債権法改正、法制審に諮問へ

週末の日経から。

債権法改正、法制審に諮問へ 10月下旬、12年国会提出目指す

 千葉景子法相は3日、民法の債権に関連する部分(債権法)の改正を10月下旬に開く法制審議会(法相の諮問機関)に諮問する方針を固めた。契約に関する様々なルールを現代の企業や消費者の活動に合わせて抜本的に見直す。事実と異なることを告げられて結んだ契約を契約後に取り消せることなど消費者契約法の考えも取り込む。2012年の通常国会への改正法案提出を目指す。
 債権法の全面改正は1896年(明治29年)の制定以来、約110年ぶり。法制審への諮問は政権交代後、初めてとなる。(04日 21:45)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20091004AT3S0300S03102009.html

民法第3編は325条にわたる大部の法典ですが、その第2章(契約)第8節は「雇用」にあてられています。

(雇用)
第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

(報酬の支払時期)
第六百二十四条  労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2  期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

(使用者の権利の譲渡の制限等)
第六百二十五条  使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。
2  労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。
3  労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

(期間の定めのある雇用の解除)
第六百二十六条  雇用の期間が五年を超え、又は雇用が当事者の一方若しくは第三者の終身の間継続すべきときは、当事者の一方は、五年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。ただし、この期間は、商工業の見習を目的とする雇用については、十年とする。
2  前項の規定により契約の解除をしようとするときは、三箇月前にその予告をしなければならない。

(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条  当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2  期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3  六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。

(やむを得ない事由による雇用の解除)
第六百二十八条  当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

(雇用の更新の推定等)
第六百二十九条  雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
2  従前の雇用について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、身元保証金については、この限りでない。

(雇用の解除の効力)
第六百三十条  第六百二十条の規定は、雇用について準用する。

(使用者についての破産手続の開始による解約の申入れ)
第六百三十一条  使用者が破産手続開始の決定を受けた場合には、雇用に期間の定めがあるときであっても、労働者又は破産管財人は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。この場合において、各当事者は、相手方に対し、解約によって生じた損害の賠償を請求することができない。

債権法改正についてはわが国民法学の最高峰(だと思うのですが)である前東京大学教授(現在は法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与というお立場らしい)の内田貴先生が主宰された「民法(債権法)改正検討委員会」という大規模な研究会があり、「抜本改正の基礎となりうるような「改正の基本方針(改正試案)」を作成」しているそうです。この委員会のホームページもあるのですが、雇用について具体的にどうするか、ということは掲載されていないようです(現時点では。「近日up予定」の項目がたくさんありますので、いずれはアップロードされるのでしょう)。
ウェブ上を探してみると、大内伸哉先生のブログで少し紹介されていました。

 改正試案に基づき改正が行われると,民法の中に,雇用,請負,委任,寄託の上位概念としての「役務提供契約」というものが新設されることになります。そして,雇用に関する規定は,将来的には,労働契約法に統合するものとされ,それまでの間は,民法の規定が補充規範として適用されます。そして,雇用に規定のない部分は,役務提供契約の総則部分が適用されることになります。
 民法の中の雇用に関する部分が,労働契約法に取り込まれると,体系的にはすっきりすることになり,望ましいことといえるかもしれません。ただ,具体的な統合作業は,かなり難しいものとなる可能性もあります。実は民法の雇用に関する規定には削除をしてもよいものも含まれると思いますので,どの規定を,具体的にどのような形で労働契約法に統合するかが重要な問題となるでしょう。特に,改正試案で挙げられている民法629条の改正案は,有期労働契約の黙示の更新が行われた後,労働契約が期間の定めのないものとなるとしています。これは学説上,争いがあるところで,私は改正試案の内容を,労働契約法にそのまま統合することには賛成できません。また,民法627条1項の解雇の自由をどうするかは大議論となるでしょう。
http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-11a2.html

大内先生ご指摘のとおり「雇用に関する規定は,将来的には,労働契約法に統合する」というのは妥当な方向性ではあるでしょう。ただ、そうなると、労働契約法の内容的な充実が必要となってくる可能性は高いものと思われます。ごく小ぢんまりとしたものとして誕生した労働契約法ですが、これを契機に実態に応じた拡充が図られるとしたら望ましいことかもしれません。まあ、債権法改正の議論も、12年の国会上程ということは今後3年くらいはかけるということで、それほどすぐにということにはならないかもしれませんが…。
さて、大内先生がどの規定を削除してもよいと考えておられるのか興味深いところですが、それはそれとして民法629条は現状「従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。」となっています。たとえば1年契約が黙示の更新をされたとして、「従前の雇用と同一の条件で」ということであれば、契約期間も当然従前と同一の1年間になるだろうと考えられます。ところが、続けて「この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる」となっていて、この第627条をみると「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」とされています。つまり、期間については定められていないものとなると解することもできるわけです。
実際、大内先生がご指摘のとおり、たとえばタイカン事件(東京地判平15.12.19)では「…期間満了後も原告が就労を継続したことにより、黙示の更新がされたと推定されるにとどまるというべきである。そして、この場合の更新後の契約期間は、同条の文言どおり、従前の契約と同一条件であり、1年間と推定するのが相当」と判示されているいっぽう、自警会東京警察病院事件(東京地判平15.11.10)では「…期間の経過後も労働関係が継続された場合は黙示の更新により期間の定めのない労働契約として延長されると解すべき」と判示されており、同じ東京地裁で数週間の間に正反対の判決が出ています。
これにはまだ最高裁判決は出ていないようで、ここで「はっきりさせる」こと自体には意義はあるでしょうが、しかし期間の定めのないものとすることが適切かどうかは大いに議論のあるところでしょう。とりあえず現在のわが国の一般的な労務管理においては、「期間を定める」ということは「期間の定めのないものとはしない」という強い意図が背後にあるわけで、黙示の更新があったことをもって当事者の意図とは全く異なる効果を生じさせることはきわめて問題が大きいと申せましょう。少なくとも、このような法改正が行われた場合、企業は雇用期間の終了を厳格に管理する必要が出てきそうです。これをなんとか忌避することで黙示の更新→期間の定めのない雇用への移行をはかろうとする労働者も出てくるかもしれません。明確化するのであれば、雇用期間についても従前と同様の有期とするのが妥当ではないでしょうか。
また、雇用の次の第9節は「請負」になっているわけで、この法改正を通じて、hamachan先生がかねてから主張しておられる請負に関する法整備も進むかもしれません。さまざまな意味で、大内先生もご指摘のとおりこれは十分注目しておく必要がありそうです。内田先生ご自身の解説書も出ているようですし、勉強してみようかとも思うのですが、しかし大部にわたる債権法のごく一部である雇用のために本を買うというのもちょっと…。図書館に入るのを待つか…。