日本労働研究雑誌1月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』1月号(通巻762号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今年の表紙は何色というのでしょうか?
 さて今号の特集は「健康経営」です。政策投資銀行が「健康経営融資」を始めたのが2012年、その後電通事件や一連の働き方改革、新型コロナ禍などを経て、近年では専任の推進組織を設置する例もあるなどかなり定着した感があり、効果測定なども可能になってきているようです。勉強させていただきます。

昭和と令和

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 さて新年早々からなんですが(笑)日経新聞ネタをひとつ。元日の1面に大々的に「解き放て」という見出しが躍っていてへえへえと思ったところ案の定人事管理の話であり、なんか日経新聞は毎年元日に雇用の話をしているような気がするのですがそうでもないのかしら。
 今年はいわく、「2024年、日本は停滞から抜け出す好機にある。物価と賃金が上がれば、凝り固まった社会は動き出す。日本を世界第2位の経済大国に成長させた昭和のシステムは、99年目となると時代に合わなくなった。日本を「古き良き」から解き放ち、作り変える。経済の若返りに向け反転する。」とのことで、まあそうだよねという話なのですが、具体的になにを書いているかというとこうです。

 「昭和」をやめ、若い力を引きだそう。
 すべてのプロジェクトは挙手で参加でき、入社2年目からリーダー。建設IT(情報技術)サービス企業の「現場サポート」(鹿児島市)は経営計画も全員でつくる。社員82人の3割が20代。福留進一社長は「伝統的な日本の大企業は、戦略ありきで必要な人を集めてきた。我々は社員が得意なことを生かしたい」と話す。売上高は5年で3倍だ。
(令和6年1月1日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 いやそれ昭和そのものだから。高度成長期の日本企業というのは、それこそ「3割が20代」(もっとか?)で、工業高校を卒業した10代の若者が、輸入設備の英文の取扱説明書を辞書片手に読みながら運転し保守していたわけですよ。「伝統的な日本の大企業は、戦略ありきで必要な人を集めてきた」というのは実は真逆で、「この人はこれだけの能力があるからそれが生きる仕事につけたい」(そしてできれば少しストレッチした仕事を付与して成長させたい)というのが「伝統的な日本の大企業の」人事管理であり、どちらかというと「社員が得意なことを生か」す方向だったわけです。ところが平成に入って低成長となり、企業組織の拡大も止まってスト詰まりや仕事詰まりが深刻になったことでそれが難しくなったというのが2000年前後の成果主義騒ぎの背景になっていたわけですね。でまあ最近ではいよいよもう無理ですという話になっていて、人材版伊藤レポートでは「経営戦略と人材戦略の連動」すなわち「戦略ありきで必要な人を集め」ようという話になっているわけですよ。まあこれはこの会社の社長さんが言った話ということなので日経さんには直接の責任はありませんが、日ごろあれだけ伊藤レポートやら人的資本投資とか持ち上げているのだから、しっかりチェックしてほしかったなあと思わなくもない。
 続けてこういうのですが、

 昭和の慣習が邪魔だ。下積みを経て仕事を覚え、社歴とともに責任が増して処遇が上がる人事制度は、全ての人の力を十分に引き出せない。昭和の年功序列は、熟練の労働者ほど高い賃金にすることで、生産性の向上と働き手の定着を図った。経験が重要な製造現場では通じても、技術が急速に進歩するデジタル分野には合わない。

