日経新聞の悪癖

日経新聞に若年雇用問題の連載記事が掲載されているのですが、今日は改正高齢法との関係が取り上げられていました。お題は「<提言>企業内の新陳代謝 促そう シニア偏重 成長力そぐ」となっておりますな。

 65歳まで希望者全員が働き続けられるようになる改正高年齢者雇用安定法。同法が施行された今春に大学を卒業し2度目の就職活動に入った夏川高志(23、仮名)はうらめしそうに話す。「新卒の枠がどんどん減るじゃないか」
 年金の受給開始年齢の引き上げで無収入の人が増えるのを防ぐなど事情は分かっている。それでも「シニア支援もいいけど僕らへの支援は?」が正直な気持ちだ。夏川にまだ朗報は来ない。
 帝国データバンクによると高齢社員の増加にあわせて11%の企業が新卒採用を抑制するという。
(平成25年5月2日付日本経済新聞朝刊から)

おや、11%ですか。これに関しては経団連が会員企業を対象にしたアンケート調査の結果では4割近くが新卒採用を減らすとしていましたので、ずいぶん違うなという感じです。考えられる理由としては、そもそも調査時点間で景況感がかなり違うので企業が新卒採用に積極的になっているということと、対象企業が異なるので帝国データバンク調べでは大企業に較べて採用意欲の高い中堅・中小企業が多く含まれているということがあると思うのですが、ここが大切なところだと思います
というのは、日経の記事はこのあと(まあ日経らしいといえば日経らしいのですが)こういう展開になっているのですが…

…首相の安倍晋三を座長とする政府の産業競争力会議では当初、企業経営者ら民間議員が過剰な正社員保護を諸外国並みに緩めるよう提案。ローソン社長の新浪剛史は「若者を採用すれば、その半数のシニアを解雇することを認めよ」とも主張した。
 ところが「解雇規制の緩和で失業者があふれる。アベノリスクだ」と労組を背にした議員からの批判が噴出。参院選前に既得権層の票を逃すわけにもいかず、最終段階ではごっそりペーパーから落ちた。

 シニア保護だけでは成長できない企業にとって問題は切実だ。

 漫然と人がとどまるのを防ぎ、組織の新陳代謝を進めるためにも実力主義の浸透が欠かせない。IHIや三菱重工業は雇用延長後も働きや能力に応じて賃金が変わる仕組みの導入を進める。
 職に就けないリスクを抱える若者。この現状をどう是正し、既得権者と雇用機会を分かち合うか。社会全体で工夫する時だ。
(上と同じ)

いやはや新浪氏はこんな思い切った提案もしておられたんですねえ。産業競争力会議で「整理解雇を一定の条件にて行うことを可能とする。例えば、解雇人数分の半分以上を20代-40 代の外部から採用することを要件付与する」という大胆極まりない意見書を提出したりしておられたのは存じておりましたが(これらはすでにhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130323#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130408#p2で取り上げました)、それとはまた異なるご提案ですね。とりあえず産業競争力会議の議事要旨にはそれらしい発言はみあたりませんでしたが、テーマ別会合のほうは最近のものはまだ議事要旨がウェブに上がっていませんので、そのあたりで言われたのかもしれません。まあローソンさんが低賃金・低技能な若年労働力を常時一定程度必要としておられて、それこそ「新陳代謝」が必要ですという人材ニーズをお持ちなのであれば、若年100人雇ったら中高年50人首切り可、というのは便利だろうとは思いますが。
さてそれはそれとしてこの記事が根本的にダメだと思うのは雇用機会の増加という観点が完全に欠落していることです。いや何度も書いていますが雇用機会の分かち合いより雇用機会の増加のほうがよほど重要だし効果的でしょ?もちろん今回の高齢法改正については若年者に較べて高年齢者に手厚すぎるとは私も思いますし(これは過去さんざん書いた)、高年齢者雇用と若年雇用は質が異なるから高齢法改正による若年雇用への影響はないという行政の説明は嘘っぱちだとも思いますが(もちろん100%そのままタマツキで影響するとも思いませんが)、しかし若年雇用を進めたいのであれば高年齢者の仕事を取り上げるよりは雇用機会を増やしたほうがよほど効果的だし筋がいいはずです。とりわけ大切なのは良好な雇用機会、当初は労働条件があまり高くなくても、スキルやノウハウが身につき、やがて産業・企業も成長して雇用も安定し労働条件も改善するような雇用機会を増やしていくことでしょう。
実際、最初に戻れば、景気が改善すれば雇用機会も増えて高年齢者を雇い続けなくてはいけないから新卒採用を絞りますという企業も減るわけですし、これから成長するぞという中小企業においては高年齢者も雇い続けますが新卒も採りますという企業も多いわけですから。しかし日経さんはこの「なんとしても「既得権者」をひどいめにあわせたい」という悪癖が直りませんね。これでずいぶん論説の質を落としていると思うのですが。
でまあさもありなんという感じなのですがこの記事には「若者の雇用に関する著作を持つ人事コンサルタント城繁幸(39)は「正社員の保護が強すぎる。正社員の既得権を削らないと若者の雇用は増えない」と話す。」という一文も登場しておりまして、まあ記事は都合のいいところだけ抜いているでしょうからここで城氏についてどうこういうのも野暮でしょうが、しかし相性はいいんでしょうねと思ったことでした。いやはや。