不審な判決フォロー

いやはや八代先生には「これこそシルバー民主主義」と断罪されそうなネタではありますが(笑)、5月19日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160516#p1)で取り上げた定年後再雇用をめぐる地裁判決について、読者の方のご厚意で判決文を確認できましたので(ありがとうございます)、以下フォローしたいと思います。
さてまず第一に不審だった「「正社員と嘱託社員で職務内容や配置変更(転勤)の範囲、責任の度合いに違いがない」という判示ですが、判決文を読むと前提事実のところでこう書かれています。

工 本件有期労働契約において、勤務場所は鶴見営業所,業務は撒車乗務員とされていたが、被告が業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められていた。なお、この点に関し、正社員就業規則13条は、業務の都合にまり配置転換又は転職を命じることがある旨を定めている。(甲1, 5の1, 甲7, 8,乙1,11,13,14)
オ 原告らは、本件有期労働契約の締結後、被告において、従前と同様に撒車の乗務員として勤務した。原告らの業務の内容は、正社員である乗務員らと同じく、撤車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員である原告らと正社員である乗務員らとの間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない。(甲24,27,28,弁論の全趣旨)

ということで、ここまで前提事実として認定されてしまって争点にもなっていないのですからどうにもならんなという感はあります。判決文によれば、この会社の就業規則

…被告の正社員就業規則8条は、「この規則は、会社に在籍する企従業員に適用する。ただし,次に掲げる者については、規則の一部を適用しないことがある。」…一部を適用しないことがある者として「嘱託者」を定めており、これを受けて、被告は、嘱託社員に適用される就業規則として「嘱託社員就業規則」を制定するとともに、嘱託社員労働契約書に具体的な労働条件を記載していたことが認められる。…

ということであったらしく、さらにやはり判決文によれば、

…被告の嘱託社員就業規則は、定年で退職する者のうち本人が継続勤務を希望し、被告が雇用を必要と認めて採用された者等を嘱託社員という旨を定めた上で(2条)、嘱託契約は期間を定めて締結すること(4条1項)、契約期間は1年以内とすること.(4条2項)、嘱託社員の給与は原則として嘱託社員労働契約に定めるところによること(12条)、嘱託社員には賞与その他の臨時的給与及び退職金を支給しないこと(13条)等を定めている…(甲4、乙4) _
…また、被告は、平成22年4月1日、嘱託社員の採用基準、賃金等の労働条件を定めた「定年後再雇用者採用条件」…を策定し、…平成26年4月1日付けで改定された再雇用者採用条件は、下記…とおり定めている。(乙25から27まで、51)…

このあと具体的な内容が続くのですが略します。基本的には賃金に関する規定と、あとは契約期間や更新などについて簡単に定められているのみのものです。
ということで、まあ判決文で書かれていない部分については依然として不明ではあるわけですが、しかし前日のエントリで推測していたような「再雇用者の就業規則が正社員の就業規則から賃金と契約期間のみを書き換えただけであとは同じものでしたとかいったずさんな実態があった」というのに近かったということではなかろうかと思います。
中でも勤務場所と職種変更については正社員と同様の規定ということで議論の余地なく寄り切られているわけですが、しかし一般的にはそうは言っても現実の運用、たとえば正社員はそれなりの頻度で勤務地変更などがあるのに対して再雇用者ではほとんど行われていませんでしたというような実態もふまえて判断するのが一般的ではないかと思いますので、やはり不審な感は残りますが、あるいは正社員であっても勤務地変更などはあまり行われていないなどの実態だったのかもしれません。
「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」については「弁論の全趣旨」が出てきていますのでまったく書面上の文言のみで判断されたわけでもないようですが、前回書いたように常識的に考えて昇進可能性や後進指導の役割なとが同じということはありえないので、そういったところがていねいに検討されたのかどうか、やはり不審な感はぬぐえません。
ただまあ「弁論の全趣旨」で思ったのが、やはり先日指摘したもうひとつの不審な点、「経営状況を気にしているらしいところ」に結び付いているのかなというところはあり、判決文をみるとやはり前提事実としてこうあるわけです。

…同年5月10日の団体交渉において、…定年後再雇用者の賃金水準が定年前の70パーセント程度になることを説明した。これに対し、本件組合は、以後、繰り返し、賃金の引下げ幅を20パーセントや10パーセントにした場合の影響について試算するよう求めるとともに、再雇用条件の交渉の土台になる資料として、会社全体の売上高、運送原価、販売費及び一般管理費等の推移、バラセメント運送部門の売上高及び運送原価の推移、バラセメント運構手の平均年収の推移等といった経営資料の提示を求めたが、被告は、これらの要求に応じなかった。…以降も、被告に対して上記経営資料の提示を求めたが、被告は、現在までこれに応じていない。(甲23,乙37,61から66まで,68,77,84,88,95)
…他方において、本件組合は、…被告に対し、定年後再雇用者の年収を正社員との均衡を考慮した水準に引き上げるよう検討することを要求するとともに、再雇用者の就労と収入の実態に基づいて団体交渉を行うために、再雇用者の就労日数、歩会給の支給額、賃金総支給額、年収、残業時間等を開示するよう要求したが、被告は、いずれの要求にも応じられない旨を回答した。(甲23,乙69から71まで,95)

これはさすがにまずかったのではないかと思います。いやもちろん、会社としては定年後再雇用の労働条件は経営状況とは関係なく設定されたものだという主張でしょうしそれが正論だと私も思いますし、交渉ごとで相手の主張の土俵に乗ることもなかろうという考えであったならそれもわかりますが、しかし見るかぎりは容易に開示できる資料も多く含まれているわけで、出せるものも出せないと突っぱねたのでは説明不足、不誠実と言われても仕方ないでしょう(逆に、運送原価などはいかに団交とはいえ無責任な社外者に開示できないというのは裁判所も認めるだろうと思います)。これが判事に「不当な賃金切り下げが目的」という心証を与えたのであれば、判決がこうも経営状況などについてこだわるのもわかりますし、会社の主張は信頼できないので実態にかかわらず書面上の文言をもって判断するということになってしまった可能性もあると思います。これはこれこれの理由で出せませんが、あとは出せるだけのものは出します、でもそれとこれとは無関係だと会社は考えます、という対応はできなかったものでしょうか。
ということで、まあおおむね予想通りでこの事件特有の事情は大きく、大きく広がるかといえば私は否定的です。逆にいえば、各社ともにこの事件を他山の石として、就業規則や人事管理の点検と必要な整備に取り組むことが望ましいと思います。