マージン規制ふたたび

このところの雇用情勢悪化の中で、派遣労働は目の仇にされているかの感があります。現在国会審議中の派遣法改正法案の議論の中でも出てきた「マージン規制」が、またぞろ取り沙汰されているという報道がありました。

 自民、公明両党は急激な景気悪化で雇用契約の打ち切り増加が問題になっている派遣社員の救済策を検討する。派遣会社が派遣先の企業から得る仲介料に上限を設けることで、派遣社員の報酬引き上げにつなげる案などが浮上している。
 与党の新雇用対策プロジェクトチーム(川崎二郎座長)で月内に検討を始め、労働者派遣法改正案など関連法案の通常国会提出を目指す。
 同チームは派遣会社の仲介料が派遣社員の報酬全体の約三割に及ぶと分析。仲介料に上限を設ければ、派遣社員の報酬に回る分が増えるとみている。派遣先の企業の一人当たりの労務コストが減り、雇用増につながることも期待している。
 このほか契約を打ち切られた派遣社員について、派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべきだとの意見や、企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべきだとの声もある。ただ派遣業界の反発は必至で、やみくもな規制強化は結果的に雇用情勢の悪化につながるとの見方も強い。与党は企業側からも意見聴取するなどして、慎重に具体案を詰める考えだ。
 政府・与党が打ち出した雇用対策は失業後の対応が中心で、長期的な派遣社員の待遇改善や派遣契約の打ち切りの防止になっていないとの指摘があった。民主党が昨年の臨時国会に雇用関連法案を提出し、雇用重視の姿勢を打ち出しているため、与党内でも非正規労働者の待遇改善に結びつく制度改正をすべきだとの意見が強まっている。
(平成21年1月4日付日本経済新聞朝刊から)

「同チームは派遣会社の仲介料が派遣社員の報酬全体の約三割に及ぶと分析。仲介料に上限を設ければ、派遣社員の報酬に回る分が増えるとみている。派遣先の企業の一人当たりの労務コストが減り、雇用増につながることも期待している。」ですか…。ちょっと不自然な感じがしますが記事の文面どおりに考えると、現状では派遣先は派遣元に月26万円の派遣料金を払い、うち(平均で)3割、6万円が派遣元が得る仲介料、20万円が派遣社員の報酬、となっているので、ここでたとえば仲介料の上限を派遣社員の報酬の25%、と規制しよう、ということでしょう。
そのときに考えられる状況として、まずは与党チームが想定している(のだろうと思うのですが)ように派遣元に過度の中間マージンがあるとして、派遣先の支払う派遣料金が26万円で変わらなければ、派遣元の仲介料が約5万円に減り、派遣社員の報酬は約21万円に増えるという形で分配が変わるだろう、というものがあります。しかし、派遣会社の間に競争がある状況だと、仲介料が5万円に減るのは甘んじて受け入れ、派遣社員の報酬を20万円に据え置いて、派遣料金を25万円に下げるという派遣元がおそらくは現れるでしょう。これは当然派遣会社の減収につながりますが、もしそうした派遣元が増えてくると、派遣料金が下がったことで単に派遣先のメリットが増えるにとどまるだけでなく、派遣を利用する企業が増えて派遣労働が増加する可能性もありそうです。
もうひとつ考えられるのは、与党チームの想定とは異なって派遣元に過剰マージン?はなく、仲介料は固定費で減らすことができない場合です。この場合は、6万円が派遣労働者の報酬の25%に収まるよう、派遣労働者の報酬を24万円に引き上げなければならず、より大幅な報酬増となる可能性があります。報酬増分は当然派遣料金に上積みされますから、料金は30万円に上がることになります。価格が上がりますので当然派遣先は利用を減らし、その分は正社員の残業を増やすか、あるいはパートタイマーなど非正規雇用の直接雇用を増やすなど、コストとフレキシビリティをなるべく損なわないように対応するでしょう。この場合にもたらされるのは、派遣会社の減収、派遣先のコストアップ、および継続して就労できた一部派遣社員の増収とそれまで派遣で働いていた人の失業ということになります。なんのことはない、派遣社員の格差拡大です。
もちろん、現実には3割といってもそれは平均に過ぎませんし、過剰マージン?の多い企業もない企業もあるでしょう。こうした多様な実態の中に仲介料の上限規制を導入すれば、とりあえず派遣社員の報酬に対して高率の仲介料を必要とする生産性の低い?派遣会社が淘汰され、マッチングの効率が高まることで、ひいては派遣社員の処遇の向上も期待できる…かもしれません。
しかし、いっぽうで数多い派遣会社の中には、設計技術者派遣やIT技術者派遣などに多く見られると思うのですが、派遣労働者のキャリア形成に配慮し、人材育成を重視して、よりクオリティの高い人材を派遣することで高額の仲介料を得るというビジネスモデルを推進しているところもあります。こうした派遣会社においては、派遣社員の報酬ももちろん高いでしょうし、それ以上に派遣会社の仲介料も高いでしょう。仲介料はキャリア形成、人材育成の原資ともなるわけですから、これは当然のことです。もしここで仲介料の上限規制を導入したら、こうした派遣会社の人材育成意欲は大幅にそがれることは容易に想像できます。キャリア形成に派遣会社の協力が得られないとしたら、派遣社員の能力向上は阻害され、それは処遇の伸びの鈍化に直結するでしょう。
こうして考えると、与党チームの意図にかかわらず、仲介料の上限規制が派遣社員の報酬の向上につながる効果はあまり期待できないように思われます。
なお、ほかにも「契約を打ち切られた派遣社員について、派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべきだとの意見や、企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべきだとの声もある」ということのようですが、現在でも派遣先が中途解約をする際には、派遣先が関連会社などでの派遣就労継続に努力すべきであることが指針で定められています。派遣会社についていえば、大方の場合はもともとの派遣契約の期間は派遣労働者と派遣会社との間の雇用関係は継続しているわけなので、これを打ち切ることは派遣会社による「解雇」であり、やむを得ない理由がなければ許されないことは当然です。残り期間も休業手当を払えばそれでいいというわけではなく、就業の安定の観点から、別途新たな派遣先の確保を図ることが派遣元に対しても求められており、契約解除の際に派遣先・派遣元がどのような措置をとるかについては、派遣労働開始時に就労条件明示書に記載されて派遣労働者に示されることとなっています(まあ、きちんとやっていれば、の話ですが…)。「派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべき」というのは、この指針を一部法律に格上げして義務づけようというころでしょうか。まあ、本来指針にそってきちんと取り組まれるべきものなのですから、派遣業界としても受け入れられないとは言いにくいところかもしれません。「企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべき」というのも、途中解除についてであればすでに「やむを得ない理由」が必要なわけなので、それ以上に引き上げるとなると、たとえば金銭解決のようなことを考えているのでしょうか?まあ、それはそれでありえないことではない、というか、派遣元と派遣先の間では、途中解除にともなう損失をどう負担するのか、といった金銭的な調整は当然ありうることでしょう。派遣先が派遣元の頭越しに直接派遣社員になにか金銭給付をするというのは変な感じはしますが…。