「賃金事情」2609号(2011年6月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2011_06_05_H1_P3.pdf
この2月から、厚生労働省の「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」がスタートしました。2007年、「通常の労働者との均衡の取れた待遇の確保」「通常の労働者への転換の推進」「パートタイム労働者の納得性の向上」などを中心としたパート労働法の大規模な改正が行われましたが、その際に附則で「施行後三年を経過じた場合において、この法律の規定の施行の状況を勘案し、必要があると認めるときは、この法律の規定について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」とされていました。この4月、2008年4月の改正法施行から3年を経過することから研究会を設置して検討することとなり、夏頃を目途に報告書をとりまとめる予定となっています。
4月15日に開催された第4回研究会に提出された「研究会で議論していただく論点(案)」という資料にはさまざまなポイントが記載されていますが、ここでは主だった論点をいくつか取り上げて紹介したいと思います。
まず目に付くのが「差別的取扱いの禁止」です。現行パート労働法では、第8条で「業務の内容及び責任が同じ」「人材活用の仕組みや運用等が同じ」「無期契約(反復更新により実質的に無期と同視できる契約を含む)」の3つの要件を満たす短時間労働者を「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」として差別的取扱いを禁止するとともに、第9条では第8条に該当しない短時間労働者についてはその賃金を通常の労働者との均衡を考慮しつつ決定することを努力義務としています。これは国際的にはむしろ異例な法制度ですが、いわゆる正社員が長期の雇用を前提に幹部や高度な熟練工・専門職などとして育成されるという「人材活用の仕組みや運用等」になっていて、賃金なども長期勤続奨励的になっているのに対し、パートタイム労働者は長期の雇用や育成があまり重視されず、賃金も外部労働市場の需給関係で職務給的に決まることが多いというわが国の労働市場・雇用慣行の特徴に適合したものとして、前回法改正の際にさかんな議論の末に結論に達したものです。
これに対しては、第8条の3つの要件が厳格すぎるといった意見や、企業がその雇用するパートタイム労働者が第8条の対象に該当しないことを明確化するためにパートタイム労働者といわゆる正社員との職域・職務の分離を進めた結果、かえってパートタイム労働者の処遇改善の機会が失われているおそれがあるとの指摘があります。第8条の対象者は、大雑把に言えば所定労働時間の長さ以外は通常の労働者となんら違わない、仕事はもちろんのこと例えば残業や休日出勤の有無、転勤や海外駐在などの有無、職種変更や昇進昇格の可能性などもすべて同じということになります。これは実務的には一部の育児時間制度利用者などしか想定できず、ごく少数にとどまるであろうこと、そして育児時間制度利用者については大半の企業が所定労働時間の時間比例で賃金を設定していると考えられることから、これに関しては法改正の実務上の影響はあまりないだろうとの指摘は前回の法改正当初からありました。実際、労働政策研究・研修機構が2010年に実施した「短時間労働者実態調査」によれば、パートタイム労働者全体の0.1%しかこれに該当しないとの結果が出ています。
こうした状況を踏まえて、EU諸国等にみられるように短時間労働者であることを理由とした合理的理由のない差別的ないし不利益取扱いを包括的に禁止し、人材活用の仕組みや運用等が異なる場合には合理的理由があるという法制度に変更することや、そこまでは踏み込まないまでも、有期労働契約に関する議論を踏まえて無期・実質無期の要件を外すことなどが提起されています。
たしかにこれは少数ですが、しかし対象者が少ないから要件が厳格すぎる、緩和すべきだとの結論にはただちにならないはずで、残業・休日出勤の有無など、さまざまな人材活用の仕組みや運用等が異なる場合に、それを理由に賃金も異なることをよしとするのかどうかの議論が必要でしょう。よしとするのであれば、あとは第9条が定めるように人材活用の仕組みや運用等の違いと賃金の違いとのバランス、「均衡」の考慮に努力すべきだと考えるのが正論ではないでしょうか。
このとき「「どの程度職務が異なる場合に、どの程度賃金水準を異ならせてよいか」を測る判断基準(ものさし)について、どのように考えるべきか」という論点も示されていますが、賃金に関しては水準についても格差についても労使間、あるいは働く人それぞれの間でも多様な見解・評価がありうるものであり、すべての人が100%納得することは現実には不可能でしょうから、「均衡」についてもある程度幅広く考える必要があるものと思われます。パートタイム労働者の賃金がもっぱら需給を反映した市場価格として決まり、いわゆる正社員の賃金が団体交渉や労使協議、あるいは少なくとも過半数労働者の意見を聞いた上で合理的に決まっているときにはそれを基本的には「均衡」と考えてよいのではないでしょうか。研究会の資料では現状では均衡考慮が努力義務になっているところ、実効性を高めるために義務化すべきとの論点も示されていますが、「均衡」がこのような幅のある概念であることを考えれば、これを義務とまですることには無理があるように思われます。
現行規定がパートタイム労働者の職務・職域の分離を招いているから、パートタイム労働者に対する合理的な理由のない差別を包括的に禁止する規定に変更すべきだという意見には一理ありそうです。とはいえ、合理的理由については労使間で見解の相違が生じやすく、紛争が発生しやすくかつ訴訟などになった場合の予見可能性が低くなることには注意が必要です。そもそも職務・職域の分離の相当部分が紛争リスク回避のために進められたことを考えると、予見可能性を低下させるような法改正を行うとかえってさらにそれを促進する危険性もありそうで、労使双方にとってデメリットのほうが大きそうです。
なお無期・実質無期要件の廃止については、前述の労働政策研究・研修機構の調査によると、これにより対象となる労働者は0.1%から0.3%に増えるということで、それほど実務的な影響はなさそうです。労働契約において有期か無期かというのはかなり決定的な相違であることを考えると納得のいくデータであり、あえて法改正して紛争のリスクを高める必要性はなさそうです。
もうひとつ目に付く論点として、パートタイム労働者の処遇に関する納得性を向上させるため「事業主、通常の労働者及びパートタイム労働者を代表する者を構成員とし、パートタイム労働者の待遇等について調査審議し、事業主に対し意見を述べることを目的とする委員会を、事業所ごとに設置すること」があります。もちろん代表を選び、労使で協議することは望ましいことではありますが、しかし前述のように待遇等の水準や格差については人により立場により多様な見解・評価があり、通常の労働者の代表とパートタイム労働者の代表が一堂に会してそれぞれに自らの利益を主張し、それが相反・矛盾しているときには、事業主としても対処は困難なのではないでしょうか。逆に、通常の労働者とパートタイム労働者が協議して意見を一本化することができれば、事業主としてもその意見を聞いて経営に反映することを考えやすいものと思います。労使協議の促進も重要ですが、まずは通常の労働者とパートタイム労働者のコミュニケーションを促進することが必要になりそうです。さらには、働き方の多様化が進む中では、パートタイム労働者に限らず、さまざまな形態で働く人たちの意見が適正に反映されることが望まれるでしょう。労働組合の貢献が期待されるところです。
研究会には他にも多くの論点が提示されていますが、前回改正時に相当の議論が重ねられていることもあり、今すぐ法改正を行わなければならないほどの事情は見当たらないように思われます。研究会の取りまとめに続いて労働政策審議会でも議論が行われるものと思いますが、適切な判断を期待したいものです。