載します。


 プロ野球選手は労働者なのだろうか。プロ野球選手の統一契約書をみると、第2条に「選手がプロフェッショナル野球選手として特殊技能による稼働を球団のために行なうことを、本契約の目的として球団は契約を申し込み、選手はこの申し込みを承諾する」とあり、いわゆる年俸については「参稼報酬」という語が用いられている。一貫して「労働」や「賃金」といった語は慎重に避けられており、これは労働契約ではないという意思が感じられる。
 実際、プロ野球選手には数億円の年俸を稼得する例もあるし、テレビ番組やコマーシャルに出演することもできるが、ボールとユニフォームを除く用具はすべて自己負担であり、たしかに一般的な労働者のイメージとはかなり異なっている。1997年には多数のプロ野球選手が脱税に関与したことが発覚したが、これはすなわちプロ野球選手が税法上は個人事業主として扱われているということでもある。
 いっぽう、2004年にいわゆる球界再編をめぐって日本プロ野球選手会ストライキを実施したことも、まだ多くの人の記憶に残っているだろう。ストを打つ以上はプロ野球選手も労働者であるに違いなく、事実日本プロ野球選手会は1985年に東京都労働委員会の資格審査を受け、労働組合法上のいくつかの権利を行使しうる労働組合であると認められている。この際にも、オーナーサイドの一部はこのストライキを「億万長者のスト」などと批判し、日本プロ野球選手会が申し入れた団体交渉に対しても消極的な態度をとったが、これに対し日本プロ野球選手会は自らが労働組合として団体交渉を求めうる立場にあるとして東京地裁・東京高裁に申立てを行い、裁判所も選手会を支持しました。
 これは、前回書いたように、労働基準法上の労働者と労働組合法上の労働者とが異なる概念であることによる。プロ野球選手には残業はつかないし、試合中に負傷しても労働災害となることはない(統一契約書で治療費は球団が負担するとされている)。これは、プロ野球選手は労働基準法上の労働者ではないということだ。それに対し、日本プロ野球選手会が団体交渉やストライキを行っているということは、プロ野球選手が労働組合法上の労働者ではあるということになる。
 実は、労働組合である日本プロ野球選手会と、社団法人である日本プロ野球選手会とは、事実上は一体ではあるものの、建前上は二つの異なる法人とされている。前者は労働者としてのプロ野球選手の団体、後者は個人事業主としてのプロ野球選手団体ということだろう。役員も別々で、「選手会長」といえば大抵の場合は労働組合日本プロ野球選手会新井貴浩会長(阪神タイガース)を指すわけだが、社団法人日本プロ野球選手会のトップは井端弘和理事長(中日ドラゴンズ)である。労働基準法労働組合法の労働者の定義の違いが、こんな形で現れているわけだ。