若年はやはり怒っておいたほうが

6月10日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110610#p1)にhamachan先生からトラックバックを頂戴しましたので、お返事を。

労務屋さんがこれにコメントされているのを見て、一応この段階でもひと言だけコメントすることにしました。

というのも、労務屋さん、

>いやこれは若い人は本当に怒ったほうがいいと思います

と、一瞬、城繁幸氏のブログに来たかと思うひと言を語っておられたので。

いや、もちろん、労務屋さん、

>もちろん若年者もいずれは高年齢者になるわけですし、年金と雇用の接続は必要なことですし、年金支給開始年齢までの定年延長は重要な課題だろうと思います。高年齢者が就労せずに福祉の対象となってしまうとそれは結局若年者を含む現役の負担を増やすことも間違いないでしょう。

とちゃんと述べておられるのですが、

>現実には景気変動に対して人員規模を適正化する手段のひとつとして新卒採用数を増減させているのが実情でしょう。で、そういう採用をしている企業が多いとすれば、いま現在の「新卒労働市場において厳しい状況が続く中」、高年齢者の雇用を減らさない施策が新卒をはじめとする若年雇用にどんな影響を及ぼすかは明白だと思うのですが。

と疑問を呈し、

>ここで問題になっているのは何度も書きますが冒頭にあるように「新卒労働市場において厳しい状況が続く中」という足元の話なんですから。高年齢者雇用の拡大が長期的な視野で重要だから今現在の若年は泣いてちょうだいねというのは若年にあまりではありませんか。

>高年齢者に対しては希望すれば全員がいま働いている企業で働けるようにするけど、若年は選ばなければ仕事はあるんだから文句をいわずにある仕事で働けというのはあまりに不公平ですし、率直に申し上げて職業安定局長の研究会の報告書としてはまことに淋しい記述ではないでしょうか。

>若年は怒っておいたほうがよさそうな気がします。

と、ワカモノに決起を促しておられます。

 この議論、量的にはある程度その通りの面はあると思います。ただ、これは報告書では正面から書かれてはいませんが、わたしには、だからこそ、建前論的に「法定定年年齢の引上げ」を最初に書いておきながら、それは当面は無理だよ、それをやるのは「老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の65歳への引上げが完了するまで」、つまり2025年までだよ、と書いてあるのだろうと思うのです。
 このあたり、定年と継続雇用はそもそもどう違うのか、という法学的理論を駆使した議論があるのですが(そして判例を持ち出すといろいろと難しい論点が続出するのですが)、それをスルーしてざっくり言えば、継続雇用とは要するにいったん定年退職した高齢者を別枠の非正規労働者として改めて採用するということですね。
 つまり、ワカモノを正社員として採用する枠においては競合させないように、非正規枠に持っていくというやり方を当分続けるということであって、そこまでワカモノに怒れと(城氏みたいに)たきつけなくても良いのではないか、と思うわけです。
 もちろん、労働市場全体のマクロ的な職の取り合いという面がなくなるわけではないにしても、それこそマクロ経済政策で対応すべきことであって、高齢者を労働市場から追い出せという議論はやはりまずいでしょう。
 一方で、高齢労働者の権利論的な観点からすれば、なんで60歳過ぎたら非正規に回されるンや、賃金もがくっと下がるンや、という批判があるわけですが(そういう訴えもいくつかあり、裁判例もありますが)、それを年齢差別というなら、その人が50代の時にもらっていた高い給料自体が年齢差別の賜物やろ、という面もこれあるわけで、それを、労働市場を一気に年齢差別のないフラットなものにしてしまおうという急進的な議論をするのでない限り(いや、そういう議論はあり得ますが)、高齢者を非正規形態で労働市場にとどめておくというやり方は、それなりに合理性を持ったものであって、ワカモノの利益を考えれば、まあそんなところではないか、と考えられるわけです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-0f25.html

