働きかたNext(8)

続いて1月10日の記事です。メインのお題は「求ム「ホワイト企業」――使い捨てれば若者離れる。」となっています。求むを求ムと書くのは時々みかけますが一種の流行りみたいなもんなんでしょうか。さて。

…従業員の大量退職で昨年2月以降、100店以上で一時休業や営業短縮に追い込まれたすき家。運営するゼンショーホールディングスはバイトの時給を上げ、深夜の1人勤務を廃止した。だがインターネット上で「ブラック企業」のレッテルを貼られた同社から、働き手は一気に遠のいた。
 長時間労働の常態化、残業代未払い、パワハラの横行。使い捨てるように過酷労働を強いる企業に「ノー」を突き付ける若者が増えている。
…人口減で人手不足が強まれば働き手が会社の色を塗り分ける構図は強まる。
…企業は「黒」に色分けされることを避けようと必死だ。厚生労働省が13年度に始めた「若者応援企業」の認定事業。…「ホワイト企業」の看板で若者を採用しようと認定を得た事業所はすでに7千を超えた。
 若者が敏感になったのは売り手優位の雇用情勢だけが理由ではない。戦後日本で続いてきた「暗黙の雇用契約」が崩れてきたことも背景にある。
 「長時間労働や転勤を受け入れる代わりに、安定雇用を享受する日本の正社員モデルは幻想になりつつある」。神戸大大学院教授の大内伸哉(51)は指摘する。終身雇用と年功序列が怪しくなり、「サービス残業は割に合わない」と感じる若者が増えてきたのだ。
…「安定」の代わりに若者に何を与えられるのか。日本企業は問いかけられている。
平成27年1月9日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

どうなんでしょうかね。若者が特段鈍感だったとか敏感になったとかいう話ではなくて、不況で就職先がない時期には「ブラックかもしれないけど仕方がない」だったのが、人手不足になったことで「ブラックだからいやだ」になったということではないかと思うのですが。こうした直近の変化を「日本の正社員モデルは幻想になりつつある」という中長期的な動きと結び付けるのは難しいのではないかと思います。
「日本の正社員モデルは幻想になりつつある」というのも、大内先生がどういう文脈でおっしゃられたのかわかりませんが、ゼロになるという意味ではないでしょう。まあ確かに製造業の海外移転などもあって典型的な正社員モデルの人は減っているだろうと思いますが(そもそもそれほど多数派だったのか、実は少数派ではなかったのかという議論も別途ある)、今後もそれなりの割合で存続していくと思われます。実際問題、そのように長期的に雇用していく良好な人材がほしいから各社「ホワイト企業」認定に血道を上げているのではないかと思料するところ。
でまあ若者の意識にしても、諸調査結果によればむしろ若者の安定志向は高まっているのが実態と言われているわけなので、この議論も破綻しているよなあと思わなくもありません。本当に「終身雇用と年功序列が怪しくな」っているのだとしたら、その価値が上がることはむしろ自然ではないかと。
結局のところ安定的な「正社員モデル」が一切提供できなくなるなどということは安定的に継続している企業であれば考えにくいわけで、欲しい人材が安定を求めているのであれば安定を提供するしかないでしょうし、安定なんか要らないからカネが欲しいという人が必要であればそういう処遇を提示するということになるのだろうと思います。その企業で働いたことで転職市場で高い値段がつくのであれば、箔を付けるために低賃金・不安定雇用で働こうという若者もいるでしょうし。
さて同じ日の他の面にある「「ブラック」生む価格頼みの競争―高付加価値モデル課題」という関連記事もご紹介したいと思います。

 「ブラック企業」と批判される企業が生まれる背景の一つに過度な安売り競争がある。参入障壁が低く競合が次々と現れる飲食や小売りなどの業界は構造的に価格競争に陥りやすい。人件費も圧迫されるので一般に労働時間が長く、雇用も給料が安い非正規労働者が多い。
 長く続いたデフレを外食などは低コスト、低価格の戦略で生き抜いてきた。労働問題に詳しい東京駿河台法律事務所の玉木一成弁護士は「消費者でもある若者の収入が減り、結果的に企業は自分の首を絞めた」と指摘する。
 対照的に労働時間や給料が安定しているのは電気、ガスといった規制業種や製造業だ。ただ製造業の就業者は工場の海外移転などで年々減少。日本の雇用構造の中心は非正規が主体のサービス業にシフトしてきている。そして、そのサービス業の生産性の低さが、厳しい労働環境を生む要因の一つになっている。
…それでも、仕事のスキルを高める20歳代に心身をすり減らしてつまずく若者が増えれば、日本は将来にわたる貴重な労働力を失ってしまう。サービス業が安売り依存から脱する付加価値の高いモデルを創ることができるかどうかが今後の若者の働き方に大きく響く。

ここに限らず随所で日本のサービス業の生産性が低いと指摘されるわけですが、従業員の賃金を上げ、サービスの価格も上げて、それで同じようにサービスが売れればサービス業の生産性も上がるわけです。そこで、サービスは一般的に価格弾力性が低いとされているわけですので、サービスの買い手の購買力が確保されればサービスの価格上昇は受け入れられやすいと考えていいのではないでしょうか。サービス業内部での賃上げ→値上げの自己循環では限界がありそうなので、サービス業以外の産業で購買力を高めることが重要なように思われます。ところが、現実には生産性が高いとされている製造業の海外移転を放置してきたわけであり、ここに大きな問題があったのではないでしょうか(ということだとすれば、そもそも購買力が小さいサービス業従事の若者の賃金が抑制されたことをもって「「消費者でもある若者の収入が減り、結果的に企業は自分の首を絞めた」と指摘する」のはかなりトンチンカンだということになりそうです)。
そう考えると、アベノミクスで製造業の業績が好転しているのはいい兆候で、まあ雇用が戻るのはそれほど期待できないかもしれませんが、製造業で賃上げが実現して購買力が上がれば、サービス業も同様に賃上げして価格転嫁するという動きがとりやすくなるのではないでしょうか。もちろん、それに加えてより魅力的な商品を開発、提供するなどの経営努力が加われば、生産性も向上していくのではないかと思います。