今朝のNHKニュースに岩村正彦先生のお姿があり、おやと思ったのですが労働政策審議会労働条件分科会が再開したという話でした。きのうは産業競争力会議も開かれ、例の「日本再興戦略」改定の素案が示されていますし、労働条件分科会にも競争力会議や経済財政諮問会議との合同会合の提出資料が資料として配布されていますので、さあこれからここに書いてあるようなことを議論しましょうという会合だったのでしょう。
ということですでに産業競争力会議のサイトに改定版成長戦略の素案が掲載されていますので(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai17/siryou2.pdf)、これまでこのブログでつらつらと書いてきたことが結局どうなりそうなのかを見てみたいと思います。具体的には「第二 3つのアクションプラン」の「一.日本産業再興プラン」から、「2.雇用制度改革・人材力の強化」「2−1.失業なき労働移動の実現/マッチング機能の強化/多様な働き方の実現」のパートになりますが、まずはこれまでの実施事項の自画自賛があり、そのあと「新たに講ずべき具体的施策」が記載されています。一部機種依存文字は変更しています。
まずは「働き方改革の実現」です。
i)働き方改革の実現
(1)働き過ぎ防止のための取り組み強化
「世界トップレベルの雇用環境の実現」の大前提として、働き過ぎ防止に全力で取り組む。このため、企業等における長時間労働が是正されるよう、監督指導体制の充実強化を行い、法違反の疑いのある企業等に対して、労働基準監督署による監督指導を徹底するなど、取組の具体化を進める。また、仕事と生活の調和の取れた働き方を推進するため、特に、朝早く出社し、夕方に退社する「朝型」の働き方を普及させる。さらに、我が国の課題である働き過ぎの改善に向けて、長時間労働抑制策、年次有給休暇取得促進策等の検討を労働政策審議会で進める。
働き過ぎ以外にも監督指導すべき問題は多々あるのではないかと思うのですが、まあそれも含めて監督指導はしっかり・適切にやってほしいと思います。「悪質な・けしからん企業が放置されているからマジメな・まともな企業も規制緩和はまかりならぬ」などと大真面目に言われるのは大変困った話ですので。
「朝型」が働き過ぎ防止になるというのもやや無理があるような気はしますが、まあ以前も書いたように残る気になればいくらでも残れる夜型に較べれば、朝方は事後的に時間外労働を延ばせないのでそれなりの効果はあるかもしれません。ただまあサマータイムひとつできない国で本当にできるのかなあとは思いますが。
さて問題の「新たな労働時間制度」ですが、こうなっています。
(2)時間ではなく成果で評価される制度への改革
時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応えるため、一定の年収要件(例えば少なくとも年収1000万円以上)を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、労働時間の長さと賃金のリンクを切り離した「新たな労働時間制度」を創設することとし、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法的措置を講ずる。
だいぶすっきりしましたね。紙幅の制約もあるでしょうから当然と言えば当然かもしれませんが、目標管理がヘチマとかPDCAが滑った転んだとかいった寝言が一掃されたのはたいへんけっこうなことだと思います。「職務の範囲が明確」は余計だなあと思いますが、ジョブディスクリプションという言葉は消えたので、まあ業務分担が決まっていれば足りるという読み方もできそうです。「どんどん仕事を増やされる」という批判に耐えるには仕方ないのでしょう。「高度な職業能力を有する」についても、少なくとも年収1,000万円で高度な職業能力を有しない人がいるのかなあと思いますが公共セクターにはざらにいるという声がどこかから聞こえてきてふじこまあ改めて書いておいて悪いこともないでしょうかね。とにかく制度適用の可否が疑問の余地なく決まることが生命線なので、あまりあれこれ不明確な要件は書かないでほしいというのが正直なところなのですが。
あと「仕事と生活の調和を図りつつ」も余計なお世話だなあと思うことしきり。まあこれについてはひたすら仕事に没頭するのも仕事と生活の調和の一形態だということで割り切っておきたいと思います。政府が国民に特定のライフスタイルを推奨するというのがどうにも好きになれないのですよ。
(3)裁量労働制の新たな枠組みの構築
企業の中核部門・研究開発部門等で裁量的に働く労働者が、創造性を発揮し、企業の競争力強化につながるよう、生産性向上と仕事と生活の調和、健康確保の視点に立って、対象範囲や手続きを見直し、「裁量労働制の新たな枠組み」を構築することとし、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に必要な法制上の措置を講じる。
その際、現行の裁量労働制が十分に普及せず、労働者が結果的に自律的に働くことができていないという指摘を踏まえ、裁量労働制の本来の趣旨に沿って、労働者が真に裁量を持って働くことができるよう、見直しを行う。
「裁量労働制の本来の趣旨に沿って」「「裁量労働制の新たな枠組み」を構築する」というのはなかなか難しいように思うのですがどんなものなのでしょう。労働基準法に書かれている裁量労働制の趣旨(らしきもの)は「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難(専門業務型)」「当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする(企画業務型)」から労使協定で定めた時間労働したものとみなす、というもので、これが厳格に解しようとしればいくらでも厳格にできてしまうため予見可能性が低く使い勝手が悪いという話になっているわけです。より実用的で予見可能性が高く、かつ保護に欠けないような「新たな枠組み」ということになると、結局は前回のホワイトカラー・エグゼンプションのようなものを考えていくことになるのだろうと思います。ある意味仕切り直しのような形ではありますが労使でうまく知恵を出し合ってほしいものだと思いますが、冒頭に戻って「裁量労働制の本来の趣旨に沿って」と言っているあいだはまあ望み薄かなあと悲観的になる私。
