「ジョブ型」でなにができるか・なにができないか

 もう一月近く前の話になりますが、11月10日に開催された「中央大学ビジネススクールワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト」成果報告会に参加してまいりました。例年同様に非常に充実した内容で有意義だったのですが、今回は特に思いがけずきわめて貴重な知見をいくつか得ることができました。
 そのひとつが富士通の人事の方から同社の人事制度改革についてのお話を聞けたことで、資料が以下で公開されているのでぜひご覧いただければと思います。話の中心はテレワークとオフィス改革であってジョブ型がメインではなかったのですが、これまで同社や日立製作所さんのいわゆる「ジョブ型」人事制度についてはその背景やコンセプトはたびたび報じられてきましたが、その具体的な内容についてはほとんど情報がなかったので、今回のこの報告はたいへん貴重なものだったわけです。
 そこで富士通さんの報告資料をもとに、いわゆる「ジョブ型」人事制度でなにができてなにができないだろうか、ということを少し考えてみたいと思います。まず富士通(以下敬称略)の制度ですが、資料にはこのような記載があり、現時点では管理職層への展開にとどまっているようです。

Job型人事制度の導入 対象:管理職15,000人 2020年4月導入済
・果たすべき職責(役割、求められるスキル、行動など)の明確化と評価
・上司・部下の1on1 Meetingによる課題共有、コーチング、フィードバック
・キャリアの選択肢としてのポスティング制度
・成長を支える学びのプラットフォーム(Fujitsu Learning EXperience)
  ※Job型人事制度の一般社員への展開に向けた検討を2020年度中に労働組合とスタート

 「ありたい姿」として、グローバル・グループワイドな人事基盤のもとに「全ての社員が魅力的な仕事に挑戦」「多様・多才な人材がグローバルに協働」「全ての社員が常に学び成長し続ける」を掲げ、その実現のために「ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジ」を実施するとのことで(資料の記載はJob型とジョブ型が混在しているのですが、ここではジョブ型に統一します)、以下4点が上げられています。

チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度
1. 職責ベースの報酬体系
2. 高度専門職系人材処遇制度
3. 評価制度見直し

事業戦略に基づいた組織デザイン
1. 事業戦略に基づいた組織、ポジションのデザインへの見直し
2. Role Profile/Job Descriptionの導入による責任権限、人材要件の明確化

事業部門起点の人材リソースマネジメント
1. 人員計画の見直し
2. ポストオフやダウングレードの実施
3. ポスティングの大幅拡大

自律的な学び/成長の支援
1. 人材育成方針の見直し(On demand型教育の導入)
2. 1on1ミーティングの推進

 なるほど、なるほど。話は合っているように思えます。ジョブ型を称する以上核心となるのは「事業戦略に基づいた組織デザイン」で、事業戦略に基づいてジョブ、つまり最適なタスクの組み合わせをデザインして、それを文書化(Job Description)して、それに人材を割り当てる、それでなくてはジョブ型とは言えないわけです。
 「事業部門起点の人材リソースマネジメント」というのも頷かされたところで、人事の権限を中央集権的な人事部から事業部門に渡していこうということでしょうか。まあ中央集権で管理するのは少数のタレントプールにとどめ、あとは事業部などに権限を分散させるというのはよく聞く話ではあります。
 さて個別に見ていきますと、「ジョブ型報酬制度」は「「人」ではなく、「職責(ジョブ)」の大きさ・重要性を格付けし、報酬を決定」となっていて、こう書かれています(便宜的に番号を振ります)。管理職15,000人を対象としているとのことです。

1.グローバル共通の基準で職責を格付け(FUJITSU Level)
2.月俸はFUJITSU Levelごとに定額。Fujitsu LevelのUp/Down時に報酬改定
3.今後、市場価値をベンチマークしながら報酬水準を見直していく
4.役職離任の運用を見直し、ポストオフ・ダウングレードを実施

