東洋経済「給料はなぜ上がらない!」(2)

引き続き、東洋経済「給料はなぜ上がらない!」を取り上げます。本文に続いて、労使・有識者のインタビューや寄稿がいくつか紹介されています。
まず、ソフトブレーン創業者の宋文洲氏のインタビューです。中国生まれの人ですが、ビジネス経験は日本だけのはずなので、まあ普通のベンチャー経営者の感想というところでしょう。

 日本の会社には見せかけだけのものがたくさんあるが、春闘はその代表的なものだ。労働者と経営者は対立などしてはいない。大手企業の経営者は、労組委員長だった人も多い。
 両者はプロレスリングのショーのようなことをしているだけだ。春闘ができる大手企業の正社員は、経営者との利益共同体を構成している。だから、引退したサラリーマン経営者を顧問や相談役の名前で優遇しても怒らない。お互い様だと思っているのだ。
(「東洋経済」第6135号(2008年3月29日号)から、以下同じ)

外からは「見せかけ」「プロレスリングのショー」のように見えるものの背後にどれほどのものがあるかは当事者はもちろん承知しているわけですが、まあご存知ない方はこういう感想になるのでしょうか。「お互い様」って、正社員が全員顧問や相談役になれるわけじゃないんですけどね。

 むしろ、組合員でもなく春闘の蚊帳の外に置かれた労働者たちが、アンフェアな地位に置かれている。春闘に登場する労働者は、現実の労働者の実態とはかけ離れたものになっているのではないだろうか。
 たとえば、日本の就業人口の大半を占めている中小企業の社員。労働条件が悪くても、組合がない会社も多いから春闘にも参加できない。労働基準法違反がすぐに問題になる大手企業と違って、労働基準監督署の監視も行き届きにくい。また、大手のサラリーマン社長に対して、中小企業のオーナー経営者は、利益を自分のものにできる分、そうした企業の社員は搾取をされやすい構図の中にいるといえるだろう。
 もう一つ不公正な地位に甘んじているのが派遣、契約社員やパート、アルバイトなど非正規雇用の人たちだ。彼らは、賃金だけでなく、安定性、福利厚生などあらゆる面で正社員よりも不利な労働条件になっているが、彼らを代表するような労働組織はなかった。
 そうした労働者こそが闘うべきだ。労働条件が悪いなら、法律を勉強し、組合を結成するなり、地域ユニオンに参加するなりして、声を上げることが大切。自分は労働者なのだという意識を持たなければいけない。グッドウィルの労働者たちが組合を結成したことで、経営陣は交渉に応じた。これはいい事例だ。

ベンチャー経営者に「大手のサラリーマン社長に対して、中小企業のオーナー経営者は、利益を自分のものにできる分、そうした企業の社員は搾取をされやすい構図の中にいる」と言われると迫力ありますねぇ(笑)。とはいえ、現実には日々資金繰りに奔走し、日夜をわかたず働きづめというのが中小企業経営者の多数ではないかと思うのですが。
また、春闘を「見せかけ」と言っておきながら「組合がない会社も多いから春闘にも参加できない」というのもクビをひねりますが、それはそれとして「労働基準監督署の監視も行き届きにくい」というのはまことにそのとおりでしょう。大企業にも問題は多々あるでしょうが、割増賃金だけではなく賃金すべてが不払いというような悪質な事例はやはり中小企業で発生しがちなわけです。監督官としてみれば比較的楽に成績をあげやすい大企業に向かいたくなるのも心情的にはわかりますが…。
グッドウィルが「いい事例」と持ち上げられて、グッドウィルの経営者はどんな心境なのか興味深いところですが、もちろん団体交渉を通じて労働条件の改善が図られることは望ましいことでしょう。ただ、それは入口であって、本当に大切なのはこれから団体交渉、労使関係をよりよいものにしていくムーブメントなのですが。ときに、「自分は労働者なのだという意識を持たなければいけない」とおっしゃいますが、宋氏は非正規雇用の人は自分は労働者なのだという意識を持っていないとお考えなのでしょうか?