(4)フレックスタイム制の見直し
子育てや介護等の事情を抱える働き手のニーズを踏まえ、柔軟でメリハリのある働き方を一層可能にするため、月をまたいだ弾力的な労働時間の配分を可能とする清算期間の延長、決められた労働時間より早く仕事を終えた場合も、年次有給休暇を活用し、報酬を減らすことなく働くことができる仕組み等、フレックスタイムの見直しについて、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法制上の措置を講じる。
以前、実務上の重要課題としてご紹介した(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140428#p1)「完全週休2日制の場合における、月の法定労働時間の「枠」の特例」は消えてしまいましたが、2か月以上の精算期間の延長が可能になれば一応は解決するので(それでも、2か月は長すぎるから1か月でやりたいという企業には解決にならないわけですが)、まあよしとしたものかなあ。労使で折り合えれば第三者があれこれ言うほどの話ではない(でもない?)と思いますので、うまく結論を出してほしいと思います。
(5)職務等を限定した「多様な正社員」の普及・拡大
勤務地を絞った「地域限定正社員」など、「多様な正社員」導入の動きが現れ始めている。更に、プロフェッショナルなキャリアを追求する働き手のニーズに応えるため、職務を限定した正社員の導入・普及が期待される。こうした「多様な正社員」の普及の動きが多くの企業で生み出されるよう、本年7月までに労働条件の明示等の「雇用管理上の留意点」を取りまとめ、「導入モデル」として公表するとともに、本年中に、職務の内容を含む労働契約の締結・変更時の労働条件明示、いわゆる正社員との相互転換、均衡処遇について、労働契約法の解釈を通知し周知を図る。併せて、専門性の高い人材を含むモデルとなりうる好事例を複数確立するとともに、就業規則の規定例を幅広く収集し、情報発信を行う。その他、「雇用管理上の留意点」を踏まえた「多様な正社員」の導入が実際に拡大するような政策的支援について、本年度中に検討し、2015年度から実施する。
この「雇用管理上の留意点」はすでにその案が厚生労働省の「「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会」で提示されているのですが、かなり現状追認的かつ紛争回避指向ではっきり申し上げて踏み込み不足と言わざるを得ず(これは機会があればまた書きたいと思っています)、これでどれほど普及するかは疑問が大きいように思われます。もちろんそれは役所のやることなので仕方ないのであり、これからの展開は民間が意思を持って進めていかなければならないのでしょう。
(6)持続的な経済成長に向けた最低賃金の引上げのための環境整備
全ての所得層での賃金上昇と企業収益向上の好循環が持続・拡大されるよう、中小企業・小規模事業者の生産性向上等のための支援を図りつつ最低賃金の引上げに努める。
こんなものがさりげなく突っ込まれているわけですが「働き方改革」という感じはしないなあ。とりあえず支援して生産性が上がっても売り上げが同じなら雇用が減るだけの話なので、しかるべき経済成長を実現するための諸施策をしっかりやってくださいとしか言いようがない感じです。がんばれ。
さて次からは「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」ということなのですが要するに解雇の金銭解決の話です。
ii)予見可能性の高い紛争解決システムの構築
我が国の雇用慣行が不透明であるとの諸外国からの誤解の解消や中小企業労働者の保護、さらには対日直接投資の促進に資するよう、予見可能性の高い紛争解決システムの構築を図る。
(1)「あっせん」「労働審判」「和解」事例の分析
労働紛争解決手段として活用されている「あっせん」「労働審判」「和解」事例の分析・整理については、本年度中に、労働者の雇用上の属性、賃金水準、企業規模等の各要素と解決金額との関係を可能な限り明らかにする。分析結果を踏まえ、活用可能なツールを1年以内に整備する。
(2)透明で客観的な労働紛争解決システムの構築
主要先進国において判決による金銭救済ができる仕組みが各国の雇用システムの実態に応じて整備されていることを踏まえ、本年度中に「あっせん」等事例の分析とともに諸外国の関係制度・運用に関する調査研究を行い、その結果を踏まえ、透明かつ公正・客観的でグローバルにも通用する紛争解決システム等の在り方について、具体化に向けた議論の場を速やかに立ち上げ、2015年中に幅広く検討を進める。
と書きましたが実は解雇という語は一回も出てきません。まあ多くの場合紛争の行きつく先は解雇ということになるわけではありますがしかし解雇以外の紛争というのも非常に多いわけで、それらすべてについて「本年度中に、労働者の雇用上の属性、賃金水準、企業規模等の各要素と解決金額との関係を可能な限り明らかにする」というのもまあ大変な作業だろうなあと同情を禁じえません。さらにそれを踏まえて「活用可能なツール」を整備するって何を何のためにどう活用するツールなんでしょう。
これも新たな労働時間制度と同じでどうも議論が混乱・拡散しており、肝心なのは(法技術的に難しいという議論は別途ありましょうが)「解雇無効の場合の救済について、使用者は復職に代えて金銭給付を選択しうる、その金額は当該事件の事情を考慮して裁判所が示す」というルールにすること(したがって事情によっては事実上選択不可能な高水準の解決金を示すこともありうるが、しかし必ず金額は示す)であって、透明だの客観的だのグローバルだのいう話とは関係ないわけですよ。金銭解決が選択できることが大事であって、その金額がいくらになるかあらかじめわかっている必要は全然ないわけです。どうもこれを読んでいると不当だろうが無効だろうがこれだけのカネを払えばあとくされなくサヨナラできる基準=活用可能なツールを作りたがっているような感じがするのですが、邪推かなあ。邪推だよなきっと。
さて続いて「外部労働市場の活性化による失業なき労働移動の実現」ということで雇用政策に移るわけですが、少々長くなってきたので明日に続きます。