日経経済教室の派遣法改正特集

先々週から先週にかけて石川県白山市和歌山県田辺市という豪快な山籠もりを決行しました。なにやってんだろう私。とりあえず平成の大合併でずいぶん市域が広くなったもんだと実感しました。
さてこの間も世の中はいろいろと動いているわけですがわたくし的には今般の改正派遣法成立を受けて日経新聞が「経済教室」で3回シリーズの特集を組んだのがなんといっても注目です。八代尚宏先生、大内伸哉先生、安藤至大先生という豪華ラインナップですが一部のみなさまには紙面を引き裂きたくなりそうなこらこらこら、いや日経新聞らしいメンバーだなとも思わなくはなく。
さて簡単に感想など書いていきたいと思いますが、9月24日付に掲載された八代先生の論考は派遣労働そのものというよりは、最初のほうでこう述べられているように、

…不況期の雇用調整や事業再構築時に、解雇される労働者に適切な金銭補償をするという、先進国共通のルールを日本にも導入する必要がある。派遣法の改正は、派遣と裏表の関係にある正社員の働き方改革と一体的でなければならない。
平成27年9月24日付日本経済新聞朝刊「経済教室」、以下同じ)

労働市場・雇用慣行全体を視野に入れた一体的な議論となっています。まず

 派遣労働は、不況期に契約が打ち切られやすく不安定な働き方といわれるが、それは企業が正社員の雇用責任を果たすための調整弁として用いているからだ。…「派遣の業務が拡大すると、派遣の働き方が生涯固定化される」という批判もある。裏返せば「派遣の業務を制限すれば、企業はやむを得ず正社員を増やす」という論理になるが、その保証は全くない。過去20年を超える低成長下で、雇用が保障される正社員の数はほぼ一定水準にとどまる。一方で、派遣を含む非正社員の傾向的な増加により、失業の増加が抑制されてきた。…
…新卒一括採用で入社した社員がどんな業務でもどの地域でも働くという会社にとって都合の良い働き方で、定年退職時までの雇用と定期昇給が保障される正社員は、企業組織が持続的に拡大した高成長期に普及した働き方だ。労使がいつまでも固執すれば、今後の低成長期には、企業は雇用を保障できる範囲内に正社員数を抑制せざるを得ない。

と指摘し、

 もともと同一企業内での配置転換を通じ長い時間をかけて固有の技能を身につける正社員と、どの企業でも共通した汎用的な技能を持つ派遣社員は、補完的な関係にある。今後、労働力が減少する日本で、なぜ職務を限定しない正社員の働き方だけを保護し、それ以外の多様な働き方を制限しなければならないのか。

と問題提起します。そして、今回の派遣法改正の意義として、

…雇用規制の強化では、既存の正社員の雇用を守れても、全体のパイを増やすことはできない。経済社会環境の変化に対応した正社員の働き方を改革し、派遣を含む非正社員との働き方の壁を引き下げることが、本来の労働市場改革の方向である。
 派遣労働は、欧米諸国と同じ職種別労働市場の典型例であり、同一労働・同一賃金が成立している。これが企業別に分断された日本の正社員の労働市場と矛盾することが、派遣問題の本質である。…
 実現への最大の障害は、長期雇用保障と定期昇給の代償として、どのような職種・場所でも無限定に働くことを強いられる正社員の働き方だ。…
 今回の派遣法改正は、派遣社員と正社員の均衡化へ向けた第一歩といえる。…変わらなければならないのは、同一労働・同一賃金の原則から、大きくかい離した正社員の年功賃金などの働き方である。

