上野善久『成熟産業の連続M&A戦略』書評

 経理担当者向け専門誌『旬刊経理情報』5月1日号(https://keirijouhou.jp/bn_new/1676.html)に上野善久著『成熟産業の連続M&A戦略:ロールアップ型産業再編の手引き』の書評を寄稿しました。経理とはほとんどご縁はないのになぜ私と思ったところ著者のご要望ということで大変に光栄であります。だいぶ期間も過ぎましたのでこちらにも転載しておきます。

 「成長産業」という語を聞かない日がない。「わが国経済の閉塞感を打破するには、衰退産業から成長産業への労働移動が必要だ」などという。「衰退産業」呼ばわりされた人々の内心はいかばかりか。「我々は衰退産業ではない、成熟産業なのだ」という声が聞こえてきそうではないか。
成長産業を育成することは大切だ。そのためにも、今現在現実に大きな付加価値を生む成熟産業が、引き続き活発な経済活動を営み続けることは、同じくらい重要であろう。
 成熟産業の活性化には、業界再編・産業再編が欠かせない。その戦略のひとつとして重要なのが、ロールアップだ。ロールアップとは、同業他社多数の合併を通じて規模の拡大をはかるもので、業界再編の有力な手法とされている。比較的小規模な企業が多数林立する業種に適し、タクシーや調剤薬局などにその例が見られるという。本書はその、おそらくは本邦初の手引き書であろう。著者は自らも酒販業界において17社の連続M&Aによるロールアップを成功させており、その経験を踏まえて体系化されたノウハウはまことに説得力に富み、また、著者苦心の多数の図表の数々は読者の理解を容易なものとしている。
 第1章では、まず成熟産業での連続M&Aとは何か、その意義、類型、事例が解説される。それ以降は、M&Aの段階を追って、そのノウハウが示される。第2章は業界の選定である。その業界が連続M&Aに適しているのか否かの判断について述べ、適しているとなった場合の準備、体制づくりについて解説される。第3章ではいよいよM&Aの実行となる。合併相手の選定にはじまり、相手経営者の説得に向けたビジョンづくりや不安払拭、相手企業の従業員や顧客先への働きかけ、外部専門家による資産査定の受け入れから競合対策まで、合併成功に向けたノウハウが惜しみなく開示される。第4章は事業統合手法の検討にあてられ、「ファミリー企業のM&A」の特性に適した手法が提示される。第5章は連続M&Aの出口戦略とその後の経営についての解説となる。
 本書の利点は数多いが、ここでは2点紹介したい。1つは、本書が「人」の視点をきわめて豊かに有していることだ。M&Aというと、事業分野や営業地域などの補完性や管理部門の効率化といった、俗に言う「シナジー」が注目されがちだが、現実にその成否を分けるのは多くは従業員の融和であろう。評者の専門は人事管理論だが、本書で語られる業務部門の中核人材や旧創業家の処遇のあり方、従業員に関する心配への対処、被買収先オーナーの心情に配慮した統合手法の選択などは、M&Aの場面に限らず、広く人事管理一般に対する示唆にも富むものと感じた。
 もう1つ挙げたいのが、本書の豊かなストーリー性だ。本書は実務書ではあるが、そこには連続M&Aの入口から出口に至るさまざまなドラマがあり、専門外の評者も、あたかも小説を読むかのように通読してしまった。M&Aに携わる人以外にとっても有益で楽しい一冊であり、多くのビジネスパーソンに一読を勧めたい本である。