城繁幸氏の「65歳雇用義務化についてのまとめ」

ということで記事についてあれこれいうのもなにかなと思ったこともあり久々に城繁幸氏のブログを見てみたところ期待を裏切らないというかなんというか(笑)ちょっと前になりますがこんなエントリがみつかりました。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6420409.html

なぜか65歳雇用義務化についての取材が多いので、以下に論点をまとめておこう。
一々同じこと話すのはめんどくさいので、これ読んでまとめちゃってください。
(話聞きに来る場合でも最低限読んでおいて下さい)

・65歳までの雇用が義務化される影響は何がありますか?
 企業の人件費原資は一定なので、5年分の雇用が増えた分を誰かの人件費を削ることで対応しないといけません。
 2011年経団連調査によると、38.4%の企業が新卒採用の削減で対応。
 また、派遣社員契約社員といった正社員以外を雇い止めし、高齢者に置き換えることで対応する企業も多いです。
 それから、全体的にこれから企業に入ろうとする人も採用されにくくなります。
 たとえば新卒学生の場合、従来は「こいつは60歳まで雇う価値があるか」を人事が判断していましたが、これからは「こいつは65歳まで〜」となるわけで、それだけの価値のある人間だけが雇われることになります。
 そして、人材がロックされることで、企業活動も制約されます。
 今、政府の有識者会議で、人材の移動を活発化させ経済の新陳代謝を促進することが議論されていますが、新陳代謝どころか麻痺させるようなもんです。
 要するに、世代間、男女間、雇用形態、能力といったすべての面で格差を拡大させる政策といえます。
 ILOOECD勧告に真っ向から歯向かう政策です。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6420409.htmlから、以下同じ

「影響は何がありますか?」という設問なので、まずは個別企業の対応がどうなるかが書かれた部分はそのとおりだろうと思います(まあ経団連のアンケートの紹介ですしね)。新卒の正社員採用で60歳までと65歳までとでどれほど扱いが変わるのかは見当がつきませんが、あまり関係ないんじゃないかなあ。現状でも相当割合は65歳まで雇用されているわけで。
「人材がロックされることで、企業活動も制約されます。」というのも、まあそういう面もあるだろうと思うのですが、「人材の移動を活発化させ経済の新陳代謝を促進することが議論されていますが、新陳代謝どころか麻痺させるようなもんです」というのはややピントはずれの感はあり、まあ60歳を超えた人を放出して新規産業で就労させることが経済の新陳代謝の促進になるかというとまあそんな感じもしないわけで。
ILOOECD勧告に真っ向から歯向かう政策です」というのは、この部分のリンク先をみるとILOOECDが日本の労働市場の二極化を指摘していることを表面的に捉えて印象を述べたということのようです。ただまあ、ILO勧告といえば通常この世界ではILO総会で採択されたRecommendationのことなので専門家を任ずるのであれば用語は正確にお願いしたいところではありますが、しかしILOの権威を利用したい向きには条約違反に関する理事会の勧告などもあたかも総会で採択されたかのように「ILO勧告」と称する例は多々あるようなのでそんなものなのでしょう。まあ同じ穴の狢だよな
ちなみに余談ながらILO勧告には1980年の高齢労働者勧告というのもあって(第162号)、実は今回の法改正のある部分はこの「勧告に真っ向から歯向かう政策」だと言えなくもありません。ただそれはこの勧告が均等待遇を求めているといった点についてなので、城氏の想定とはまったく異なるわけですが。

・でも「高齢者のやる仕事と若者のやる仕事はかぶらない」という意見もありますが
 仕事はかぶらないけど、人件費は同じ財布から出ているので、誰かを雇えば誰かを切るしかないです。
 「パパのお小遣いと子供の塾の費用は全然関係ないじゃないか」というロジックは恐らくママには通じまい。

気の利いたことを言っているつもりなんだろうけど、こういうことを言うから労働塊の誤謬を担ぎ出されて揚げ足を取られるわけですよ。個別企業の話と労働市場全体の話を混同してはだめで、労働市場全体をみれば新たに生まれている雇用はもっぱら若者を吸収するし、高年齢者は保有する技能を生かして従来の職場で継続就労するということで「かぶらない」ということになるわけです。ただし、この理屈が成り立つには若年を吸収しうる新規産業が存在して労働市場が拡大している必要があるわけですし、そうなっていない現状(というか法改正当時)ではやはり労働市場全体でも(100%置換ではないとしても)一定の影響は避けられないわけです。それにもかかわらず行政があたかも問題は起こらないかのような説明をしたことが悪辣なわけです。
もちろん、個別企業のレベルにおいてもこれから就職する若者としては「私が入社したいあの企業に入社できるチャンスが縮小する」という弊害は出てくるわけなので、それはそれで問題点として指摘できると思いますが、繰り返しになりますがそれは個別企業レベルの話であって、労働市場全体では「かぶらない」という説明に対する反論にはなりません。