城繁幸氏のブログかと思った」というのは私もhamachan先生と池田信夫先生を並べて面白がったりしているわけなのでまあお互い様ですが、それはそれとして。
hamachan先生のご指摘は「ワカモノを正社員として採用する枠においては競合させないように、非正規枠に持っていく」、つまり定年後の高年齢者は非正規雇用になるので、若年の正社員としての採用枠にはそれほど影響しないのではないか…ということでしょうか。
しかし、過去繰り返し書いてきたように、企業が非正規雇用を活用する大きな(おそらくは最大の)理由は人員の柔軟性の確保であると思われます。景気が悪くなって生産量が減少したときや、店舗の採算が悪化して規模を縮小したいときなどに、契約期限が到来した非正規労働者の契約を更新せず、雇止めすることによって人員規模の適正化をはかるわけです。つまり、非正規雇用の実務的本質は多くの場合「雇止め」にあります。
これに対して、定年後再雇用は65歳までの継続雇用を要請されており、仮に短期の有期契約にしたとしても雇止め可能性はかなり低いことには留意が必要でしょう。まあ実質的に定年時から5年の有期契約と考えれば、若年の正社員よりは多少は柔軟性は高いにしても、人員規模適正化の観点からは、若年の正社員採用枠と競合しないとは言えない、というかまともに競合すると考えたほうがよさそうに思われます。
さて「もちろん、労働市場全体のマクロ的な職の取り合いという面がなくなるわけではないにしても、それこそマクロ経済政策で対応すべきことであって、高齢者を労働市場から追い出せという議論はやはりまずいでしょう。」というご指摘には同感で、特に「それこそマクロ経済政策で対応すべき」とのご意見には全面的に同感です。このブログでも何度か書いたと思いますが、中高年の雇用を減らせばその分若年が雇用される、という論には私も懐疑的です(報告書も欧州諸国の経験として早期引退促進が若年雇用増に必ずしも結びつかないことを紹介しており、それは事実関係としてはそのとおりです)し、実際6月10日のエントリでもそんな議論はしていないと思います。ただ、ミクロなレベルでは、個別の若年について「私が就職したいあの企業において、私が採用される機会が減少する」ということは多々発生することは容易に想像できるわけで、それに対して「若年は選ばなければ仕事はあるんだから」で片付けるのは若年に気の毒ではないかと申し上げているわけです。なお若年雇用への影響という観点からは離れますが、60歳まで勤務した企業にとどめ置くのでなければ「労働市場から追い出せと言う議論」だ、というのもやや飛躍があるのではないかとは思います。以前も書いていると思いますが他の企業や、社会全体で「出番」を確保していくという発想も必要でしょうう。
ですから、聞くところによるとこの報告書は当初(たたき台段階)「65歳定年延長」を強調した報道がされた(まあ業界の外の人があのたたき台を真っ正直に読めばそうなるのではありますが)こともあって、私ごときが申し上げるまでもなく(笑)「次代に道を譲らせるべきだ」との抗議が厚労省に殺到したそうですが、若年がそういう抗議をするのはやや的外れということになります。若年ではなく、上の世代が重石になっている直後の「次代」がそう抗議するのは場合によってはあり得るでしょうが。
ということで、私が若い人は怒っておいたほうがいいよ、と申し上げたのは、第一に6月10日のエントリや、その以前に「たたき台」へのコメントのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110511)にも書いたような世代別の政策のバランスの悪さに対してであり、第二に「若年者雇用と高年齢者雇用の代替性を指摘する意見がある。」ことについて、代替性があるという証拠もないという証拠も明確なものはないにもかかわらず、あたかも代替性がないかのような印象を与える記述のみを記載していることに対してである、ということになります。
ときにでは貴様はどうしろというのかという問いに対しては、何度も繰り返し書いているように企業に頑張ってほしいしマクロ経済政策・金融政策をしっかりやってほしいということにほぼ尽きます。労働需要を拡大することが大切なのであって、こちらを叩けばあちらが飛び出すだろうみたいな議論(解雇規制を撤廃すれば中高年が解雇されて若年雇用が増えるだろう、みたいな議論ですね)はうまくいかないのではないかと思っています。高年齢者雇用に関しては明日また書きます。