中途採用率の公表義務化

 週末の読売新聞に「中途採用率の公表義務化 大企業に 新卒一括転換促す」という記事が1面トップで大々的に報じられていました。

 政府は、従業員301人以上の大企業に対し、中途採用と経験者採用が占める比率の公表を義務付ける方針を固めた。新卒一括採用の転換を促し、働き方の多様化を進める狙いがある。来年1月召集の通常国会に関連規定を盛り込んだ労働施策総合推進法の改正案を提出する予定だ。

 大企業を対象とするのは、中小企業に比べ、終身雇用を基本とした雇用慣行が定着し、人材の流動性が低いという問題点があるためだ。

 …求職者には、中途採用に関連する情報への需要が大きい。…(意識調査の結果)公表を希望する項目は「正規雇用の採用実績」が最多で、「中高年の採用実績」が続いた…
(令和元年12月8日付読売新聞朝刊)

 これについては夏くらいにもニュースになっていましたし、実際その後労政審の雇用政策基本問題部会で議論も進んでいて、9月27日の会議では「中途採用に関する情報公表に係る主な検討課題」という資料も提出されて議論が交わされています。その資料にいわく、

人生100年時代においては…中途採用…ニーズが増していく…就職氷河期世代や中高年齢者にとって、中途採用を通じて良質な雇用機会を求めるニーズは高い…
○技術革新や市場環境の変化が進む中、…企業にとっては中途採用を通じて「社内にない…人材を社外から確保する」ニーズが増していく…
中途採用に係る情報の公表は、職場情報を見える化し、中途採用を希望する労働者と企業のマッチングを促進するものとして有効…
https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000551656.pdf

 続く11月15日開催の基本問題部会では9月27日のおもな意見と(議事録は未公表)それを受けた「中途採用に関する情報公表に係る主な検討課題」のアップデート版が提出されています。9月の会議では委員から「個々の大企業に対し、情報公表を求めることについて、その目的・趣旨がしっくりこない」といったそもそもの疑問や、「中途採用比率を公表した場合、その数字の読み取り方によって、誤解を招くリスクがある」との懸念、さらには「求職者にとっては、中途採用者の活躍や、処遇、キャリアパス、人材育成等の情報が気になると思う」と追加情報を求める見解などが出されたようで(おそらく中小企業使用者代表委員からかと思われますが「大企業の中途採用が増えて中小の人材確保に支障が出るのは困ります(大意)」という率直な意見も出たもよう)、それを踏まえた「検討課題」アップデート版のポイントはこんな感じです。

<視点・留意点>
人生100年時代において、職業人生の長期化が見込まれる中、…中途採用に関する環境整備によって、…労働者の主体的なキャリア形成を通じた職業生活の更なる充実や再チャレンジが可能となる…
○…技術革新は高度で急速に進展するものであることから、…能力開発等を通じた企業の内部労働市場のみによって必要な人材を確保を確保することは難しく、中途採用を通じて、外部労働市場から…人材を確保するニーズも高まっている…
○…正規雇用中途採用に係る情報の公表は、職場情報をさらに見える化し、中途採用を希望する労働者と企業のマッチングの促進、さらには早期離職の防止にも有効ではないか。
○なお、我が国の大企業を中心とした長期雇用慣行は、労使合意のもとで形成され、必要な見直しが行われてきたものであり、その優れた点を大切にしながら、労働施策を進めていく必要がある。
他方、長期にわたり希望する就職を実現できなかった者…が、キャリア形成できるよう支援していくことは重要であり、…労働施策として整合性があると考えられる…
<検討課題>

2.公表する情報の内容について
・全ての求職者等にとって利用が可能であり、正規雇用に就くために有用…
・求職者等が、そのニーズに応じて複数の企業を比較し、就職を希望する企業について検討を行うことを可能とするよう、統一的かつ定量的なもの…
中途採用に関する企業の積極性の変化が表れやすく、経年的にその変化を把握できるようなものにする…には、…採用規模による影響を除いたもので公表されることが有用…

3.情報の公表方法、必要な準備期間、支援等について
〇…中途採用実績は、その多寡のみをもって職場の善し悪しが判断されるべきものではなく、さらには、いわゆるブラック企業の可能性への留意も必要…
○…自主的な公表が進むよう、中高年齢者、就職氷河期中途採用比率等といった定量的な情報、中途採用に関する企業の考え方、中途採用後のキャリアパス・人材育成・処遇等といった定性的な情報の公表を支援することが適当…
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000566809.pdf

