経営者が日本の働き方を変える?

PHP総研の「新しい働き方経営者会議」が「経営者が日本の働き方を変える−メンバーシップ型雇用から日本式ジョブ型雇用へ−」という提言を発表したそうで、意見照会を頂戴しましたので久々に書きたいと思います。いや他にもいくつかいただいているのですが、この提言にはなにかと興味深いというか面白いところがありますので。時間がないのであまり細かい議論はできませんが、まあ感想めいたことをいくつか。
さて全文はこちらでお読みになれます。
https://thinktank.php.co.jp/wp-content/uploads/2018/02/180208.pdf
言わんとしていることは企業経営者が意思をもって現行のメンバーシップ型雇用から「日本式ジョブ型」雇用へ移行すべきだということのようで、「日本式ジョブ型」については冒頭のサマリーでこうまとめられています。

● 一方でジョブ型雇用では採用の段階でスキルが求められるため、経験やスキルに乏しい若手は職を求める上で不利であり、ジョブ型社会では若年失業率が高い。
● 日本社会への適合を図るため、メンバーシップ型雇用の利点である新卒採用と社内育成システムを取り入れた「日本式ジョブ型」への転換を提案する。
● 日本式ジョブ型雇用では、新卒を採用して一定レベルまで育成しながら適性評価を行い、育成期間終了後はジョブ型雇用へと切り替える。
● 「日本式ジョブ型雇用」を機能させる4つの取り組み
(1)評価には社外(転職市場)で通用する客観的指標を採用すること
(2)ジョブとの適合・不適合をはじめ、個々の人材の適性を丁寧に評価し、本人に伝えることで主体的なキャリア形成を促すこと
(3)退出を促す際には、本人の適性に合致した転職先の探索・紹介を原則とすること
(4)ジョブ型雇用社会に適した教育システムを確立し、労働市場への入口を多層化すること
● ジョブ型雇用では従業員一人ひとりの個別評価を行い、適性に合った職務内容と適正な報酬を設計する必要があるため、マネジメントの役割が非常に重要となる。
● 降給に際しては減額制限をかけるなどのガイドラインをつくることで、ジョブ型雇用への心理的ハードルを下げる。
● メンバーシップ型雇用の維持・強化につながる副業禁止と定年制を廃止し、ジョブ型雇用への移行にきっかけにする。
● メンバーシップ型の雇用慣行は法令で定められているものではなく、経営者の力量と覚悟次第で変えられる。
● 新しい産業であるIT業界を中心に、旅館業界や理美容業界のような伝統的な業界でも、ジョブ型雇用で成長している事例はすでに存在する。

でまあ全文を通読してみたわけですが、まあ面白いことは面白かったのですが全体としては・・・・・・・・・ ( ゚д゚)ポカーン  ・・・・・・・・・・という感じの不思議なモノではありました。というのも、この「新しい働き方経営者会議」ですが、こういった面々であったようです。

座長:冨山和彦(株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO)
座長代理:青野慶久(サイボウズ株式会社 代表取締役社長)
磯山友幸(経済ジャーナリスト)
北野泰男(キュービーネット株式会社 代表取締役社長)
郷治友孝(株式会社東京大学エッジキャピタル 代表取締役社長)
寺田親弘(Sansan 株式会社 代表取締役社長)
永久寿夫(政策シンクタンク PHP総研 代表)
西村総一郎(株式会社西村屋 代表取締役社長)
日比谷尚武(Sansan名刺総研所長)
山田花菜(政策シンクタンク PHP総研 研究コーディネーター)