と評価しつつ、「「正社員を保護する派遣法」の基本的な矛盾は解消されていない」と結論づけています。
全体的にやや従来型正社員の働き方に対して否定色が強いものとなっていますが、これはいつものように規制改革のアイコンとしての役割を意識されたものでしょう。現実的には八代先生も指摘されているように「どんな業務でもどの地域でも働くという会社にとって都合の良い働き方で、定年退職時までの雇用と定期昇給が保障される正社員は…雇用を保障できる範囲内に…抑制せざるを得ない」ということになり、具体的にどの程度の割合になるのかは産業・企業によって多様だろうと思いますが(自社型雇用ポートフォリオ)、基本的には基幹的職務を担う人たちの働き方として残っていくでしょう。ここでは、八代先生も「長い時間をかけて固有の技能を身につける正社員と、どの企業でも共通した汎用的な技能を持つ派遣社員は、補完的な関係にある」と指摘しているように、キャリアや職能が根本的に異なっているため「同一労働」としての比較可能性はきわめて限定的で、「均衡」配慮にとどまらざるをえません。
つまり、八代先生の議論のポイントは、従来型正社員の一定部分を派遣労働者との「同一労働・同一賃金」が成立するようなものに変えて行くということだろうと思います。それはつまり派遣労働者と同じように(もちろんそうそうきれいに割り切れるわけではないでしょうが)「汎用的な技能を持つ」「職種別労働市場の」正社員であり、「不況期の雇用調整や事業再構築時に、解雇される労働者に適切な金銭補償をするという、先進国共通のルール」が適用される正社員、ということになります。要するに昨今議論されている「従来型の正社員と較べて拘束度が低く雇用保護も限定的な限定正社員」の一種であり、これはたしかに「正社員の働き方を改革し、派遣を含む非正社員との働き方の壁を引き下げること」だということになるのでしょう。
次に9月15日付で掲載された大内伸哉先生の論考ですが、これはhamachan先生から一言あるだろうと思ったら案の定でした(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-aea3.html)。もちろんhamachan先生のご指摘も当たってはいるわけで、実際問題としても常用雇用から派遣労働者の代替がさかんに起きたのはいわゆる「一般職」、事実上職種限定・勤務地限定でもっぱら事務補助に従事する正社員においてだったわけです。これはやはりhamachan先生もご指摘のとおり、労働者派遣が解禁される前から事務請負などの形態・名称で進んでいたものでもありました。もちろんこれについてはいわゆる「一般職」の圧倒的多数が女性であり、結婚や出産を機に退職することが暗黙裡に(場合によっては明示的に)予定されていたことから、正社員とは性格が大きく異なる事実上の有期雇用に近いものであり、常用代替とは必ずしも言えないのではないかと考えることもできそうですが。
いっぽうで、専門職派遣がまったくのまぼろしかというとそうでもなく、技術系派遣などのように現に一定の専門性を有し、大筋で「正社員と…補完的な関係にある」当初想定されていたような派遣労働も存在し拡大してきたわけなので、大内先生のご所論もおおいにあり得るものだろうとは思います。
そこで大内先生のご議論ですが、冒頭でまず派遣労働者の多様性を指摘されます。

 1985年に労働者派遣法が制定されて30年が経過したが、派遣に対する評価はいまだ定まっていない。その理由の一つは、同じ派遣でも専門業務派遣と非専門業務派遣では性格が全く異なるからだ。
平成27年9月25日付日本経済新聞「経済教室」、以下同じ)

そのうえで、今回改正に至る派遣法の変遷を概観され、こう結論付けておられます。

非正社員の雇用問題は、有期雇用の無期転換や派遣先への直接雇用強制などの介入的手法で解決できるものではない。企業が低コストの非正社員を必要とするのは正社員の雇用保障がある中で、景気変動へのバッファー(緩衝材)が必要だからだ。IT(情報技術)の発達で、低技能の労働者でもこなせる業務が増えて正社員が過剰になっているという事情もある。
 つまり非正社員の問題は、正社員のあり方と密接に関連しており、前者の利用を制限する方向で解決しようとするには限界がある。むしろ低技能の労働者にも、就労機会を持てるようにする非専門業務での派遣のプラスの面に、もっと目を向けるべきだ。

ということで労働市場、雇用慣行全体の中に位置づけて議論すべきとの考え方は八代先生と共通しています。ただ大内先生は八代先生のように具体的に正社員のあり方にまで立ち入った議論はせず、今回派遣法改正についてかなり厳しく批判されています。