 他にも、記事にもあるとおり、対象は301人以上、方法はホームページ記載、時期は適切な準備期間などの言及があります。
 さて提出資料には明記はないものの、記事にもあるとおり「企業の中途採用への意識を高めることで高齢者の就業機会を広げる」ことで「社会保障費の増大に対応するため、社会の「支え手」を増やす」ことが意図されているのでしょう(もちろん氷河期対策も)。これは新卒一括採用の「転換」というよりは「相対的縮小」であり、当然ながら長期雇用慣行の見直しを意味するものではない。そもそも提出資料でも「正規雇用」が連呼されており、さらには「能力開発等を通じた企業の内部労働市場のみによって必要な人材を確保を確保することは難しく(強調引用者)」「長期雇用慣行は、…その優れた点を大切にしながら」とも念押しされているとおりですね。特に就職氷河期世代については安定的かつ能力向上が促される長期雇用慣行の正規雇用での中途採用が要請されているのではないかと思う。記事は「終身雇用を基本とした雇用慣行が定着し、人材の流動性が低いという問題点があるため」と書いていますがかなりミスリーディングじゃないかなあ。
 そこでこの「中途採用率の公表義務化」がどれほどの有効性を持つかといえば、まあやって悪いたあ言わないもののたいした意味はないというところではないでしょうか。提出資料の省略部分には企業の事務負担に対する配慮も記載されているのですが、そこそこの負担で出せる数字ということになるとなおさらのような気がします。フローの数字(昨年度の新規採用に占める中途採用の割合とか)であれば大企業であれば手元資料として持っていてすぐに出せるでしょうが、ストックの数字(全従業員とか全正社員とかに占める中途採用の割合とか)となると、従業員台帳に新卒/中途の別が記録されていれば格別、昨今の大企業では新卒/中途の区分のない人事管理が行われていることが多いと思われますので、もともとあるいはある時点からは記録されていないとか、かつては記録していたけど捨てちゃいましたとかいう話になると一気に大変な作業になります。まあ最終学歴と入社年と年齢から推測できなくもないのではないかと思われるかもしれませんが大卒者となるとそれなりの割合で浪人や留年がいるわけであり、さらに近年の大企業では3年過年度までは新卒扱いというのが主流になっているはずなのでやはり容易ではありません。
 さらに中途採用率が高い企業がいい企業かといえば必ずしもそうではなく、もちろん急成長している新興企業で新卒採用だけではとても間に合わないから氷河期高齢者大歓迎でジャンジャン中途採用してますという企業は求職者にとってもまことに魅力的でありましょう(まあそんな企業が潤沢にあればそもそもこんな政策も不要なわけだが)。いっぽうで提出資料にもブラック企業と明記があるとおり就労環境が良好でないため退職が多く・新卒採用が難しく、結果として中途採用率が高くなっていますというケースもあるわけで、それはまあ正規雇用として中途採用される可能性はたしかに高いでしょうがそれでいいともまいらないでしょう。提出資料が「採用規模による影響を除いたもの」と書いているのはあるいはこうした点を考慮してのことかもしれませんが、たとえば企業規模に対する採用規模は成長企業・ブラック企業ともに高くなるわけなのでやはり簡単ではありません。
 そもそも委員からも「目的・趣旨がしっくりこない」と指摘されているとおりで、高年齢者の雇用・就労を増やしたい、就職氷河期世代の正社員就職を促進したいという目的だとすれば、「求職者が正規雇用されやすいかどうかの情報提供」がどれほど効果があるかといえば疑問としたものでしょう。中途採用率の公表が義務化され、高い企業が政府の政策に協力的な企業だとほめてもらったとしても、それで「あああの企業はいい企業だから少々高くてもあそこの商品を買うか」となるかどうかというと、まあ見込みはなかろうと思われますが、しかしそれがなければ売り上げが伸びず、したがって仕事も増えず雇用も増えないので、高年齢者にしても氷河期にしても就労促進効果は限られるからです。人材確保にしても、良質な中途採用の応募が増えるかもしれませんが、いっぽうで新卒者にとっては「新卒に冷たい、人材育成に不熱心な企業」と受け止められるリスクがセットになりますので、さて企業としてはどちらを選ぶのかという話になります。
 そこでまあ「中高年齢者、就職氷河期中途採用比率等といった定量的な情報、中途採用に関する企業の考え方、中途採用後のキャリアパス・人材育成・処遇等といった定性的な情報の公表を支援」という話になるのでしょうが、これとて確かに中途求職者にとってみれば中途採用に不熱心なところに応募しなくてよくなるので利便性は上がるでしょうしその限りではマッチングも改善するという話でしょうが、しかし求人そのものが増えるわけではないですし、就業増につながるようなミスマッチの改善が目立って進むようにも思えません。
 いやもちろん高年齢者の就労促進、特に65歳超の就労促進を考えれば、労使ともに必ずしも65歳まで就労していた企業での継続就労を希望するわけでもないでしょうし、環境、特に人間関係を変えて働きたい高齢者はいそうです。提出資料の省略部分でも触れられていますが今後新卒採用が縮小することは避けられないわけなので、新卒者のエントリージョブが空いてきたときにそこを65歳超の高年齢者で埋めていくということは考えられ、となると転職・中途採用がしやすい環境づくりをすること自体は望ましいことだし必要なことだろうとも思います。企業間移動がやりやすい方が円滑な対応が可能になることはただそれが中途採用率の公表義務化かと言われればそうでもないんじゃないかと思うわけで(いやもちろんやって悪いというわけではないが)。