東洋経済「給料はなぜ上がらない!」(4)

ブログを進行する必要上もあり(笑)、東洋経済の特集「給料はなぜ上がらない!」を引っ張ります。きょうは日本総研の山田久主席研究員の「国際比較から見た労働分配率の適正水準 下がりすぎの分配率 成長には賃上げが必要」と題する寄稿です。まず各国の労働分配率の比較、日米独の労働分配率の推移の比較が示され、「資本集約的産業のシェアが高い国ほど労働分配率が低くなる傾向がある」と指摘します。その上で、国際比較の有意義な利用法としてこう述べています。

 実は経験則的には米国の労働分配率を、わが国の適正水準を考えるに当たっての一つの有効なメルクマールとして考えることができる。
 1990年代以降について見れば、米国の労働分配率はわが国と比べてその変動が小さい。これは、米国企業は株価上昇の条件である利益の確保のために、業績が悪化すれば容易に人員リストラを行うことができるためである。この結果、付加価値額の変動に対して人件費が柔軟に調整されることになる。
 これに対し、わが国ではバブル崩壊後景気低迷が長期化したが、人員削減が難しいため人件費を一気に削減することができず、労働分配率は大きく上昇した。分配率が低下に転じたのは、春闘でベア統一要求が断念される一方、景気回復が定着した2002年ごろ以降である。
 以上を踏まえ、90年代以降の両国における労働分配率の動きを見ると、93年前半と04年後半にクロスしていることに気づく。93年前半は、ちょうどわが国企業の人員過不足感が「不足」から「過剰」に転じた時期に当たる。一方、04年後半は逆に人員が「過剰」から「不足」に転じた時期にほぼ相当する。
 ここで労働分配率と人員過不足感の相関は高く、過不足感がゼロとなるあたりに労働分配率の適正水準があると考えられる。そうであるならば、米国の労働分配率は、わが国にとっての適正水準を示す目安になるといえよう。したがって、足元のわが国の労働分配率が米国を若干ながらも下回っていることは、少なくとも、人件費の伸びを付加価値増加率以下に抑える財務的な根拠はなくなったことを意味している。
 ちなみに、過去の時系列的なトレンドを引いてみても、足元の労働分配率はやや下がりすぎとの印象を受ける。
(「東洋経済」第6135号(2008年3月29日号)から、以下同じ)

雑誌ではこの部分でグラフが2つ掲載されていて、それがないとかなりわかりにくいかもしれません。
さて、山田氏は日米の産業構造(労働装備率)はほぼ同じだという仮定をおかれているようで、それが妥当なのかという疑問があるわけですが、おそらく妥当なのでしょう。「労働分配率と人員過不足感の相関は高く、過不足感がゼロとなるあたりに労働分配率の適正水準があると考えられる」というのも一応納得のいく議論です。ただ、それをもって「足元のわが国の労働分配率が米国を若干ながらも下回っていることは、少なくとも、人件費の伸びを付加価値増加率以下に抑える財務的な根拠はなくなったことを意味している」とまで言われるといささか違和感があります。山田氏も述べているように、日本では米国のように「容易に人員リストラを行うことができ」人員の「過不足感がゼロとなる」よう「人件費が柔軟に調整」できるわけではありません。だから労働分配率が不況期に上昇し、好況期に下降するわけで、企業にしてみれば不況期に高すぎる分を好況期に調整して「取り戻す」ことで長期的に均衡させているともいえるわけでしょう。であれば、「足元のわが国の労働分配率が米国を若干ながらも下回っている」というのは、これからしばらくの間は「取り返す」時期が続くと考えるべきではないかと思います。かつて山田氏が主張していた(と思うのですが)ように、日本も米国並みにレイオフなどができるようにすれば話は別でしょうが…。
「過去の時系列的なトレンドを引いてみても、足元の労働分配率はやや下がりすぎ」というのも同じことで、たしかにトレンド線からは下方に乖離していて「下がりすぎ」といえなくもありませんが、それまでしばらく「上がりすぎ」が続いていたことの調整という観点も考慮する必要があるのではないでしょうか。
ということで、山田氏は続けて大企業はすぐにも賃上げすべきとの論を展開していますが、私としては同感しかねます(議論に同感できないというだけで、賃上げそのものを否定しているわけではありません。為念)。
続けて、山田氏はわが国の今後の労働分配率の動向を展望していますが、中国やインドなどでも賃金水準が上がっていて世界的な労働力超過は解消に向かいそうであること、外需が縮小する中で内需主導型に成長パターンをシフトする必要性があることから、「労働分配率が上昇トレンドに転じるとまでは言えないにしても、少なくともこれまで以上のペースで労働分配率に低下圧力がかかるということはないと判断」しています。
で、結論としてはこういうことのようです。

 大手企業の労働分配率の「下げすぎ」により、家計に対する富の分配が過小となって内需の停滞が続いてきた。それでも昨年までは強力な外需が経済成長を牽引した。しかし、今後は外需の減速が不可避な中、賃金下落・消費減退が景気悪化を招くリスクが高まっている。
 そうした「負のスパイラル」に歯止めをかけるには、財務体質の健全化を果たした企業が、生産性向上分を賃上げに十分に反映させることが不可欠である。もっとも、成長期待がしぼんでいく国内に賃金として還元するよりも、高い成長が期待できる海外事業展開のために資金を使おうという姿勢が強まるのは、企業としては合理的な行動ともいえる。
 流れを変えるには、国内の成長期待が高まるよう政府が行動を起こす必要がある。日本経済の中長期の成長ビジョンを明示し、その実現に向けた包括的政策パッケージの策定・着手が喫緊の課題といえよう。

大手企業の賃上げはまたしても格差拡大への道ですが、それはそれとして、後段はまことにそのとおりと申せましょう。いかに福田首相が強く要請したとしても、企業に無理やり賃上げさせることはできないわけで、どうしてもやりたいのなら「財務体質の健全化を果たした企業」の「生産性向上分」に重課税して、再分配でばらまく、ということになるでしょう。とはいえ、こうした財務健全化や生産性向上にペナルティを与えるような政策が好ましいという感じはしません。ということは、やはり賃上げすることがリターンにつながるという状況を作っていく必要があるということで、そのためには山田氏のいうように企業が高い成長期待を持てるような政策努力が必要だろうと思います。