言うほど新しい話でもない

 今朝の日経新聞ビジネス欄の「しごと進化論」のコーナーで、「日立のDX人材、工場で武者修行」という事例が紹介されています。見出しには「「机上の空論」脱して成長 データ重視、現場社員も刺激」となっており、記事の内容も概ねそうしたものです。

 日立製作所は、新人のデータサイエンティストをものづくりの現場に送り込み、3カ月間の武者修行をさせている。工場のベテランとの議論を通じ、「机上の空論」ではない課題解決の手法を考案する。高度人材の獲得競争が激化するなかで成長を実感できる場をつくり、現場の社員たちにもデジタルトランスフォーメーション(DX)への意識改革を期待する。
(令和4年10月28日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 新入社員が現場近くで実習する、それに限らずエンジニアが現場に出向いて協働することは古くから一般的に行われてきたことではあり、この事例も基本的にはその範囲を出るものではないので「しごと進化論」という感じはあまりしないのですが、データサイエンティストというところが目新しいということでしょうか。そこは読者には有益かもしれません。
 さてこの事例に並べて「「報酬+α」定着のカギに 高度人材争奪戦激しく」と銘打ってこんな解説が掲載されています。

 IT(情報技術)人材の獲得競争は激化している。NECは高度な技術を持つAI研究者に1000万円超の年収を支払う。DXの波は業界を問わず広がっており、イオングループは最大2000万円近い年収を提示している。
 より待遇のよい職場に転職する人材も増えている。パーソルキャリアによると、IT技術者のうち転職経験のある人は45%にのぼり、全体の3割が1年以内の転職を考えている。
 ただ、問題は報酬だけではなさそうだ。日経クロステックの調査では仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答え、48.1%が「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」と答えた。
 リクルートマネジメントソリューションズの千秋毅将氏は「DX人材は賃金と同じくらいに経験を積めるかを重視している。専門スキルを使ってチャレンジできる機会が重要」と話す。高度人材を定着させるには報酬+αが必要だ。

 「問題は報酬だけではなくチャレンジする機会が重要」というのはそのとおりだと思います。ただそこで持ち出してくる事例が「NECは高度な技術を持つAI研究者に1000万円超の年収を支払う」で、これはコロナ前に話題になりましたが実際には「学生時代に著名な学会での論文発表などの実績」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47133950Z00C19A7MM8000/)というかなりのハイスペックが要求されており、またこの記事には「1000万円を超える報酬を支給する」とありますが実際には「新卒年収が1000万円を超える可能性がある」(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1909/06/news023.html、強調引用者)制度であり、当然ながら有期契約と思われます(これはざっと見た限りではウラは取れなかったので私の推測)。2021年末までに20人ほどに適用したようですが(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2112/13/news030_2.htmlNECの採用規模からみればかなり稀な例外です(なおこれは本筋を外れますが「新しい人事制度を適用した」という話なので実際に年収1000万円の人が何人いるかはわかりません)。さらにイオングループについては「そういうマネージャークラスの求人もある」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC10D3V0Q2A810C2000000/)という話です。世の中にありふれた話ではまったくないわけで、そういうポジションであればそもそも「専門スキルを使ってチャレンジできる機会」に決まっているのではないかと。
 さらに「日経クロステックの調査では仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答え、48.1%が「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」と答えた」というわけですが、この調査はおそらくこの記事(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00602/022600002/、有料記事なので有料部分になにが書かれているかは不知)で紹介されているものだろうと思います。たしかに仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答えているわけですが、そもそも不満を持つ人がどれだけいるかというと記事にもあるように18.4%しかいないわけですね。それが他の職種と較べてどれだけ高いかというとまあ大した違いはないんじゃないかと思います(これは推測)。
 つまり「問題は報酬だけではなくチャレンジする機会が重要」というのはそのとおりとしても、なにもIT人材に限った話ではなくさまざまな職種に共通した課題であり、むしろ人手不足で高給になっているIT人材のほうが従来型スキルの仕事に較べてチャレンジ機会には恵まれている(人手不足だから当然そうなる)のではないかと思うわけだ。それを「IT人材には報酬+αがカギ」とかことさらに書かれてもなあと、まあそんなことを感じたわけです。