同一労働同一賃金

37頁では「同一価値労働・同一賃金論とこれを拡大・援用した職種別同一賃金論についての考え方を示したい。」として、以降次のような記述があります。

まず、日本経団連は、同一価値労働・同一賃金の考え方に異を唱える立場ではないことを明確にしておきたい。同一価値労働とは、将来にわたる期待の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらす労働である。このような労働は、同一処遇で報われるべきである。2008年4月から施行される改正パートタイム労働法において、同じ事業所で、職務の内容や配置の変更などが通常の従業員と将来にわたって同じであると見込まれるパートタイム従業員について、賃金などで差別的な取り扱いを行うことが禁じられたのも、こうした考え方によるものである。
ただし、これは同じ事業所内で同一時間働けば、同一の賃金で処遇されるということではない。人によって熟練度・職能レベルはまちまちである。各従業員の責任や見込まれる役割などは異なる。就業時間帯や配置転換の有無なども契約により違う。このような差異があれば、同一時間の労働であっても、処遇には合理的な差がありえる。

これは要するに、長期雇用慣行のなかで、長期間、しばしば入社から定年退職までの期間を通じての「同一価値労働・同一賃金」を実現しようという考え方だと理解すればよいのだと思います。長期雇用においては、長期にわたる熟練と定着を意図して、未熟練の若年期には生産性より高く、ある程度熟練してから以降は生産性より低く、退職近くなってくるとまた生産性より高い賃金を支払い、最後に退職金を支払うことで、この期間を通じて「同一価値労働・同一賃金」になるような賃金体系になっていることが多いわけです。したがって、一時間とか、あるいは一ヶ月とか一年とかの短期のスパンで「同一価値労働」を議論しても意味はない、ということをここでは述べているのだと思います。

 次に、一部有識者などが提唱している職種別同一賃金論であるが、これは同一職種であれば、事業所や企業の別なく同一賃金を求める議論である。しかし、事業所や企業が別な場合は、生産性が異なる。立地や時期が違えば、労働需給も異なる。したがって、事業所や企業の枠を越えて同一職種の労働に対し同一の処遇を求めることは合理的な根拠を欠く。
 このような全国一律の賃金は、法により統制するか、あるいは、全国的な職種別団体交渉を前提としなければ実現できない。いずれの仕組みもわが国においては存在せず、職種別の全国同一賃金説は社会的基盤を欠いている。

これは結局のところ、同じ業界の別の企業でほとんど同じ仕事をしていても、業績のよい企業の賃金は高く、悪い企業の賃金は低いということを認めるかどうかという議論ではないでしょうか。日本企業では一般的にこれはむしろ当然の慣行として認められてきました。その背景には、働く人、特に正社員については、それぞれが企業業績に一定の寄与をしているという考え方があるのだろうと思います。業績がよいのは、決して経営者だけの功績ではなく、働く人一人ひとりがそれなりの貢献をなしたからであり、したがって他社で同じ仕事をしている人より賃金が高くなってよい(「同じ」の定義にもよるのですが)という考え方です。日本では、現業部門などの従業員に対しても、欧米に較べて高額の賞与が業績を反映して支給されているのもその現れでしょう。
もちろん、業績はすべて経営者と幹部の責任であり、業績が好転しても賃金は上がらないかわりに、業績が悪化しても同じ賃金が保証されるべきだ、という考え方もあると思います。大陸欧州などで、全国的な職種別団体交渉で賃金決定されている国はそうなのでしょう。これはつまるところ、誰でも同じ仕事が同じようにできる、労働者は交換可能なパーツだという考え方に似ているように思います。もちろんそれが悪いわけではなく、そのほうが労働者にとって有利な面もあるでしょう。
したがって、一般的にどちらがいいとは一概には言えないでしょうが、報告書のいうように、後者を採用するためには相当の条件整備が必要なわけで、あまり現実的ではないということは間違いないと思います。
報告書はさらにこう続きます。

 のみならず、こうした賃金決定が行われることになれば、労働市場は職種ごとに分断される。その結果、労働市場流動性は著しく低下する。就業者のキャリアアップに向けたチャレンジの機会は狭まり、就労意欲は減退する。企業も競争力強化の手足をしばられ、産業構造の高度化は進まなくなる。職種別同一賃金はわが国が選択すべき方向ではない。

うーん、職種別賃金論者の言い分としては、少なくとも分断された職種別労働市場の内部においては現在より流動性が著しく向上し、規制緩和論者に言わせれば企業のリストラを通じて労働力という資源の効率的な配置が可能となる、ということになり、規制強化論者に言わせれば転職が容易となることで労働者が企業に従属せずにすむようになる、ということではないかと思うのですが。しょせん職種転換は困難をともなう以上、労働市場が分断されようがされまいが流動性にそれほど変化はないのではないかという気がするのですがどんなものなのでしょう。まあ、職種別賃金=全国的な職種別団体交渉=全国的な職種別労働組合=「旋盤工は一生旋盤工」的な職種固定=職種転換・キャリアアップが困難、というイメージにもとづく議論なのだろうということはなんとなくわかりますが。
現実には、職種転換は企業内で雇用を維持されつつ行われる、あるいは維持の必要のために行われることも多いですし、キャリアアップも企業内昇進で実現することも多いわけですから、外部労働市場の流動化がこれらに資するという論点もあまり強調することはできないように思います(もちろん一定の貢献はあると思いますが)。