東洋経済「給料はなぜ上がらない!」(3)

引き続き、東洋経済「給料はなぜ上がらない!」から、きょうは連合の古賀事務総長のインタビューです。こちらは「問い」も書かれています。

――労働分配率の低下を検証すると、2002年春闘で、トヨタ自動車労組がベースアップゼロで妥結したショックが、尾を引いたことが大きいようです。当時、何が起きていたのでしょう。
 一つはグローバリゼーション。冷戦構造の終焉とIT化の進展によって、ヒト、モノ、カネ、情報が一瞬で世界を駆ける体制ができた。企業は国際的な生き残りを強く打ち出し、当時の小泉内閣も企業の国際競争力を強化する政策を推し進めた。米国流の市場経済化により、株主価値を高め株価を上げることに注目が集まった。株主配分が増える一方で、経営側は社内のコスト削減、特に人件費を圧縮していった。
 一方、労働側はバブル崩壊の後遺症を抱えていた。雇用調整を二度と経験したくないという思いから、労組は従来のように賃金が上がらなくても、雇用の安定を図ろうという姿勢に傾いていた。連合も、賃金(年功)カーブを維持して、組合員の賃金が上がりさえすればいいという対応になった。交渉で経営側に押され、利益配分が歪んでしまった。
 その結果が、いざなぎ景気を超える景気拡大にもかかわらず、労働者や国民には実感のない景気回復だ。構造改革派は、国際競争力が強まり一部の企業が業績を伸ばせば、中小企業も含めて日本経済全体に波及すると主張していた。経済成長は輸出主導で達成され、昨年10〜12月期の国内総生産(GDP)成長率は3.5%だという。しかし、輸出と並ぶ日本経済のエンジンである内需個人消費には波及せず、横ばいが続いている。
 連合は05年から、特に賃金改善に取り組んでいる。福田首相日本経団連の御手洗会長に賃上げを要請したが、政府も内需活性化の重要性に、ようやく気づいたのではないか。
(「東洋経済」第6135号(2008年3月29日号)から、以下同じ)

まあ、ここは一言ではなかなか言い尽くせない内容なので、短い記事では限界もあるでしょう。労組の立場からは自己批判も含めてこう言うしかないのだろうと思います。私は、労組が長期不況化で雇用維持を最優先する対応をとったことはそれなりに合理的な対応だと思いますし、組合員の意志を踏まえていたという意味で正当でもあったと思いますが。
で、ある程度組合員の雇用不安も遠のいた05年からは賃金改善に取り組んでいるというのもうなずける話で、実際にそれなりの成果もあがっているといえるのではないかと思います。
それはそれとして、どうでもいいことではありますが、いつも思うので久しぶりに書きますが、「構造改革」ってのはもともと江田三郎とかが主張していた社会党右派の理念で、「構造改革派」ってのもその理念を共有する日本共産党の一派ではなかったでしょうか?こういうところで「構造改革派」とか出てくると、なーんか違和感あるんですが、まあ気にするほうがバカなんでしょうが…。

――組合員の雇用は守られていますが、その代償として非正規雇用が増えたのでは。
 企業のコスト削減によって、1997年から07年までに正規雇用が370万人減る一方、非正規雇用が580万人も増えた。もっとも、正社員も法的に終身雇用を守られているわけではない。労使慣行あるいは経営者の考えによっているにすぎない。
 非正規雇用問題は、正規社員が非正規社員の分まで取っているという労働者間の問題ではない。労働者への配分が減らされているのだ。01年を100とした1人当たり人件費は7%減る一方、株主への配当は3.8倍(06年)、役員報酬は1.9倍(05年)に増えた。この労働者と株主、経営者の間の配分の差はおかしい。問題の根源にあるのは、労働分配率を含めた利益配分のひずみだ。