 これにより「個人が担う職責を即座に報酬に反映」し「より大きな職責へのチャレンジ意欲を喚起」するのだということですが、以下個別に見ていきましょう。
 1.についてはやや意外だったのですが従来は職能資格別のレンジレートであったらしく、それをグローバルに共通の職務等級(FUJITSU Level)別の固定レートに変更するということのようです。人事評価による上げ下げがあるのかどうかははっきりしませんが、「月俸はFUJITSU Levelごとに定額。Fujitsu LevelのUp/Down時に報酬改定」という記載をそのまま読めば「ない」ということになるのでしょうか。まあそのほうがジョブ型(純度の高い職務給)らしいといえそうです。
 さて、さらに続けて「今後、市場価値をベンチマークしながら報酬水準を見直していく」とあるのですが、しかしこれどうやってやるのかしら。他社がメンバーシップ型の賃金を採用している中では、apple to appleベンチマークできるような比較対象がなかなかみつからないのではないかと思うのですが…。また、「報酬水準を見直し」というのも、ジョブごとにジョブとFUJITSU Levelの対応関係を変更するということでしょうか?その場合、ジョブが対応するLevelが下がったら、そのジョブに就いている人の賃金も下がるということになるのでしょうか。それは一方的な労働条件の切り下げなので、ジョブ型であってもなくても本人同意が必要になるように思いますが…。ジョブ型であればこそ本人同意は必須でしょうし、メンバーシップ型であっても「市場価値が下がったから」というのが労働条件不利益変更の合理的理由になるとは思えません。
 なお脱線しますが、IoTとかAIとかビッグデータとかの分野で稀少な技術を持つ人材を従来の賃金制度とは大きく異なる高賃金で採用するといった動きもあってこれも「ジョブ型」だ、という話もあるようですが、これはきちんと用心して有期契約とかにしておく必要がありそうです(おそらく実態もそうなっていると思う)。今現在稀少だからといって将来も稀少であるとは限らず、実際に大学サイドもデータサイエンス学部とかいうのを作って養成に乗り出しているわけなので、将来的には需給バランスが変わってくることは意識しておかなかればならないでしょう。
 さて富士通に戻りますと、「役職離任の運用を見直し、ポストオフ・ダウングレードを実施」とあるのですが、これについてはそれ以上のご説明はありません。運用を見直し、ということですから役職離任そのものは従来も存在したのでしょう。もちろん、メンバーシップ型雇用であれば、企業は就業規則の規定を根拠にしてポストオフを一方的に命じることができます。とはいえ、ポストオフと同時に労働条件ダウンを伴うようなダウングレードまで行うことは、本人の同意がない限り相当ハードルが高いでしょう。これが労働契約に職務が書き込んである欧米型のジョブ型雇用であれば、ダウングレードをともなわないものであっても、ポストオフには本人の合意が必要ということになります。
 このあたりは昨日のエントリでご紹介した神林龍先生の「経済教室」でも言及されていたとおり、「使用者は日本的雇用慣行の下で享受してきた広範な人事権を一定程度諦めねばならない」という話と、「なんのためにポストオフ・ダウングレードを行うのか」という話が絡んできます。
 資料を見ると続けて「人材の流動化 / 多様性の向上、適所適材の実現、オープンでチャレンジングな風土醸成を目的に」「ポスティングの大幅拡大」を実施するとなっており、これまでは「組織が、業務都合や本人の成長を考え、配置転換 / ローテーション / 昇格を計画・実行」してきたところ、ポスティングの大幅拡大により「本人が実現したいキャリアプランを自律的に考え、ポスティングで異動や幹部社員昇格を目指す」とされています。「一人ひとりがチャレンジしながら成長し、キャリア目標を実現」と題したキャリア形成のイメージ図も付されていて、それによると入社後しばらくは「統括部内担務変更」が想定されているものの、それ以降はポスティングで「自らをより成長させる仕事や、より強みを発揮できる新たなポジションへチャレンジ」することが想定されているようです。そして、そのためにOn Demand型教育(ほぼe-learningのようですが)を導入するとともに、1 on 1ミーティングを実施して「組織のビジョンや変革テーマ、部下のパフォーマンスのリフレクションと次なるチャレンジ、キャリア」などについて、上司と部下で定期的に対話をする…ということのようです。
