経団連「2019年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解

 中央の講義期間中に積み残した仕事というのが相当にあり、さらに「講義が終わってから」という案件もいくつかあって消化に追われていたのですが、なんとか一段落となりました(と信じたい)。先週、今週と働き方改革の関係でまとめてしゃべる機会があってご紹介したい内容もあるのですが、まずはここでも昨年末以降の積み残し案件から書いていきたいと思います。
 ということですでに春闘も始まって金属労協大手を中心に交渉が進んでおりかなりいまさら感はあるのですが、まずは経労委報告に対する連合見解について簡単にコメントしたいと思います。これで間接的に経労委報告へのコメントにもなるでしょう(安易な道)。
 ということで今年の連合見解は以下になります。
https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/article_detail.php?id=1024
 経労委報告はというと、例年同様経団連出版さんのご商売との兼ね合いということと思われますがウェブサイト上では全文は公開されておらず、経団連タイムズのバックナンバーのページで要約を見ることができますね。
http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/0124_01.html
 さて連合見解は8,000字近い長文でなかなかに力が入っているわけですが、基本的には経労委報告が連合の闘争方針について「経団連と方向性は一致している」「企業労使が広い視野に立って真摯に議論することは、建設的な労使交渉の実施に寄与する」と記載していることについては以下のように同意しています。

 基本的な考え方については連合と「経団連と方向性は一致」しており、「建設的な労使交渉の実施に寄与する」との考えも、認識のとおりと評価する。

 たしかに経労委報告を概観すると連合と一致している部分もかなり見受けられますし、交渉の方便として乗れる部分には乗ってしまうというのも有力な考え方ではあるのでしょう。ということで連合見解の反論は一致していないいくつかの部分が中心であり、かつ書かれていることよりは「書かれていないこと」に対する異論が多いのが今年の特徴といえそうです。
 一方で、上記に続けてその最初の論点としてこう書かれてしまうと「あれ、なんかずれてないか」という印象も受けないではありません。

…働く者の月例賃金引き上げへのこだわりに応えずにきたことが、結果として失われた20年を生み、いまだに日本経済がデフレから脱却できない素地を作ってしまったことへの反省が、まったくみられない。

 いやまあもちろん月例賃金へのこだわりがなかったと申し上げるつもりもないのですが、しかしそれ以上に雇用維持に強くこだわってきたというのが現実ではないでしょうか。「応えずにきた」と経営サイドが一方的に無視したかのように書いていますが、実際のところは(特に単組レベルでは)労使合意の上で月例賃金引き上げより雇用維持を優先してきたのではないかと思います。それが「結果として失われた20年を生み、いまだに日本経済がデフレから脱却できない素地を作ってしまった」というのがそのとおりだとしても(まあ結果論だとは思うが全否定もしない)、いっしょに反省してくれないと困るとは思うなあ。でまあこれが「反省が、まったくみられない」と主張しているわけでまさに「書かれていないこと」への反論になっているわけですね(別に悪いたあ言いませんが)。いずれにしても現状は当時とはかなり環境も異なっているわけなので今年については「月例賃金へのこだわり」をもって交渉されればよろしいのではないかと思います。つか、こんなことを書くと怒られそうな気がひしひしとするのですが、経団連はあれほど(なぜ?)消費増税をプッシュしているわけですから、当然ながら消費増税の条件整備として消費増税相当のベースアップは実施するんでしょうねと、ツッコむならここではないかと思うのですが。
 大手・中小の格差についてはこう書いているのですが、

 規模間格差の是正については、「中小企業の労働生産性が向上し、・・・結果として、規模間格差が縮小していくことが望ましい」としている。「中小企業の生産性向上は、サプライチェーン全体の問題として捉える必要がある」「中小企業に対する取引価格の適正化や人的支援に大企業が積極的に取り組む」としているにもかかわらず、失われた20年の間に大手と中小の絶対額でみた賃金格差がなぜここまで広がったのかについて一切言及せず、マクロでみた賃金格差是正を否定する姿勢こそ、主張の一貫性を欠いているのではないか。
 日本の企業の99%は中小企業である。現存する大幅な賃金水準格差が中小企業における深刻な人手不足の要因となり、労働時間を代表とする働き方の格差にもつながっていることに鑑みれば、サプライチェーン全体の労働条件格差をいかに是正していくのか、そこに向けた考え方こそ示されるべきである。

 これまた「書かれていない」ことを批判している(というか、引用している生産性のくだりでは書かれているようにも思うのだがまあ思うようなことは書いてないということなのだろう)わけですが、それはそれとしてこれって素直に読むと「大手の賃上げを抑制して中小の賃上げの原資を確保せよ」と書いているように読めるのですがいいのかしら。まあ考えてみればそれ以外に方法はないようにも思えるのでそういうことなのかもしれませんが。賃金で閉じずに取引価格の適正化とかまあいろいろ手立てはあるのでしょうが、しかしその相当部分はいずれ賃金に帰するわけでもあって。なおどうでもいいことですが「日本の企業の99%は中小企業である」というのは事実には違いないですがこの手の議論では雇用者数の7割を担ぎ出すほうが適当ではないかと思います。
 あとは個別項目に対する具体的な見解がずらずらと並んでいるのですが、柔軟な働き方の項では、企画業務型裁量労働制の対象業務拡大については「長時間労働につながるおそれがあり、行うべきではない」と一刀両断しているのに対し、あれだけ徹底抗戦した高プロに関しては「万が一、導入される場合でも、本人同意等の手続きや健康管理時間の適切な把握、健康確保措置の着実な履行など厳格に運用することが不可欠である」と条件つきながら導入を容認しているように読めるのは、まあ制度が導入されちゃったんだから仕方ないということなのかな。あるいは、労働界にも一部には容認論から歓迎論までが存在することをふまえた記述なのかもしれません。
 その後もかなりの部分で「連合と共通するが、これこれも書いてほしかった」というパターンが目立ち、まあ気持ちはわからないではないけれど全部は書けないよねえとも思う。もちろん、以下で指摘されているように、

…「報告」では多様性が強調されつつも、前年に取り組みを促していたいわゆる「LGBT」に関する記載がなく、現在も各職場で様々なトラブルが発生している中、違和感を禁じえない。

「これまで書かれていたことが書かれなくなった」ということには一定のメッセージ性があるので、書かれなかったことに留意することも大事だろうとは思います。実際、LGBTについては一言くらい書いてもよかったんじゃないかとは私も思いますし。
 いずれにしても、連合自身の集計結果をみてもここ数年間はそれなりに実態のある有額のベアが実現しており、今年も経団連・経営サイドにその流れが継続しているように思える状況下では、連合としても交渉前に高めのボールを投げるばかりではなく、ある程度は抱きついていくという作戦は十分にありうるものでしょう。時すでに個別労使の交渉は進みつつあるわけで、労使が十分なコミュニケーションのもとに互いに誤りのない合意に至ることを期待したいものです。