働き方Next(7)

1月8日付の記事です。メインのお題は「すきまワーカー150万人――主婦・シニアを切り札に。」これはなにかと問題含みです。まず引用します。

 ブログの開設からデータ入力、ブランドのロゴ作成。スマートフォンスマホ)の画面をのぞくと、「求人中」の仕事がずらりと並んでいた。
…「今日はこの仕事に決めた」。大塚が選んだ仕事はデータ入力作業。インターネットを使って企業の資本金などを調べて打ちこむ。約2000社分のデータを4日以内に入力すれば、6500円の報酬を受け取れる。
…ネットを駆使し、空いた時間に自由に働く「すきまワーカー」。その数は仲介業界の推計で約150万人に達し、…働き手の主役は専業主婦やシニアたちだ。
平成27年1月8日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

記事によると千葉市の人とのことですので、地域別最賃は1時間798円ということになります。報酬が6,500円ということは、最賃の8時間分強ですね。それで2,000件のデータ入力ということは、1件あたり14.7秒という計算になります。もっぱらテンキーだけを使う伝票算みたいな入力作業なら15秒弱でそれなりのデータが入力できるかもしれませんが(それでも50バイトも入力できればかなり速いのではないかと思いますが)、記事によれば「インターネットを使って企業の資本金などを調べて」入力するということであり、仮に企業名はデータセットに入力済だとしても、資本金とさらに最低もう一項目(ないと「など」にならない)、おそらくは数項目を入力するわけですね。ということで企業情報検索サイトに社名を入力→資本金ほか必要なデータを表示→それを入力→誤りがないか目視で確認、ということだとまあ安く見積もって1件30秒はかかるでしょう。となると2,000件を1,000分で6,500円、時給390円という計算になりました。ブラックですね。いやもちろん請負などの形態で最賃の問題はないようにしているのでしょうし、自宅で・半端な空き時間を利用して・データ検索と入力というきれいな仕事なので、本人も納得ずくなら文句を言う筋合いではないかもしれません。ただまあ1,000分というと16時間40分であって4日間でやるにしても日当たり最低4時間以上ということなのでどこが「すきま」だという話であり、もはや何かの間違いじゃないかというレベルです。それでも配偶者に十分な稼得のある専業主婦相手ならまだしも、相手次第では新手の貧困ビジネスじゃないのとか思わなくもなく。影響力の大きい全国紙がこれを格好いいもの・先進的なものとして持ち上げるのは問題含みのように思います。
さて続きを読みますと、

…主婦や高齢者など非労働力人口は約4500万人。すきま時間を使って彼らが働けば、人手不足時代に貴重な戦力に変わる。それを「昔の『主婦の内職』と同じ」ととらえるのは早計だ。すきまワーカーの働き方は、普通の会社員の人生も変えうるからだ。
 「会社は頼れないが、いきなり独立するのもリスクが高い。まず自分の時間を使って試したい」
 生活雑貨通販のエンファクトリー(東京・渋谷)に勤める山崎俊彦(32)は、平日の昼間は会社で働き、帰宅後や週末は愛犬グッズの販売サイトの経営者に変わる。
…山崎には勤め先の倒産で失業した経験もあり、収入源を2つ持つ働き方を選んだ。…副業を認める社長…は「成長して独立してもいい。…」と語る。
 「社員と会社は一心同体」「人材は自前主義で」という発想はもはや幻想に近い。…大企業でも新規事業の実行チームをつくるとき、人材選びは社内にこだわっていない…そこに、すきまワーカーが増えていく余地があるが、現実はそう甘くはない。

まあ正社員であっても空き時間にスマホで半端仕事を見つけてそれをやるなら「すきまワーカー」かもしれません。ただまあそこからネットビジネスを立ち上げるまでは相当の距離があるように思われ、それを例に「普通の会社員の人生も変えうる」と言われても本当かなあという感じです。
なおこの社長さんはたいした疑問もなく副業を容認しているようですがいい度胸だなと思わなくもありません。まああれかな、この事例の場合は通販サイトの経営なので問題は少ないということで容認しているのかな。ちなみに多くの企業が慎重にも社員の副業を制限しているのはおよそ「社員と会社は一心同体」とかいった理由ではなく、一つは社員の健康管理、安全配慮上の理由です。たとえば兼業先で徹夜で働いた後に出社してきた人が疲労でふらついて機械に巻き込まれたりしたら、という心配ですね。もうひとつはこのブログでも何度か書いているように労働基準法の労働時間通算原則で、兼業先で8時間働いた後に出社してきた人にはいきなり割増賃金を支払わなければならない上に36協定の上限時間にも簡単にひっかかるだろうという話です。
ということなので副業を認める例が出てきたことから「社員と会社は一心同体」「人材は自前主義で」という発想はもはや幻想」という話に展開するのはすでに理屈が破綻しているわけですが、「「人材は自前主義で」という発想はもはや幻想」」という話は単独ではそうなんだろうなとは思います。ただそこから「大企業でも新規事業の実行チームをつくるとき、人材選びは社内にこだわっていない…そこに、すきまワーカーが増えていく余地がある」と展開していくという飛躍ぶりには到底ついていけません。いや大企業が新規事業の実行チームをつくるときに社外人材を加えるなんてのは昔からふつうの話であり、総合商社とか大手広告代理店とかはそれをご商売のひとつにしているわけです。それはおよそ「すきま」でやれるような質・量・密度の仕事ではなく、あるいはそれに携わる人がその「すきま」で他のことを大々的にやれるような仕事でもないでしょう。
いやまあだから「現実はそう甘くはない」ということなのかと思ったら、こう続いていくのですからもはや茫然とするよりありません。

 時給にして60円。こんな苦い体験を四国在住の専業主婦、武田早苗(47)は告白する。ウェブ制作を請け負っているが、「最初は仕事に慣れていなかったせいか、30分かけて仕上げても代金は30円にしかならなかった」。当初の期待が吹き飛んだからこそ、武田は「高い報酬をもらえるだけの実力をつけたい」と話す。

え?と思って読み返してみましたが、30分かけて仕上がって代金30円のウェブ制作ってどんな仕事なのさ。代金30円を手数料216円払って銀行振り込みしたのかね。どういう取材をしているのか知りませんがちゃんと書いてほしいなあ。
でまあ前の話との脈絡もつながりもわかりにくいわけですが、まあれかなあ、代金が安いことも多いってことはわかってますよという言い訳をしたかったのかなあ。それで最後の決め台詞がこれなのですが、

 契約社員やパートなど非正規労働者数(推計)は初めて2千万人を突破した。すきまワーカーは非正規労働の究極形にすぎないのか。自由な働き方なのか。会社に頼らない働き手たちの心がまえが試される。

いや非正規労働の究極形だからこそきわめて自由な働き方たりうるんだろう。要は「会社に頼らない」を主張したいんでしょうがしかしこんな調子で「心がまえが試され」てもなあ。この記事は大いに失敗しているように思います。