 今回の法改正で最も大きな問題なのは、専門業務派遣と非専門業務派遣の区別をなくし、かつ派遣を原則テンポラリーな働き方としたことだ。
 新たな規制によると、…本来規制の必要がない専門業務派遣にも期間制限が及ぶ。…専門業務と非専門業務の区別をなくしたのは、期間制限のない専門業務派遣の濫用…があったからだが、この問題には既に一定の対処がされている。専門業務派遣というカテゴリーそれ自体をなくすのはやりすぎだ。
…法の変遷を通じて、…マイナスの側面に焦点が当たり、様々な規制が脈絡なく追加され、ついに15年改正では専門業務派遣こそが本来の派遣であるとする原点がみえなくなった。しかも、非専門業務派遣を含む派遣が持つマッチングのメリットを生かす発想も乏しく、その結果、派遣労働者のニーズにも合致しなくなっている。

本当に専門性の高い専門業務派遣なら期間の制限はいらないじゃないか、というのはそのとおりだと思うのですが、結局のところグレーゾーンへの対応が大内先生が書かれるほど「既に一定の対処がされている」かというと必ずしもそうでもないようにも思われます。やはり個別に見ればこれが期間の制限を受けない専門業務なのかどうかが不明確なことは多いと思われ、実際問題として今回の法改正についてもまさにこの部分(直接雇用みなしの対象となる職務か否か)での紛争多発を懸念したからなんとか駆け込みで成立させたわけで。このあたりは、私はルールを明確化したことは評価すべきであり、専門業務派遣への手当は派遣元での無期雇用化で担保されていると考えてよいのではないかと思っています。
ただ大内先生がここを強調されるのにも理由があって、それはなにかというとこういうことなのですね。

…今後はIT、人工知能、ロボットの発達により、…新たに必要となる技能を持つ人材は、企業内で育成するのではなく、企業外から調達するという労働組織が中心的なモデルになるだろう。
 労働者派遣は、新たな技能を必要とする企業とそうした技能を持つ労働者のマッチングを果たすための主要な手段となることが期待される。派遣をどう規制するかでなく、本来の派遣の機能をどう生かすかを考えた派遣法制の再構築こそが求められている。

昨今、ディープラーニング技術がめざましく発展しているとのことで、2045年にはAIが人間の知能を超えるとも言われています。そうなったときに労働がどうなるのかということもすでに真剣に議論する人も出てきているようです。まあそうなるともはや内部育成か外部調達かとか、常用型はいいけれど登録型はダメとかいった議論を超越した話になりそうではありますが。
本日、最後に登場されたのが安藤至大先生で、こちらは今回改正にフォーカスした内容となっています。前段で派遣労働のしくみとその長短、今回改正の概要が要領よくまとめられており、その上で「今回の法改正の効果を、経済学的にはどのように評価できるだろうか」論じておられます。
まず派遣事業者をすべて許可制とすることについては、

…悪質事業者を排除するだけでなく、基準資産額などの要件を満たさない派遣元企業の廃業や統合をもたらす効果がある。…規模が小さな派遣元企業の数が多いことはマッチング機能やリスク分担の観点からは良いことではない。教育訓練にも規模の経済が働くことから、統廃合が進み、ある程度の規模が実現することは望ましい方向だ。
平成27年9月28日付日本経済新聞朝刊「経済教室」、以下同じ)

