濱口・中村対談

もうひとつ、これはお名前を出してもいいと思いますが、先日溝上憲文さんと呑んだときにこの対談記事を書かれたとご紹介いただき、非常に面白いのでぜひ読んでくださいと推薦されて、では読んで感想を書きましょうと約束しました、という経緯で以下書きたいと思います。記事はワークス研究所のウェブサイトに掲載されたこちらです。
メンバーシップ型・ジョブ型の「次」の模索が始まっている
hamachan先生ご自身は先生のブログで「中村さんは、私にジョブ型論を展開して欲しかったようですが、その期待を裏切り(?)、いやその「ジョブ型」が、第4次産業革命によって崩れていくかも知れないよというお話をしました。」と書かれていますね(溝上さんもそんな話をされていました)。加えて以下のくだりを紹介されています。

濱口 日本では今、メンバーシップ型に問題があるのでジョブ型の要素を取り入れようという議論をしています。ですが、今の私のすごく大まかな状況認識は、これまで欧米で100年間にわたり確立してきたジョブ型の労働社会そのものが第4次産業革命で崩れつつあるかもしれないということです。欧米では新しい技術革新の中で労働の世界がどう変化していくのかに大きな関心が集まっています。・・・
・・・しかし今の欧米は違う。欧米ではこれまで事業活動をジョブという形に切り出し、そのジョブに人を当てはめることで長期的に回していくことが効率的とされた。ところがプラットフォーム・エコノミーに代表されるように情報通信技術が発達し、ジョブ型雇用でなくともスポット的に人を使えば物事が回るのではないかという声が急激に浮上している。私はそれを「ジョブからタスクへ」と呼んでいます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-c4fd.html

情報通信技術の発展にともなってクラウドソーシングが拡大しており、従来の労働政策・雇用政策の枠組みでは十分に対応できないという状態が拡大しているように思われます。これについては大内伸哉先生がかねてから積極的に問題提起しておられますし、行政においても研究会、検討会が開催されて報告もまとめられています。とはいえ、まだまだこれからの議論ではあるのでしょう。
その後のベーシック・インカム論もなかなか興味深いのですが割愛させていただいて、結論としてはこうなっています。

濱口 タスク型社会になると、ごく一部の本当にプロフェッショナルとして活躍できる個人はいるでしょう。しかし、20世紀にジョブ型やメンバーシップ型のおかげで中流になった人たちはいわゆるデジタル日雇いになってしまう。その人たちを救済するためにBIを導入するというのは決して健全な社会とは言えません。だから意識的に何かを作っていく必要があります。
 それが一体何なのか。少なくともメンバーシップ型がだめだからジョブ型に移行しようという話ではありません。ジョブが崩れつつある中で、それに代わる中間レベルの社会の安定装置をどのようにして作っていくのかを真面目に考えなければいけないと思います。労働者の利益や利害をどのようにして代表し、束ねていくのか。労働者がどんどん希薄化し、自営業化していくとすれば、これまでのメンバーシップ型の一部局にすぎない労働組合が中間装置の役割を果たせないかもしれません。そうであれば団体交渉と団体協約権を持つ中小企業協同組合的なものを創造していくのか、いずれにしても真剣に議論していくべきだと思います。
https://www.works-i.com/column/policy/1803_01/

私も過去何度か書いたようにとりあえずクラウドソーシングに関してはクラウドワーカーの中間団体が報酬はじめ商慣行の改善に関与できるようなしくみとルールを作れないものかとなんとなく考えているのですが、しかし確たる意見があるというわけでもありません。AIの話が持ち上がってこのかた、関心をもってあれこれ調べてはいるのですが、今のところこの先どうなるかさっぱり見当つきませんというのが正直なところです。クラウドソーシングには在宅で働けて通勤が不要といったメリットもありますし、「デジタル日雇い」もそれなりの単価の仕事がそれなりに安定的に確保されるなら悪い話ばかりでもないはずですが、そこがわからないので、まあ最悪も想定しておく必要はあるよねという話はよくわかります。
ただ、メンバーシップからジョブへ、という話はどちらかというと潜在成長率の低下といった経済の変化にともなうものである一方、hamachan先生のいわゆるジョブからタスクへという話は技術革新にともなうものなので、少し性格が違うのかなという気はしています。対人サービスのように端的に新技術への置き換えが難しい仕事もありますし、組織的に品質保証しなければならない仕事ではクラウドソーシングの活用余地も限定的だろうと思います。そうした分野では雇われて働くという働き方も相当に存続するでしょうから、まあ「AIで90%の人の仕事がなくなるからBI」という議論に較べればぐっと地味な印象はありますが、しかし雇用や人事管理のあり方についても引き続き考えていく必要は残りそうに思えます。