 これらから推測するに、「空きポストが発生しないかぎり昇進も異動も発生しない」(まあジョブ型であれば当然だ)というポスティングの仕組みを中心とすることで、ポストがなくても社内資格が上がって賃金も上がるということはなくしたい、ということはありそうです。いっぽうでポスティングで誰を抜擢するかは会社が決める(まあこれも普通)ということで人事権も一定程度確保しようということでしょうか。このあたりはなるほどジョブ型だという話ではあります。
 そこでポストオフ・ダウングレードはどうなるのか、ということになります。この資料を見ると「チャレンジ」が繰り返し連呼されており、しかもそれは「より大きな職責へのチャレンジ」だとも言っているわけです。一方でポスティングのしくみの中では大きな職責にチャレンジするには大きな職責の空きポストが発生する必要があるわけですが、当然ながら過去首尾よく大きな職責へのチャレンジに成功した人は、次なる・更なる大きな職責の空きポストを入手したとかいう話でもなければ(あるいは退職するとかでなければ)ポストを自ら手放すということは、まあそうそう起きそうな話ではありません。となると、人事権は手放さずに空きポストを作るために一方的にポストオフをやりたいという話になるのはよくわかります(それがジョブ型と言えるのかという話は別問題として)。従来型の、ポストが空かなくてもとりあえず職能資格昇格だけはできる人事管理においてもポストを空けるためのポストオフは実施されているわけですから、それがポストが空かなければ昇格も異動もないポスティングとなれば一段と切実な問題になるだろうことは目に見えています。
 この場合に、まあ人事権は握っているのでポストオフはできる、ダウングレードもまあできるかもしれませんが、ダウンしたグレードに応じたものに賃金などを引き下げることは難しいと考えざるを得ないでしょう。もちろん本人の合意があれば可能ですし、合意を得られるような状況をつくるのが巧妙な人事管理なのだという話でもあるでしょう。実際問題としても、ダウングレード・減給になっても仕方ないよねと衆目の一致するケースというのも少数ながら存在するのでしょうし。
 ということで、人件費の抑制と昇進昇格による動機付けというのはトレードオフであって、それはメンバーシップ型だろうがジョブ型だろうが変わらないというのが結論になりそうです。ポストが空かない限り昇進昇格はない、という運用を徹底すれば人件費は抑制できるでしょうが昇進昇格が少ないことで動機付けに支障をきたすでしょうし、動機付けに必要な一定の昇進昇格を確保するためにポストオフを行えば、その分人件費は膨らまざるを得ないということになるわけです。これはおそらく従来から各社ともそのバランスに腐心してきたものと思われますので、まああまり代わり映えはしません。きのうご紹介した本田由紀先生のご指摘のとおりで、ジョブ型だと言えばそれだけで今までできなかったことができるようになるわけじゃねえんだよという話でしょうか。
 逆に言えば、労働契約にジョブを書き込み、その変更には双方の合意が必要という欧米で一般的なジョブ型を導入すれば、できなくなることもありますが(一方的なポストオフとか)、できるようになることもあるかもしれません。たとえば「〇〇商品の××のマネージャー」とかであれば、〇〇商品の販売を終了するということになればマネージャー職をポストオフ・ダウングレードして賃金などもそれに応じて引き下げる、ということの可能性は出てくるかもしれません。まあ報道などを見る限りでは現在「ジョブ型」を標榜している企業の中にはそこまでやろうという例はなさそうですが…。人事権を手放すということはなかなかできることではないのでしょう。
 なお余談ながら成果報告会当日のこのセッションの最後のQ&Aで、会場からジョブ・ディスクリプション作成の進捗状況について教えてほしいとの質問があり、それに対する回答は「現在、マネージャーがメンバー一人ひとりのジョブ・ディスクリプションの案を作成している」というもので、いやそれジョブ型じゃないよねえというオチがついていたのでありました。まあねえ。