 日本の大手優良企業の経営者は、終身雇用のよさを吹聴している。労働者を大切にすると。ところがこれは神話だと思う。実際には工場の現場にたくさんの派遣社員がおり、そのおかげで人件費という固定コストを削減し、正社員を優遇できているにすぎない。
 正社員の終身雇用だって契約で保証されているわけではない。海外では3年とか5年の雇用契約期間があるが、日本の場合はいつ解雇されるかわからない。それを証明した大量リストラの時代の苦い記憶が正社員たちにプレッシャーをかけ、サービス残業などに走らせる。

なんとなくベンチャー経営者は長期雇用を嫌うようなイメージがあるのですが、私の偏見でしょうか?ベンチャー企業では長期雇用はなかなか難しいというのはわかりますが、難しいから嫌いだというのもちょっと…まあこれはいいがかりなのでそれはそれとして、長期雇用のよさを吹聴しているからすべての従業員を長期雇用にしなければならないという理屈はもちろんないわけで、派遣がたくさんいるから「神話」だ、ということにはならないでしょう。大切にすべき労働者を大切にし、優遇すべき労働者を優遇するというのは、宋氏の経営する企業でも同じことではないかと思うのですが。
それから、労働契約法には解雇権濫用について定められていますし、契約の期間の定めがなく、労働契約の内容となる就業規則で解雇事由や定年制などが定められているのであれば、長期雇用は一応「契約で保証されている」と考えていいはずです。さすがに3年や5年の有期雇用と日本の正社員一般とを較べて正社員のほうが不安定だという人はかなり珍しいのではないでしょうか。有期雇用を正社員にしろと主張する人はたくさんいるようですが…。大量リストラの時代にしても、解雇されなかった労働者のほうが解雇された労働者よりはるかに多いわけですし…。サービス残業しないとリストラされそうだからサービス残業する、という労働者は、まあ中にはいるでしょうが、こうも一般化していうほどたくさんいるのかというと疑問です(別にサービス残業がないとかいいとか言っているわけではありません。為念)。

 日本の会社では、残業が会社への忠誠心を示すものになっている。早く帰ると「こいつやる気がない」と評価されるから、周囲が互いに牽制し合って残業するという奇妙なことになっている。私の友人は若い頃、台風で電車が止まると、その日は仕事にならないからと有給休暇を取っていた。ところが、他の同僚たちは歩いてまでして出社する。そうやって来ても仕事をするわけでもなく何となくいるだけ。揚げ句の果てに夕方の早い時間に飲みに行っている。でも、休暇を取った彼のほうが上司に怒られた。意味のない忠誠心が多すぎる。

もちろんそういう実態も一部にはあるにせよ、たまたま宋氏にそういう友人がいたから日本の会社は全部そうだ、と言われても困るわけですが、多すぎるかどうかは別として、意味のない忠誠心が困るというのはまさに宋氏の実感なのでしょう。とりわけ、意味のない忠誠心を示して、それに対する反対給付を求めたりされると迷惑だというのはいかにもありそうな話です。もっとも、意味のある忠誠心というのも当然あるわけで、そちらはうまく活用するのが賢明な人事管理だろうとも思いますが。

 残業は、本人の生産性を低下させる。オフィス街の喫茶店では夕方、多くのサラリーマンが残業に備えて休んでいる。深夜に会議をするから、結果として女性を職場から締め出してしまう。時間的にも、人材活用面でもひどく効率の悪いやり方だ。見せかけがもたらすムダをなくすには、精神論を廃して、公正さ、効率性を求めるような、組織、個人の意識改革が求められる。(談)

残業というか、長時間労働が生産性を低下させるというのはそのとおりでしょう。深夜に会議をするのが非効率だというのもまことにごもっともです。それはいいのですが、残業するのは意味のない忠誠心で精神論であるとか、春闘は見せかけでムダであるというのは、いかにも皮相・一面的な見方のように思えます。インタビュー記事ということで限界はあるでしょうし、編集の問題もあるでしょうが、この記事を読むかぎりでは、公正さ、効率性といってもさまざまな考え方があるわけですが、宋氏はご自身の信じる公正さ、効率性が唯一絶対正しいとお考えになっておられるように感じられてしまいます。