うーん、ここでも「正社員も法的に終身雇用を守られているわけではない」ときましたか。まあ、規制緩和屋さんたちがいうには世界でも最も厳しい部類に入る規制で守られてはいますが、それにしても一応解雇権はあるわけなので、一人たりとも解雇されないわけではないという意味では「守られているわけではない」ということになるのかもしれませんが。
さて、続く「非正規雇用問題は、正規社員が非正規社員の分まで取っているという労働者間の問題ではない。労働者への配分が減らされているのだ」というのは、きのうの宋氏のご意見とは正反対ですね。以前も紹介したように、この特集記事の本文でも「企業経営者は「将来不安が強い中、賃金を上げても貯蓄に回る」と主張するが、年収300万円以下の賃金底上げは確実に消費に寄与する」と指摘し、正社員より非正規労働者の賃上げを優先することを提案していますが、さすがに後でも出てくるように連合としては正社員は後回しとか正社員を下げてでもとは言えず、正社員も非正規労働者も、としか言いようがないのでしょうが、とりあえずこれは格差温存の論理でもありますが…。
ところで、「01年を100とした1人当たり人件費は7%減る一方、株主への配当は3.8倍(06年)、役員報酬は1.9倍(05年)に増えた。この労働者と株主、経営者の間の配分の差はおかしい。問題の根源にあるのは、労働分配率を含めた利益配分のひずみだ」というのは、おかしいとかひずみとかいうのは価値判断の問題なので間違いとは言えないにしても、あまり適切な議論であるとは思えません。人件費が固定費で、業績変動にともなう変動は小さく、とりわけ月例賃金の下方硬直性は強いのに対し、配当や役員報酬変動費なので、当然業績の変動によって人件費よりはるかに大きく変動します。01年といえば企業が業績不振にあえいでいた時期で、無配転落や役員報酬返上に至った企業も少なくありません。それに対し、いかに業績不振でも賃金がゼロになったという話はちょっと聞きませんし、賞与がゼロというのもあったとはいえごくごく例外的だったでしょう。こうした変動幅、リスクの違いを無視して単純に不況期と好況期を取り出して配当・役員報酬と人件費を比較するのは、たしかに見た目のインパクトは強く「わかりやすい」かもしれませんが、あまり意味のある議論とは私には思えません。労働者により多くの利益配分を求めるのは労働組合としてまことに当然かつ正当なことだと思いますが、理論武装はもう少し考えられたほうがいいと思います。

――非正規労働者の問題に、連合はどう対応しますか。
 連合としては、まず約1700万人の非正規雇用の約半数を占めるパートタイマーの労働条件向上と組織化を目指してパートタイム共闘会議を設立。国会ではパートの待遇を改善するパートタイム労働法を改正(今年4月施行)させた。さらに低賃金の非正規社員の増加は、回り回って正社員の居場所を減らし、処遇にも影響していくという問題意識を組合員に訴えて、非正規労働センターを立ち上げている。
 低賃金、有期雇用で労働者のチームワーク、技術・技能の伝承を中長期的に守れるのか、ということを経営陣に訴える。また、登録型派遣、日雇い派遣など問題の多い派遣業務の法規制を求めていく。
――派遣業務の規制は硬直的な労働市場に戻る危惧につながりませんか。
 雇用や働き方の多様性を否定するつもりはない。しかし、そこには守るべき条件が2つある。一つは、本人の意思が雇用形態の選択に反映されること。もう一つは正規雇用と均衡のとれた待遇だ。もちろん、責任や人事処遇が異なる以上、まったく同一とまではいかないが、今の格差は大きすぎるだろう。
――個人消費を促すため、まず非正規社員の収入を増やそうという議論があります。
 労働組合として、非正規社員だけを増やせとは言えない。だが、賃金原資の増額分を非正規雇用労働者に回そうという組合も出てきている。いずれにしろ、労働側全体の底上げを図ることが重要だ。そのためには、最低賃金の引き上げと、将来不安に備えるセーフティネットである社会保障をきちんと整備することだ。そうすれば、個人消費も増えて、内需拡大につながる。

非正規労働者の組織化を進めるというのはナショナルセンターとして有意義なことだろうと思います。また、「低賃金、有期雇用で労働者のチームワーク、技術・技能の伝承を中長期的に守れるのか、ということを経営陣に訴える」というのもまことに大切な観点と申せましょう。もっとも、訴えられた経営陣としてみればそんなことはとっくに承知しているというのが大半だろうとも思われるわけで、むしろ企業経営者としてみれば企業継続のために技術・技能の伝承を中長期的に守りたいと考えているでしょう。それができないのはなぜなのか、ということを考えなければならないわけで、それはたとえば「株主価値を高め株価を上げることに注目が集まった」といったところに問題があるのかもしれませんし、ひょっとしたら宋氏がいうように「正社員の優遇」に本当に問題があるのかもしれませんし。いずれにしても労使でしっかり協議すべき問題だろうと思います。
「本人の意思が雇用形態の選択に反映されること」というのは悩ましいところで、正社員としての雇用を望んでいるのに非正規雇用の働き口しか見つからない、というケースを念頭に置いているのでしょう。もちろん、自分の望む雇用形態の仕事があることが望ましいことは間違いないにせよ、100%希望どおりにするというのも無理に違いありません。結局のところ、求人が十分にたくさんあれば望む働き方の仕事が見つかる可能性も高くなるわけで、なにより求人を増やす努力が必要だろうと思います。
正規雇用と均衡のとれた待遇」についても、「責任や人事処遇が異なる以上、まったく同一とまではいかない」というのはそのとおりですが、「今の格差は大きすぎるだろう」という推測には議論があるでしょう。世間ではなんとなく「格差は大きすぎる」といった雰囲気になっているわけですが、やはり個別にしっかりと見て、この仕事、この働き方、これだけの貢献であれば、こちらのこれと較べると低すぎるだろうとか、事実をふまえた判断を行うべきものではないかと思います。まあ正規も非正規もばらつきは大きいので、比較といっても簡単ではありませんが、制度づくりの努力は必要なように思います。