 ここが悩ましいところで、技術進歩に応じて新しいスキルを獲得しなければならないデジタル分野などでは学び直しが重要となるわけですが、学び直すたびに初心者になってしまうので賃金が上がりにくいという構造があるのではないかと思うわけですよ。だったら初心者に高給を払えばいい(まあ最新スキルにそれだけの価値があるなら当然ですが)といいたいのかもしれませんが、しかし実際それって現実的なのかとも思う。さきほどの社長さんは「3割が20代」のみなさんにどれだけの賃金を支払っているのかしら。
 となるとプロジェクト管理とか人材活用とか別の観点から賃金を上げていくことを考えていかなければならないわけで、それは相変わらずそれなりに経験がモノをいう世界になってきてしまうというのが難しいところかなと思います。各企業の実情に応じて考えるしかないわけで、それが「経営戦略と人事戦略の連動」ということでしょう。まあ各社とも日経新聞に言われるまでもなくやっていることだとは思いますが。
 さてそのあとはクールジャパンを世界で売りまくれとか有能な外国人を呼び寄せろとか農地の集約を進めろとか、わりといいことが書いてあります。特に芸能は人的資本で稼げる分野で投資対効果が高いので有望でしょう。高度外国人もいいのですが言語の問題があり、さすがにこのレベルで日本語能力を求めるのは難しい(したがって米国に採り負けるわけで)ので英語が通じるコミュニティと通じないコミュニティの分断が広がる可能性はあります。それがどれほど問題なのかは私には見当もつきませんが格差拡大の道ではあるでしょう。農地の集約はそれ自体も重要ですがもっと重要なのはプロセスだと思うところで、農家が高齢化してそのままでは後継者がいないということで徐々に進んでいるわけですね。毎度書いていることですが、改革はたしかに重要だけど人間がついていけるスピードでやることが大切だと思います。
 続けて例によって「痛みを伴う変化を好まず、停滞をもたらした責任は政治にもある。」ときてあ~あと思うわけで、いや本当に痛みが好きだねえ。ただ続く事例は広域行政で痛みを伴う感じはあまりしないな。やはりなにごとも痛みは少ない方が進みやすいというのは当たり前の話でしょう。最後は冨山和彦氏が登場して「革命的な転換はしないという国民的な選択が安定と停滞を生む」と不満を表明しておられますが、まあ「革命的な転換」とか発言する人もそうはいないから毎度冨山氏になるのでしょうな。
 ということで日経さんは「昭和99年」ということで大々的な新春特集を組むようですが、さてどんなものになりますか。冒頭の例を見るとそもそも昭和と令和の理解に疑問がありそうですが、まあ現在と今後を語るにはそれほど問題ではないでしょうからほどほどに期待して続報を待ちたいと思います。

今年の10冊

 某財閥系シンクタンクの案件で年末締切の報告書原稿があって少々難儀していたのですがなんとか無事入稿しました。分担執筆なので年明けに泊まり込みで袋叩きにあう予定なのですがとりあえず一息。ということで年末恒例のこれを。例によって1著者1冊・著者五十音順です。

上野善久『成熟産業の連続M&A戦略:ロールアップ型産業再編の手引き』

書評はこちらです。
上野善久『成熟産業の連続M&A戦略』書評 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

清水俊史『ブッダという男ー初期仏典を読みとく』

 お察しのとおり(笑)本書のあとがきにある経緯がX(旧Twitter)のタイムラインに流れてきたので野次馬根性を起こして読んでみたのですがたいへん面白かった。私のようなまったくの部外者・初心者でも楽しく読める一冊です。

高崎美佐『就活からの学習-大学生のキャリア探索と初期キャリア形成の実証研究』

ご紹介はこちらにあります。
高崎美佐『就活からの学習』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

鶴光太郎『日本の会社のための人事の経済学』

ご紹介はこちらにあります。
鶴光太郎『日本の会社のための人事の経済学』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

中村秀生『韓国貯蓄銀行再建日記』

仕事の関係で(なぜだ)愛知県の某名門公立高の同窓会報を読んだところ著者の講演録が掲載されており、それで興味を惹かれて買って読んでみたのですが非常に面白く、思わず一気読みしました。著者は元SBIホールディングスの方で(明記はされていませんがすぐわかるので書いてもいいでしょう)、大幅に経営が悪化していた出資先の韓国の貯蓄銀行の再建に携わったドキュメンタリーです。法制度や国情の異なる中での企業再編や人事などに苦闘する姿が臨場感たっぷりに描かれています。

藤原成暁・八代克彦『図解 世界遺産ル・コルビュジェの小屋ができるまでーカップ・マルタンの休暇小屋、現地実測図面集』

埼玉県にものつくり大学という面白い大学があり、そこで取り組まれた「世界一小さい世界遺産カップ・マルタンの休暇小屋のレプリカ作成のプロジェクトの経緯をまとめた本です。現地に赴き、徹底的な実測を行い(「カメラを過信しない」との記述あり)、図面に落とし込んで、それをもとにして、工法や素材などもなるべくオリジナルに近いもので大学構内に再現したというもので、その勤勉さには感服するよりありません。この本ではそのプロセスを図版をふんだんに用いて紹介し、さらにそこから得られる多くの考察が論じられています。見て楽しく読んで興味深い一冊です。

