一億総活躍プラン

ということでこの間「一億総活躍プラン」と「骨太の方針」が提示されたということで、各メディアが一斉に報じておりますな。

 政府は18日まとめた「ニッポン一億総活躍プラン」と経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案で「名目国内総生産(GDP)600兆円」や財政健全化などの目標達成に向けた戦略を示した。少子高齢化から生じる人手不足に対応しない限り持続成長できないとの危機感がある。ただ雇用改革の抜本策は見えず、財源確保の道筋も不透明だ。
 一億プランは安倍政権発足3年目で息切れが見え始めたアベノミクスを再点火する「新三本の矢」として出てきた。掲げた目標の割に、今回出てきた具体策は小粒だ。
 柱となる働き方改革の目玉が「同一労働同一賃金」の実現だ。正規社員と非正規社員との賃金差を欧州諸国並みに縮めることを目指す。長時間労働の削減や保育所の整備を通じ、子育てと仕事の両立をしやすくする。
 過去15年間で減った労働力は170万人。今や有効求人倍率は1.30倍と約24年ぶりの高水準で人手不足は深刻だ。
 一連の取り組みによって労働者数は2020年度には117人、25年度には204万人増加するとした。改革を通じ働く人が増えれば、賃金総額が上がり、やがて消費に回るという。20年度は13.7兆円、25年度は20.4兆円の消費支出が増え、目標とする600兆円経済に近づく。
 正規と非正規の賃金格差を縮めることによって生じる総人件費の膨張を企業が受け入れる仕組みなど、意欲的な目標をどう実現するかは見えない。成長産業に労働移動を促すような制度改革は盛り込まれなかった。
…財政健全化にも言及、国と地方を合わせた基礎的財政収支を20年度までに黒字にする目標も引き続き掲げた。高齢者向けの予算を少子化対策に回すといった対策が考えられるが、痛みを伴う改革は踏み込み不足。経済環境が厳しさを増す中、健全化目標の実現を疑問視する声は多い。
平成28年5月19日付日本経済新聞朝刊から)

「ニッポン一億総活躍プラン」の案は、官邸のウェブサイトで見ることができますね。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai8/siryou2.pdf
これをみると、記事にも「柱となる働き方改革」とあるように、「最大のチャレンジは働き方改革である。多様な働き方が可能となるよう、社会の発想や制度を大きく転換しなければならない」とたいへんに気合が入っているようです。
そして最初に「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」をあげて、「非正規雇用労働者の待遇改善は、待ったなしの重要課題である」と繰り返しているわけです。具体的には、

…再チャレンジ可能な社会をつくるためにも、正規か、非正規かといった雇用の形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保する。そして、同一労働同一賃金の実現に踏み込む。
 同一労働同一賃金の実現に向けて、我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進める。労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法の的確な運用を図るため、どのような待遇差が合理的であるかまたは不合理であるかを事例等で示すガイドラインを策定する。できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む。
 プロセスとしては、ガイドラインの策定等を通じ、不合理な待遇差として是正すべきものを明らかにする。その是正が円滑に行われるよう、欧州の制度も参考にしつつ、不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備、非正規雇用労働者と正規労働者との待遇差に関する事業者の説明義務の整備などを含め、労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法の一括改正等を検討し、関連法案を国会に提出する。
 これらにより、正規労働者と非正規雇用労働者の賃金差について、欧州諸国に遜色のない水準を目指す。

あれだけ騒ぎを大きくしてしまえば引っ込みがつかなくなるのも道理というもので、この程度は仕方ないのかなあ。なんにしても「我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ」という文言が入ったので、そんなに無茶なものにはならないだろうと楽観しておきます。さすがに労使の入った審議会では現実的な議論になるものと思う。
そこでやることは「法改正」と「ガイドラインの策定」であり、具体的にはまず「不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備」なので、法律のどこかに(労契法3条の均衡考慮のところあたりかな)「同一労働同一賃金」という語は入れるということでしょう。次の「待遇差に関する事業者の説明義務の整備」というのがなかなかの感じで、とりあえず「挙証義務」という文言にはなっていないところが注目です。
あとは「できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む」などと威勢のいい文言が並んでいて何を力みかえっているのかとも思いますが、しかしそれなりに成算があるということではあるのでしょう。というのも、同一労働同一賃金なんかより次のこれのほうがよほど効くだろうと思われるわけです。

