もうひとつ、「キャリアデザインマガジン」第91号に載せた書評を転載します。
- 作者: 海老原嗣生
- 出版社/メーカー: プレジデント社
- 発売日: 2009/05/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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それにしても、理念や政策ならば格別、事実認識に至るまでそれなりに名の通った論客がほとんど正反対に近い論陣を張っているのをみると、どちらかがより正しくてどちらかがより誤っているのではないかと思わざるを得ない。そして、人事・労務の実務の観点からは、声高に言われて半ば「常識」と化している説のほうが「おかしい」と思われる論点も少なくない。「小泉改革で規制緩和を進めたせいで、非正規労働が増加して格差が拡大し、貧困が増えた」こうした議論はあちこちで見かけるが、しかし実際に労務管理をやっている立場からみれば「そうは言っても小泉改革の前からパートや契約社員は増えてたし、派遣の規制緩和がされてなかったら代わりに契約社員がもっと増えただろうし、非正規っていうけど正社員の中でも格差は拡大しているんだけどな…」とまことに釈然としない。
この本は、こうした論点について実際にデータをみて検証し、多くの論点で実務実感に適合した、しかし世間の「常識」とは異なる結論を引き出している。もちろん、「常識」の側にも再反論があるだろう(実際、一部の検証には若干の疑問もある)し、データ上の大勢は異なる結論を支持しているにしても、対立説のとる少数の問題が無視できないという状況もあるだろう。とはいえ、政策論にあたっては現実を反映したデータをふまえて冷静で客観的に議論するという姿勢はきわめて重要であろう。
なぜ、識者はこうした「常識」実は非常識を語るのか。著者は「彼らはまず最初に、自分の言いたい主義主張があり、それを言いたいがために」であるという。「企業が悪い」「小泉改革反対」「若者がかわいそう」といった主義主張である。実際、そうではないかと思われる主張は世間に多々みられるので、データによる検証はないにせよ、なかなか、説得力のある推測のように思われる。評者の感想としては、今回の局面では雇用問題が過剰に政治化しているような印象を受ける。本来は雇用問題はむしろ経済問題であって、政策の影響もさることながら循環的要因が大きく影響しているはずなのに、今回はそれが過小評価され、政治的要因ばかりがクローズアップされているのではないかと感じるからだ。政治的な文脈においては、議論が単純化されたものに還元されやすく、著者も指摘するように「悪者探し」(とセットになった被害者づくり)が行われやすいのではないか。しかし、現実の事象はさまざまな要因が複合して起きており、特定の政策を実施すれば−たとえば派遣労働を禁止すれば−それですべてが解決するなどということはありえない。
さて、本書では最終章を「2つの暴論」として、今後の雇用政策について2点提言している。
1点めは「ガラパゴス」を連発して暴論を装ってはいるが、基本的には雇用形態の多様化を主張するものであってすでに多くの識者が類似の提案を行っており、格別「暴論」との印象はない。「普通の国」を標榜するが、従来の日本とそれほど違うという感じも受けない。ただ、なにもあれこれ禁止して無理矢理に整理する必要もなく、多様な選択肢を増やしていけばいいのではないか。
2点めは移民政策だが、永住は想定していないようので現実には外国人労働者政策であろう。かなり徹底して日本にとって好都合な外国人労働者受け入れが主張されていて、これまた暴論という印象はなく、むしろこのとおり外国人が受け入れられるならけっこうなことだという感じだ。ただ、これは相手国があることでもあり、なかなかこうは理想的にはいかないだろう。そういう意味で現実的かどうかには大きな疑問符がつく。
なお、本書には識者によるコラムが2つ掲載されているが、そのうち中村圭介東京大学社会科学研究所教授による「企業は、「大騒ぎ」を利用してモードチェンジしてきた」は、短いながらも非常に面白いポイントを突いている。わずか2ページなので、書店でみかけたらここだけでも立ち読みしてみてほしい。