『ビジネスガイド』11月号

 日本法令の小原絵美さんから、『ビジネスガイド』11月号(通巻878号)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.horei.co.jp/bg/
 企業の人事管理に関わる法改正や制度変更の最新情報と実務対応が幅広く掲載された実務家向け専門誌で、今号の第1特集は「派遣労働者同一労働同一賃金」です。この7月に発出された通達をふまえ、経営法曹の大庭浩一郎先生による解説に加えて、大内伸哉先生と八代尚宏先生による批判的な論評も掲載されていて非常に興味深いものがあります。
 派遣労働者の「同一労働同一賃金」については「派遣先均等・均衡方式」を原則として例外として「労使協定方式」を認めるという、わが国の実情を考えるとかなりグロテスクな制度となっていることはこのブログでもたびたび批判してきましたが、両先生の論考は法の立場と経済の立場から非常に整然とこの制度の問題点を指摘するものとなっています。
 私が注目したポイントをいくつかご紹介しますと、大内先生が派遣先均等・均衡方式について、これが導入された理由として「”派遣先労働者の実際の就業場所は派遣先であり、待遇に関する派遣労働者の納得感を考慮する上で、派遣先の労働者との均等・均衡は重要な観点である”という理由も挙げられていました。ただ、こうした「納得感」は人事管理的な視点からは重要でしょうが、法的な理由としては十分ではないでしょう。…派遣労働者のように、雇い主が異なっている場合には、就業場所が同じというだけでは、…強制的な法的介入の根拠にはならないと思います」と述べておられるのはまことに我が意を得たりの思いで、この(たぶん)常識的な考え方に従って「派遣元との均衡」という制度にとどめておけば、労働協約方式もそもそも不要だったはずです。もちろん(これも過去繰り返し書いてきましたが)派遣労働者にとってもっとも気になるのはともに働く派遣先正社員だというのは情においてはよくわかるのですが、この情に流された政治的意図で押し切ったおかげで実務家がどれだけ要らない苦労をさせられているかを思うとまことに同情にたえないものがあります。また、大内先生は「労使協定方式」についても、これが範を取ったとされるドイツとの比較をもとに「ドイツ法とは異なり、労使協定により賃金の決定方法を自由に決めることを認めず、”一般賃金”以上という規制をかけたのです。/…これは実質的には、労使自治を否定して、政府の統計に従って決まる”官製賃金”を強制するものとなっており、労使自治を尊重するドイツ法とは正反対のアプローチになっています」と手厳しく断罪しておられます。まあ日独では産別労組と業界団体の当事者能力に大差がある(失礼)ので致し方ないということもわからないではないので多少は同情しますが、しかしそもそも要らないものを無理やり入れたからこういうことになるんじゃないかという話もなくはない。なお脱線しますがこれが「官製賃金」の正しい使い方ですよねえ(笑)。
 八代先生はあらかじめ長期雇用(とそれをサポートする賃金制度)のメリットを認め、それが一部環境変化に適応できなくなっていると述べた上で、この通達を「事実上の”賃金統制”」で「労働市場の公平性と効率性の双方に反する」と批判し、「既存の年功賃金を保護し、それに派遣等の市場賃金を合わせる”形骸化された同一労働同一賃金”」であると指摘されます。これに対して「本来の”同一労働同一賃金”とは、非正社員の生産性について教育訓練を通じて底上げするとともに、…現行の無限定な働き方を前提として年功的な昇進・賃金を受け取る正社員の働き方を多様化し、”勤務や勤務地を限定したジョブ型正社員”の選択肢を広げることも必要です。職種を限定した正社員の比重が高まれば、同一職種の非正社員との賃金比較もより明確になると考えられます(強調引用者)」と書かれているのはこれまたまさに我が意を得たりであり、私に言わせていただければなぜこのぐうの音も出ないような正論が通用しないのか不思議でなりません。八代先生はこれについて、「むしろ現行の企業内年功賃金を維持したいという本音が先にあり」「単に派遣社員の賃金を機械的に算出した正社員に合わせようとする」「事実上の賃金版の常用代替防止策」であるとまとめておられます。
(なお以上は私が注目したポイントを列挙したもので、要約ではありませんのでそのようにお願いします。ご関心を持っていただけたのであれば、どちらもそれほど長いものではないのでぜひ全文におあたりください。)
 これら両先生の論考は、単に法改正や制度変更の内容を知り、それにうまく適応するための知識としては直接的には役に立たないものではあるでしょう。とはいえ、制度のさまざまな問題点や課題について承知しておくことは、制度への的確な対応をはかるうえでも案外重要かもしれませんし、今回は特に実務家にとって「なぜこんな理不尽なことをしなければならないのか」ということを理解するうえで有益といえそうで(いやたぶん社内で「何でこんなことを」と聞かれて答えるという場面がありそうですし)、たいへん有意義な特集記事になっていると思います。
 ちなみに先日ある中堅専門人材派遣会社の経営陣の方々とお話しする貴重な機会があったのですが、この件については本当にご苦労されていると言っておられました。情報交換している同業も軒並み対応に苦慮しておられるらしく、ただ労使協定方式を採用することだけは共通しているという状況のようでした。均等・均衡方式を採用するには派遣先の労働条件の情報提供を受けなければならないがそんなの無理に決まってるとも言っておられましたな。これまでもこの業界は度重なる(しかも多分に一貫性を欠く)制度変更に見舞われて、都度タフに生き延びて来られたわけですが、今回もまた不可解な情緒的・政治的要請に翻弄されているわけでまことに同情を禁じえません。
 なお『ビジネスガイド』誌ですが、特集以外にもなにかと実務家が気になるであろうトピックスの解説が多数取り上げられていてたいへん充実した編集となっています。読み物の類がないのは読者サイドにニーズがないからかな。次号の特集は「お客様の個人情報の取り扱いについて」とのことです。