と、積極的に評価しておられます。私自身もここが今回の法改正で最重要と考えていますので、まことに納得のいく指摘です。
次は雇用安定・キャリアアップ支援策ですが、

派遣労働者には本意型と不本意型がいることを考慮すべきだ。…仮に大企業で働く正社員と派遣社員を選べるなら、前者が良いという労働者が多いだろう。しかし1人の労働者に注目した時には、例えば、中小企業の正社員になるか大企業で働く派遣社員になるかというのが現実的な選択肢となる。また直接雇用化で契約社員になり、実質的に待遇が悪化するケースもある。このように直接雇用が常に良いとは限らず、派遣労働者のためになるルールとは何かを冷静に議論する必要がある。
 キャリアアップ策については、派遣元企業の負担で実施することを義務付けても、結局は賃金で調整されて労働者の負担となることに注意すべきだ。派遣元が用意するキャリアアップ策を必要としない高技能労働者や定型業務を手掛ける本意型の労働者にとっては、実質的には賃金の低下をもたらす可能性がある。
 なぜ費用が労働者の負担となるのか。特定の企業でしか使えない企業特殊的な技能とは異なり、他企業でも活用できる一般的技能への投資については労働者本人が負担することになる。これはノーベル経済学賞受賞者、ゲーリー・ベッカーの人的資本理論の結論である。長期雇用慣行のもとでは、一般的技能への投資でも企業負担となりうるといった指摘もあるが、派遣労働の場合には当てはまらない。

ここは悩ましいところで、今回の法改正が派遣労働者の常用化を進める方向性であることを考えると、必ずしも「派遣労働の場合には当てはまらない」と言い切れるのかどうかは微妙なようにも思われます。実際、技術系派遣大手では、一般的技能への投資も会社負担で行われており、派遣労働者の技術水準が上がることで派遣料金も上がり、派遣会社の利益も派遣労働者の賃金も上昇するという上旬間を実現している例もみられます。もちろん、特に技能の向上に関心がなく、低賃金でも安定的に就労稼得したいというのが本意だ、という派遣労働者には、キャリアアップやスキルアップは余計なお世話、というご指摘はわかるのですが…。
派遣期間規制の見直しについては、

…一長一短がある。まず派遣労働者の名目的・実質的な業務が26業務に当てはまるか否かという点で、これまで様々な逸脱などが指摘されていた。今回、統一的な基準ができることは望ましい。しかし現行法のもとでは3年を超えて働くことができた労働者についても、期間制限が適用される点には問題がある。前述のように直接雇用が常に望ましいとは限らないし、それにより契約が打ち切られる可能性もあるからだ。
 これからの働き方を考えるうえで鍵となるのは、人口減少と技術的失業だ。…労働者がより貢献度の高い産業に移ることが求められるようになるのは確実で、職業教育とマッチング支援が重要となる。
 技術進歩により仕事が失われるという懸念もある。例えば自動運転車や自動翻訳機の発達などで仕事の一部が奪われれば、不可避的に産業間の労働移動が発生する。この場合にも、職業教育とマッチング支援の重要性が高まる。…、国・民間企業・大学などに限らず、人材ビジネスの役割は大きい。有効活用するためにも適切なルールを考えるべきだ。具体的には、「派遣は臨時的・一時的なもの」とする原則を維持することが本当に良いのかといった根本から検討することが必要である。
 大企業で働く正社員の雇用が比較的安定している背景には、現在担当する業務で仮に人手が不要になっても、他の部署や地域に配置転換されるという実態がある。仕事と収入が途切れないという意味での実質的な雇用安定を考えると、企業体力があり多くの派遣先を持つ派遣元企業に雇用されることが、労働者にとって重要な選択肢となる可能性を排除すべきではない。

「現行法のもとでは3年を超えて働くことができた労働者についても、期間制限が適用される点には問題がある」というのは大内先生と同じ指摘ですが、繰り返しになりますがここは予見可能性とのトレードオフで致し方ないのではないかと思います。むしろ、「企業体力があり多くの派遣先を持つ派遣元企業に雇用されること」で、上限の3年に達したらあたかも配置転換のように派遣先を変え、より高度な業務に従事することでスキルの向上とキャリアの形成、そして「仕事と収入が途切れないという意味での実質的な雇用安定」を実現するという考え方もあるでしょう。それは派遣元事業者の集約・大規模化をめざす方向性とも一致するはずです。
それも含めて、「「派遣は臨時的・一時的なもの」とする原則を維持することが本当に良いのかといった根本から検討することが必要」という指摘はきわめて重要と思います。特に今回改正の「派遣元企業での無期雇用化」はそうした議論の萌芽たりうると感じますし、すでにここまで社会的に定着していることを考えれば、派遣労働にもきちんと「市民権」を与えた上で、その保護や活躍を考えていくべき時期に来ているのではないでしょうか。