請負労働者の直接雇用化

きのうの読売新聞に、キヤノンが「偽装請負」との批判を受けていた製造部門の請負労働者を直接雇用に切り替えていくという記事が掲載されていました。

 キヤノンは2007、08年度の2年間に、国内のグループ19社の製造部門で働く計3500人の派遣社員や請負労働者を、正社員などの直接雇用に切り替える計画を明らかにした。同社は、請負業者の労働者を、正社員の指揮下に入る派遣社員のように働かせる「偽装請負」があったとして、03〜05年に労働局から計7件の文書指導を受けた。この問題の反省を踏まえ、派遣社員らの正社員化に取り組む姿勢を強める。
 2年間にグループの製造部門で新卒採用を含め計5000人を正社員などの直接雇用で採用。このうち、現在、派遣社員や請負労働者として間接雇用している従業員から1000人を中途採用の正社員として、2500人を契約期間3年未満の期間社員として採用する計画だ。
 同グループの製造部門では、従業員の75%にあたる約2万1400人が間接雇用(派遣社員約1万3000人、請負労働者約8400人)。偽装請負の指摘を受けて昨年8月、御手洗冨士夫会長(日本経団連会長)の指示で「外部要員管理適正化委員会」を設け、雇用形態を見直してきた。
 団塊世代の大量退職を背景とした人材確保や「偽装請負」問題を契機に、大手企業では間接雇用の非正規社員を直接雇用に切り替える動きが広がっている。 (平成19年3月25日付読売新聞朝刊から)

一般論としてですが、「偽装請負」と呼ばれるようなグレーな就労が増加したのは、期待成長率の低下にともない従来以上に柔軟な雇用量の調整が必要とされるようになった中で、労働者派遣法が製造現場への派遣を禁止していたため、派遣にかわる柔軟な労働力として請負が活用されたことが大きな理由でしょう。その後この規制は撤廃されたものの、派遣期間の上限が1年と規制されているため、さらに長い就労を可能とする方便として継続的に使われているようです。
とりあえず、現行法制下でグレーゾーンをなくしていこうとすれば、大雑把にいえば1年以上の勤続を期待しない仕事については派遣労働に、1年を超えて3年までの勤続を期待するならば期待する期間の有期雇用に、それ以上を期待するのであれば期間の定めのない雇用(いわゆる正社員)に、それぞれ移行すればいいということになります。今回のキヤノンの対応も、基本的にはこうした線に沿っているといえるでしょう。もちろん、正社員として採用するとその分は雇用人数の柔軟性が失われることは考慮に入れているはずで、それが21,400人中1,000人という人数に現れているのでしょう。
さて、ともかくこれで法的グレーゾーンはなくすことができるとして、それはそれで結構な話ですが、これが本当に労使にとっていいことなのかどうかはまた別問題かもしれません。
もちろん、正社員に登用される1,000人の方にはまことにご同慶です。もっとも、21,400人中1,000人という狭き門ですから、その恩恵を受けるのは技能と将来性に優れた限られた人にとどまると思われます。パートや契約社員の正社員登用制度を持っている企業は多く、登用実績も増加しているようですが、今回のキヤノンの対応は派遣や請負を正社員採用するというところが多少目新しいといえばいえるかもしれません。なお、これは請負会社の側からみれば貴重な戦力を引き抜かれるということに他ならないことには注意が必要でしょう。まあ、この請負会社でがんばればキヤノンの正社員になる道がある、というのは請負会社の人材確保にも資するものではあるでしょうから、長い目でみれば請負会社にもメリットがあるということにもなるのでしょうが…。
問題は期間社員になるとされる2,500人で、この人たちが請負会社でどのような雇用形態になっているのかが気になるところです。請負会社でも有期雇用などの不安定雇用だとすれば、雇主が優良企業に変わることは大いに歓迎でしょうが、もし、請負会社で正社員雇用されているとすると、請負会社の正社員からキヤノンの期間社員になることになり、仮に賃金などは改善するとしても、雇用の安定は著しく損なわれてしまいます(さすがに経営はキヤノンのほうが請負会社より相当安定しているでしょうが、最長3年の期間社員にとってはそれはほとんど無関係と思われます)。となると、請負会社の正社員の中には、キヤノンの期間社員になることを望まない人も出てくるかもしれません。このとき、それでは期間社員ではなく正社員にしましょう、ということには当然ならないわけで、キヤノンとしては請負労働者の直接雇用は断念し、労働市場から別途期間社員を採用してくるということになるでしょう。この結末は、新たに期間社員の職を得る人には恩恵ですが、請負会社、請負労働者にとってはあまりハッピーな結果とはいえません。キヤノンはといえば、請負労働者を雇用することはできないわけですが、グレーゾーンは解消できるので、トータルでみればメリットがあるのでしょうか?
まあ、現実にはなるべく請負会社の非正社員を中心に期間社員としての直接雇用に移行して、全員にメリットがあるようにするという運用が行われるのだろうとは思いますが、やはり現行の法制度や労働政策に欠陥があるように思えてなりません。もともと、請負に対する規制が厳しいのは、かつての労働者供給事業が有していた強制労働、中間搾取といった悪弊を排除するためであり、こうした前近代的な悪弊が相当程度解消した(ゼロになったわけではないことは承知しておりますので念のため)こんにちにあっては、やはりより実態に即した法制度や労働政策が必要なのではないでしょうか。具体的には、たとえば法制度としては派遣法や有期雇用の規制緩和であり、労働政策としては、一般派遣から特定派遣への移行を促進する取り組みなどが必要ではないかと思います。