吾妻橋氏の労働者派遣論

少々旧聞になってしまいましたが、日経新聞の匿名コラム「大機小機」欄で、いつも雇用政策に鋭い切り込みを見せる「吾妻橋」氏が派遣法改正について論じておられ、これまた非常に得心しましたので備忘的に転載しておきます。

 またも先送りされる労働者派遣法については、多くの誤解がみられる。「法改正で派遣社員が増えることが問題」というのが、その典型例だ。
 派遣労働の自由化を定めた国際労働機関(ILO)条約の目的は多様な雇用機会を通じた失業の防止である。未熟練のパートから熟練正社員への懸け橋となる派遣社員の役割も評価されている。
 それが日本では、派遣社員から正社員を守ることを最優先とする独自の解釈でねじ曲げられていることが、派遣法の最大の問題点である。
 派遣労働者の数は115万人(2014年6月時点)で、雇用者全体の2%だ。非正規社員の中でも6%にすぎない。派遣の規制緩和非正規社員が増えたとか、派遣の増加で正社員が大幅に減少するとの見方は根本的に誤りである。
 派遣期間の制限を撤廃すれば派遣の固定化が進み、正社員への道が閉ざされるというのもごまかしだ。3年ごとに異なる職場を転々とすることを強制されれば正社員登用の可能性は低下する。優れた派遣社員が社内に定着すれば、類似業務を担当する正社員の評価が容易になることの方が問題なのではないか。
 派遣社員の保護を明記しながら職種や期間を制限する派遣法は、より多くの雇用機会を求める派遣社員の利益と完全に矛盾している。派遣社員は一定の職種で残業・転勤なしの働き方という、日本ではまれな職種別労働市場である。現在求められているジョブ型正社員と共通した面も多い。
 派遣社員と正社員は利害対立の関係ではない。雇用保障と年功賃金を軸とする正社員の働き方は、熟練労働者を育成する優れたビジネスモデルである。業務の一部を派遣社員に委ね、より高度な仕事に特化し業績をあげて高賃金を追求するのが本来の正社員の姿だ。正社員を零細農家のように保護する必要はない。
 今回の改正派遣法は、3年ごとに派遣社員を入れ替えれば、派遣自体は原則として持続可能としている。これは派遣会社の業務拡大にはプラスだが、これまで期間制限のなかった「専門26業務」の派遣社員にとっては改悪である。
 職種制限の撤廃はひとつの成果だが、正社員の保護を目的とした「常用代替防止」を維持したままの改正案では世界標準の労働者派遣法とギャップは大きい。(吾妻橋
平成26年11月18日付日本経済新聞朝刊「大機小機」)

細かい部分(細かくないという声あり)では申し上げたいこともありますが、これだけ短い文章ですし、そもそも匿名で思い切ったことを書くのがこのコラムの面白味であることも考えあわせれば致し方ないとしたものでしょう。
さてこれを読むと、吾妻橋氏の舌鋒は主に労働者派遣制度や今回の派遣法改正に反対する人たちに向けられており、改正法案に対しては氏が問題視する常用代替防止の発想や個人単位の期間制限が一律3年になったことについて批判していますが、しかし全体としては改正法案に一定の支持を与えているように思われます。であれば私も同感で、今回の派遣法改正法案は問題はあるものの全体的にはかなりよくできていると思っており、衆院解散で廃案となってまたしても成立しなかったことはたいへん残念に思っています。
ここからは吾妻橋氏とは無関係の私個人の感想になりますが、まず問題点ですが今回の改正法案が個人単位では3年の上限を一律・例外なしに規定しているのは私も残念に思います。吾妻橋氏も指摘しているとおり派遣労働者のキャリアを考えれば同一業務に3年を超えて従事したほうが有利になるケースが相当多いのではないかと思われ、いっぽうで改正法案が派遣労働者のキャリア支援を求めている(これ自体はいいこと)ことと矛盾しているように思われます。個人単位の上限についてもなんらかの手続規制によって延長できるようにすべきではなかったかと思います。
常用代替防止については、労働者派遣制度は国によりかなり異なりますし、諸外国でもわが国のように法改正を繰り返している例がみられますので「世界標準」と言われるとどうかという感はあります(これが「細かくない」ところ)が、とりあえず今回の改正法案でも直接雇用の推進は盛り込まれました。いっぽうで現実的には今回の改正法案は派遣元での無期雇用化を志向しているようにも思われるわけで、そうであればそこは歓迎したいと思います。「期間の定めのない直接雇用が原則」といった、従来型正社員のみが好ましい雇用形態とするような発想は改め、派遣労働は派遣労働で立派な就労形態、キャリアのひとつとして位置づけ、いわば「市民権を与えた」うえで適切な保護の確保を考えるべきだろうと思います。
いっぽうで、職種制限をなくして予見可能性を高めたこと、事業所単位の期間制限を一定の手続きのもとに延長可能としては多様化が進む職場の実情に応じた運営を可能としたことなどは高く評価できるのですが、今回の改正法案で私が最も高く評価したいのは特定派遣も許可制として最低資金規制が適用される点です。
従来、特定派遣については常用雇用のみを派遣するため届出制でも労働者の保護に欠けるおそれは少ないと考えられていたわけですが、1年以上雇用されているか、またはその見込みであれば常用雇用という運用がされており、3か月契約×4回でも常用雇用と考えることができるため、事実上一般派遣と異ならない派遣業が届出のみで営業されている実態にありました。こうした業者は経営基盤が弱いことが多いだろうことは容易に想像できるわけで、実際、違法派遣や個別紛争などの大半はこうした業者で起こっていたと言われています。
それが今回許可制となり、少なくとも財務面で相当の経営基盤を有する業者でなければ営業できないこととなりますので、法を守れない業者、人事管理がまともにできない業者などの相当数は実際問題として淘汰されるのではないかと予想されます。また経営基盤の強い派遣会社は賃金支払能力も高いことが想定されますので、派遣労働者の労働条件改善にもつながるでしょう。
今回の改正法案では他にも新たな派遣先の提供など雇用安定措置の義務化、計画的な教育訓練の義務化などが織り込まれ、規制強化だ負担増だと反対する向きもあるようですが、私はこれもいいのではないかと思っています。上と同じ話で、そうしたことがしっかりできる派遣業者が生き延びてビジネスを成長拡大させていけばいいわけです。組織がしっかりした大手が有利だろうなとは思いますが、労働市場はかなりローカルなので地域性を生かした派遣会社や、特定分野に特化してその分野におけるマッチング力や人材育成力を高めるビジネスモデルもありうるでしょう。
ということで、乱暴承知で一口で言ってしまえば今回の改正法案は派遣元負担で派遣先の利便性を高めるものなので、普通に考えれば派遣料金は上がるだろうということになると思います。まあ、良質なものに適正な価格を支払うことは当然なので、派遣元も容認できるのではないでしょうか。単に派遣料金の金額を争うのではなく、派遣労働者の能力や派遣元による人事管理の良好さでも競争することを通じて、派遣労働者の処遇やキャリアも改善されていくというのが望ましい姿ではないかと思います。