初職効果

日経新聞「経済教室」欄の「やさしい経済学」で、首都大の村田啓子先生が「若年雇用問題を考える」を連載しておられます。今回すでに第6回ですが、いよいよ近年のわが国における卒業時の景況とその後の就労状況との関係(初職効果)について紹介されています。

 2000年代初め頃、若年失業者が増加する中でフリーターの増加が社会問題となった。本人が望んでフリーターになるのであれば個人の選択の問題であるが、本来であれば正社員になれるだけの能力があり、またその意思もある若年者が、不景気のために正社員になれない、あるいは希望する職に就けなかった場合には、本人の能力や労働意欲の問題とは別の、景気というマクロ経済要因により決定される(個々人にとっては外生的な要因に起因する)問題があることになる。
 大阪大学の近藤絢子講師は、個々人の労働条件(正社員か否か)と卒業時点で最初に就く「初職」に着目した分析を行い、卒業時に景気が悪いために正社員になれないと、その後も正社員である確率が低くなる効果が持続するという結果を得ている。
 就労意欲や能力といった観察不可能な労働者の資質要因によるゆがみを排除した上での効果を確認しており、フリーター増加の責を若年者側の資質に求める論調への反証となっている。近藤氏は背景として日本の場合、新卒市場で就職に失敗すると敗者のレッテルが貼られるというシグナリング効果の存在を挙げ、新卒採用重視の雇用慣行とも相まって初職効果を強めている可能性を指摘している。
 内外の研究は初職が個人の職業生活において特別な意味を持つ可能性を示唆している。しかし実際には学校を卒業した時点では景気低迷で望む職に就けず、失業者となったり、パートに就いたりした場合でも、卒業後間もなく景気が反転し、望む職に就くことができる労働者も存在するだろう。卒業時に望ましい就職ができなかったというレッテルはそのような人の場合でも残存するのであろうか。
 この問題を解明するため、筆者は一橋大学の堀雅博教授らと「消費生活に関するパネル調査」(家計経済研究所)のデータを用いて女性を対象とした個人の学校卒業後の職歴をたどる分析を行った。新卒時に労働需給が悪く正社員に就かなくても卒業後3年以内に一度でも正社員に就いた人は、その後正社員に就いているか否かの確率が、新卒で正社員に就いた人とあまり変わらない結果だった。
 たとえ新卒時に景気が悪く正社員になれなくても、その後数年以内に景気が良くなり正社員に就ければ挽回することができることを意味する。一方で、卒業時に景気が良く正社員になれても、その後3年以内に正社員からいったん離れると、その効果は薄れてしまうという結果も得ている。
平成23年4月28日付日本経済新聞朝刊「やさしい経済学」)

この内容はたいへん重要な発見だろうと思いますし、実際そうだろうと思う部分が多々あります。
いっぽう、きのうは海外においてもやはり初職効果があることが確認されていることが紹介されたのですが、その理由としては「卒業して仕事に就けば、働きながら何らかの人的資本(技能や能力)を身につけていく。初職で良い仕事に就くと、その職場(良い職場)であるが故に求められる人的資本(より高度な技能など)が身につく。それにより生産性も高まる」と指摘されていました。まあこの研究はエコノミストというかなり特殊な職種を対象としているものなので、その特殊性があるだろうということかなあと推測はできるわけですが、それにしても海外は人的資本で日本はシグナルだと言われるとそうかなあと思わないではありません。むしろ、長期雇用・長期育成を強みとする日本企業のほうが、初職においてより大きな人的投資が期待できる正社員に就くことが将来のスキルや生産性に良好な影響をもたらすと考えるほうが自然なように思われます。
まあ、わが国では卒業見込み者の大多数が一斉に就職活動をしますので、採用する企業の側からみれば、採用した人に較べれば採用しなかった人のほうが少なくとも自社にとっては魅力的な人材ではないと考えるのもこれまた自然なわけで、それが「敗者のレッテル」だ、と言われればそうかもしれませんが、いっぽうで企業としてみれば需要というものがあって、景気が悪くて人員ニーズが乏しく採用を抑制している時期には、いい人材を採り残しているという認識は当然あるわけで、景気がよくなって必要人員が多くなってきたときにはその部分から第二新卒などで採ろうという話にもなってくるわけです。ですから「新卒時に労働需給が悪く正社員に就かなくても卒業後3年以内に一度でも社員に就いた人は、その後正社員に就いているか否かの確率が、新卒で正社員に就いた人とあまり変わらない結果だった」というのはまことに納得のいく話ですし、また日本においても「初職で良い仕事に就くと、…人的資本(より高度な技能など)が身につく。それにより生産性も高まる」という考え方をサポートする結果ではなかろうかと思います。
つまりは、過去何度も書いていますが、就職超氷河期世代の最大の問題は不況が異例の長期におよんでしまったことであり、若年雇用問題の最大の課題のひとつがいかに不況を短く収束させ、早期に労働需要を高めることにあるということになるのではないでしょうか。