最低賃金については、年3%程度を目途として、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1000円となることを目指す。…サービスの質を見える化し、トラック運送、旅館、スーパーなどの分野で、業種の特性に沿った指針を策定し、法的枠組みに基づく税制や金融による支援を集中的に行うことにより、サービス業が適正な価格を課することができる取引慣行を確立する。…

最賃引き上げは非正規雇用の需給が逼迫して相場が上昇している今がチャンスであり、これも前々から書いていますが名目GDP成長率にも配慮しつつとわざわざ書かれていますし、やはり労使の入る審議会で議論されるので無茶はやらないでしょう。わが国の正規非正規格差が欧州より大きい一因が欧州に較べて低い最賃であるというのはよくいわれており(ただし本当にそうかどうかはすぐには証拠が見つからなかったのでご存知の方にご教示いただければ幸甚)、経済運営が上首尾で相場の上昇→最賃上昇が続けば非正規の賃金の底上げ効果は大きいだろうと思います。
サービス業については「適正な価格を課する」としたのはけっこうだと思うのですが、しかし大問題はその適正な価格で消費者が購入するかどうかだろうと思います。記事にもあるようにやがて消費にまわって「成長と分配の好循環」が実現するという皮算用のようなのですが、近年の消費者が強硬なデフレマインドを発揮していることを考えると、なかなか楽観もできないように思います。これについては可処分所得ガーという人もいるわけですが賃金が上がっているのに可処分所得が増えていないのはやはり税と社会保険料の影響が大きいわけで、すくなくともここになんらかの手当(たとえば富裕層増税で再分配を増やすとかな)がなければ好循環の実現も難しいのではないでしょうか。
あとは長時間労働の話ですが、

…週49時間以上働いている労働者の割合は、欧州諸国では1割であるが、わが国では2割となっている。このため、法規制の執行を強化する。長時間労働の背景として、親事業者の下請代金法・独占禁止法違反が疑われる場合に、中小企業庁公正取引委員会に通報する制度を構築し、下請けなどの取引条件にも踏み込んで長時間労働を是正する仕組みを構築する。さらに、労働基準法については、労使で合意すれば上限なく時間外労働が認められる、いわゆる36協定における時間外労働規制の在り方について、再検討を開始する。時間外労働時間について、欧州諸国に遜色のない水準を目指す。あわせて、若者の長時間労働の是正を目指し、女性活躍推進法、次世代育成支援対策推進法等の見直しを進める。

まあこのあたりは過去も繰り返し書いてきたので細かくは書きませんが、上手に舵取りしてほしいと思います。中小の長時間労働にしても、かつてよく言われたような「金曜の夕方に発注して納期が月曜朝→休日出勤必須」みたいなのはしっかり取り締まってほしいでしょうが、下請けとしてはある程度残業になるくらいの受注があったほうが嬉しいという実感もあるでしょうし。若者の中にも、若いうちは時間はあまり気にせずにがむしゃらに働きたいという人もいるわけですし。
ただ、時間外労働の上限規制について「再検討を開始する」にとどめたのは、非正規の賃金に較べるとずいぶん穏当な表現ですね。
あとは高年齢者雇用に関する記述があるのですが特段目新しい話はありません。ということで日経新聞は「成長産業に労働移動を促すような制度改革は盛り込まれなかった」「痛みを伴う改革は踏み込み不足」とご不満なようですが、それはまあここでいわゆる「成長と分配の好循環」を実現してからでもいいんじゃないでしょうか。そうなれば、それこそ現状では「それってどこに」状態の「成長産業」も出てくるでしょうし。