守島基博・初見康行・山尾佐智子・木内康裕『人材投資のジレンマー形骸化した「人材立国」を立て直す』

日本生産性本部が実施した大規模調査(人材育成に関する日米企業ヒアリング調査およびアンケート調査)をもとに、日本企業が抱える人材育成の課題・問題点と今後の方向性を論じた本です。調査結果は興味深いものですが、取り組むべき課題が大変な難題である(だから「ジレンマ」なのであり)ことも明らかになっており、解決法も決して単純でも明確でもないわけですが、各企業・各人事担当者が事実に基づいて自社の人事施策を考える際には非常に参考になる本だと思います。

佐藤博樹・藤村博之・八代充史『新しい人事労務管理』第7版

 佐藤博樹先生・藤村博之先生・八代充史先生から、ご共著『新しい人事労務管理』第7版をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 言わずと知れたわが国を代表する人事管理論のテキストで、「新しい」ということで4年毎に改訂が行われ今回第7版ということになります。私が今回もっとも目を引かれたのは実は「新しい」話題ではなく、「ベースアップと定期昇給」のコラムが追加されていたところで、あれこれまでこの話書かれていなかったのかと今さら気づきました。企業人事で賃金担当になると真っ先に研修などで学ぶ話なのですが、たしかに学部の教科書であればなくてもいいのかもしれません。
 もちろん新しい話題も追加されており、これまで処遇的専門職が解説されていた部分が丸ごと外資系企業の人事管理の例に置き換わっているのが目を引くほか、職務特性理論やアルムナイ制度のコラムが追加されるなどされています。構成面では各章の最初におかれていたサマリーがなくなり、代わって最後に置かれていたキーワードが最初に移動しているのは、あるいはページ数を抑制するという意味もあるのかもしれません。今後も継続的な改訂を期待したいところです。

日本労働研究雑誌12月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』12月号(通巻761号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「多様な属性の正社員」で、女性、外国人(移住労働者)、障害者といった多様な属性の正社員(限定正社員を含む)の現状がさまざまな角度から分析されています。移住労働者の組織化の実態を紹介する惠羅論文は非常に面白く(特にミクロの事例)、また阿部論文は有期5年無期転換の2018年問題から5年を経て、無期転換後の「正社員」に関する研究が進み始めていることがわかり興味深いものがあります。

ビジネスガイド1月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2024年1月号(通巻941号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号は「年収の壁・支援強化パッケージ」実務対応の大特集です。今回の政策パッケージは助成金などの新設、被扶養者認定手続の運用見直し、配偶者手当見直しの要請などで、世間では物足りないとの意見も多いようですが、しかし人事担当者にとっては有効活用が望まれる・対応を求められる内容といえましょう。2024年は年金検証の当たり年で、年末頃には2025年に見込まれる法改正の方向性も出てくるものと思われ、その行方が注目されるところですが、そこでまたしても対応を迫られる人事担当者は本当に大変だ(他人事)。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「2024年問題とライドシェアの課題」で、現状におけるタクシー業界の課題とUberなどのライドシェアの仕組みについて簡単に解説され、すでに我が国でも部分的に始まっている取り組みとその問題点について紹介したうえで、ライドシェアのメリットとそれを生かすための政策について論じられており、非常にわかりやすい有益な記事となっています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「賞与の支給日在籍要件」が取り上げられ、実務的に定着し普段あまり意識されることのないこの制度の法的背景が説明され、整理解雇等場合によっては問題となりうることが紹介されています。

日本労働研究雑誌11月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』11月号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 11月号は例年どおり「ディアローグ労働判例この1年の争点」で、日本通運事件、名古屋自動車学校事件、経産省事件をはじめ、この1年間に注目を集めた重要判例について対談形式で検討しています。今回はお二方とも初登場の富永晃一先生と神吉知郁子先生で、ぐっと若返った感があります。特集は公募特集で採択された寺田岳先生の論文が1本、他にも投稿論文が2本掲載されています。