・新卒求人倍率は1.27なんだから若者は贅沢言わなきゃ就職口はあるんじゃないですか?
 じゃ高齢者も贅沢言わずに自分で再就職活動すればいいんじゃないですかね。

うんそうですよね高年齢者の求人倍率も1.27だったら高齢者も贅沢言わずに自分で再就職活動すればいいですよね。でも厚生労働省職業安定局「職業安定業務統計」によれば平成23年の60-64歳の有効求人倍率は0.59倍なんですが。これも気の利いたことを言ってるつもりなんでしょうが逆噴射と申し上げざるを得ません。まあ若年層でも0.7倍台前半なのでこの層と較べてどの程度のレベルの支援が必要なのか、希望者全員雇用延長義務化まで必要とするのかは私も繰り返し疑問を呈しているところではありますが。

・日本は人口減少が続くので、これからは65歳まで働ける社会をつくるべきでは?
 65歳まで働ける社会と、特定の人間だけ65歳まで雇わせる社会はまったく別物ですね。
 ついでに言うと、労働力不足対策としては「女性や高齢者も働きやすい流動的な労働市場を作ること」であって、一律で正社員65歳雇用義務化なんてやったら(現状では女性と若者ががはじき出されるわけだから)いっそう少子化が進んで逆効果でしょう。

人口減少が続くから高年齢者の労働参加を促すべきである、したがって企業は60歳定年を迎えた労働者が希望したら65歳まで雇用しなければならない、というのはたしかに理屈があっていませんが、誰かそんなこと言っている人がいるのかな。とりあえず今回の議論は無年金・無職・無収入の回避が主たる関心事で労働力不足だからやれという話ではなかったと思いますが、まあ中長期の一般論の中にはあったような気もしなくもない。なお「ついでに言うと」以下は言葉が躍ってるだけなのでなんともコメントできません。

・65歳雇用義務化に賛成の論者が見当たらないのでどなたか推薦してください。
 いないんだったら別に取り上げなくていいんじゃないですかね。
 これだけ無料メディアが発達している昨今、うちは両論併記で中身には一切コミットしないというスタンスだと商売上がったりになるんじゃないですかね。
 まああえて言えば、厚生労働省OBか慶應義塾長がおススメです。他に本件に賛成する識者はまずいないはず。

エントリの記載とは関係ないのですがここは上の記事との関係で抱腹絶倒したところで、いや雇用を増やさずに高年齢者を失業させて若年を雇用させろとか主張する論者はそれこそ城氏くらいしか見当たらないのではないでしょうか(あ、日経もそうかも)。もちろんだから売れるのだということでニッチ戦略としては十分「あり」だと思うし経済活動としては立派なもんだと評価してもいるわけですが。新浪氏や三木谷氏も基本的には「雇用は増やす、増えた雇用で若年を吸収する」と言っている(と思う)わけですし、中高年についても大企業が解雇してくれれば私たち成長産業が雇用します賃金はぐっと低くするけどさあというご意見なわけですし。
脱線しましたがエントリの記載に戻るとまああれかな、「厚生労働省OBか慶應義塾長」を除けば本件に賛成する人は「識者」ではないという定義をお持ちなのかな。65歳継続雇用の研究会の委員の皆様も審議会の部会の委員の皆様も、相当程度これに賛成しておられましたが、私は皆様たいへん尊敬すべき識者であると思っておりますが。

・じゃ、なんでそんなむちゃくちゃな法改正が通ったんですか?
年金財政が破たん寸前→ 〇支給開始年齢の引き上げ → 〇企業は65歳まで雇え
                 ×年金支給額カット         ×高齢者は自分で職探せ
                 ×増税or保険料引き上げ    

要はシルバー民主主義。

シルバー民主主義であるという点はその通りと思いますが、しかし「×増税or保険料引き上げ」は端的に誤りではないでしょうかね。まあ消費増税はまだ決まっただけで実現はしていませんが、保険料は毎年着実に引き上げられているわけで。というか、保険料を負担していない高齢者にとってはその引き上げは現役負担による受給の確保拡大につながるわけなのでむしろ歓迎のはずです。

・なぜ急に複数の政府の有識者会議で解雇規制の緩和が取り上げられ始めたんでしょうか?
 それくらい、希望者全員65歳まで雇わせる法律は常軌を逸したものだから。さすがに委員の皆さんも危機感抱いたんでしょう。

えーとですね、「政府の有識者会議」と思しき会議体での解雇規制緩和論は、産業の新陳代謝を促進するために不採算分野から撤退しやすくなるよう整理解雇をやりやすくしろというのが議論の中心じゃないでしょうかね。で、上でも書きましたがそこに退蔵されている(本来能力のある)労働力が労働市場に放出されれば彼らのいわゆる「成長産業」に吸収されて新陳代謝が促進されるという皮算用寸法で。以前書きましたがこれ自体いかにもうさんくさい議論ですが、いずれにしても定年後の継続雇用をどうするかという話とはほとんど無関係ではないかと思います。いやまあ政策の方向性がとかいう話かもしれませんけどね。
ということで、「これ読んでまとめちゃってください」で本当にいいのかなあと余計な心配をするわけですが、まあいいのかな。要はネタであって面白きゃいいってニーズもあるんでしょうから。