ということで元気のいい社長さんたちとPHPの研究員さんでおまとめになられたものらしく、もちろんみなさん非常に立派な業績もあれば見識もお持ちの方々ですが、やはりご自身の成功体験をもとに・人事管理についてはあまり詳しくは承知せずに検討されたということで、いささか不思議なものになっているのでしょう。
たとえば、西村屋さんやキュービーネットさんの事例が「ジョブ型雇用で成長している」成功例としてあげられていて、もちろん旅館業や理美容業においては革新的な取り組みだと思うのですが、しかし多くの企業(特に現業部門)では当たり前にやられていることだよねえとも思う。製造業の現場とかだと、職場内の作業がリストアップされて、誰がどの仕事をできるかをまとめた一覧表が作られているのがごく一般的で、「このくらいまでできるようになったら班長に昇進」とかいう相場も決まっているわけですよ。で、これは業種にもよるでしょうしいざとなれば職種変更もあるでしょうが、基本的には機械工なら機械工、溶接工なら溶接工、ドライバーならドライバーで、まず変わることもないのが多くの実態だろうと思います。そういった中で特にマネジメントスキルが優れた人が工場長とかセンター長になったりするのが日本の特色といえば特色ですが、まあ多分にジョブ型であるには違いないのではないでしょうか。このブログでも以前塗装業のKMユナイテッドさんをご紹介しましたが、旧態が根強く残る業種に近代的な人事管理を持ち込むのはまさに「経営者の力量と覚悟次第」だろうと思うのですが、まあなかなか一般化もできなかろうとも思う。
「評価には社外(転職市場)で通用する客観的指標を採用する」というのはサイボウズさんが事例としてあげられているのですが、転職価値の賃金しか支払いませんというのは企業特殊的熟練の分を企業が搾取しているということであり、立派な経営者が大威張りで言うことかねえと、正直思います。実際、転職口コミサイトでサイボウズの評判を見てみると(https://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0910000000Fr7h)、風通しの良さが非常に高評価ですばらしいのですが、待遇面の満足度や人事評価の適正感は、まあこうした分野の評価は総じて低いとしたものですが、他社と比べて格段優れているという感じはしません(というか、典型的なメンバーシップ型の企業と較べると明らかに低いように思います。まあ企業規模が違うので比較は難しいですが)。時系列でみると満足度が低下しているようで、長期的にうまくやっていくのはなかなか難しかろうという印象があります。
他にも経営者らしいなと感じるところはあり、たとえばジョブ型雇用の従業員にとってのメリットとして「メンバーシップ型雇用の年功序列制の中で「給与>パフォーマンス」となって社内でお荷物扱いされている人材も、「給与=パフォーマンス」となることで居場所を見つけやすくなる。部長級の給与であれば「人件費分仕事をしない」という理由で忌避される人材も、課長級の給与であれば受け入れたいという部署が出てくることが考えられる」とか書いてあって、さすが経営者だなあと思いました。もちろん、現実の職場では、人件費で予算管理されているとかいうかなり稀な例を除けば、メンバーの給与を気にすることはまずないはずです。もちろん、実績もあれば立派な肩書もついている人に「担当してもらう相応の仕事がない・ふさがっている」という話は随所にあるものと思われ、そうなると高いモチベーションもなかなか期待しにくいので職場としても…というのはあるでしょうが、それって給与もダウンさせれば解決する問題なのかしら。このあたり、人事管理の知識はやはり必ずしも十分でないかなという感じです。つかこのあたりはPHPの研究員さんがカバーしてほしいところで、PHPパナソニックの関係がいまどうなっているのか知りませんが、パナの人事部長さんあたりにチェックしてもらうとかできなかったのかなあ。
「退出を促す際には、本人の適性に合致した転職先の探索・紹介を原則とする」というのも、たいへん立派なことを述べた気になっておられるようですが(いや実際立派だが)、しかし従来から普通に行われてきたことだよなとも思います。かつての構造不況業種で拠点撤退や人員整理のやむなしに至ったケースでは、人事部長さんたちがそれこそ靴底をすり減らして受け入れ先を探したわけですよ。まあこのあたりはかなり以前の話であり、近年ではそこまでやれませんという例もありそうですから、ご存知ないのも致し方ないかなとは思いますが、つかこのあたりはPHPの研(ry
そこで「日本式ジョブ型」についてですが、報告書本文のほうではこう説明されています。

 ここで提案する日本式ジョブ型雇用とは、一言で言えば、「新卒採用と社内育成を行うジョブ型雇用」である。ビジネススキルのない新卒を採用し、社内で一定レベルまで育成するというメンバーシップ型雇用システムを一部残しつつ、企業主体で育成を行う期間は入社後数年間に限定し、育成期間終了後は適性に従ってジョブ型へと切り替え、以降のキャリア形成は個人の主体性に委ねるというものだ。この二段構えの雇用システムは、海老原嗣生濱口桂一郎などがすでに提唱しているものでもある。
 ポテンシャル採用した新卒人材には、1年半から3年程度の研修期間を設け、一定期間ずつさまざまな部門を機械的にローテーションし、その中で適性を見極め、職業人として必要なスキルを身につけさせていく。その研修期間を経て、予め定められた評価指標について求められる基準をクリアした者から、本人の希望と適性に従って適切な部門やジョブへとアサインする。このアサインメントからジョブ型雇用に切り替わり、従業員はそれぞれのジョブについて専門性を極めることが求められ、部門横断的なローテーションは行われない。「何のビジネススキルも持たない新卒」ではないものの、国家試験に合格した医師が、臨床研修を経て専門とする診療科を選択するのと似たシステムである。また、研修期間を経て社内のどのジョブにも適性がないと判断された人材は、その企業からの退出を促されることになる。その分企業はジョブに適した人材を求めて中途採用も積極的に行わなければならない。

旅館や理髪店の現場の話をする一方で専門医のような稀少なエリートの話を担ぎ出していたりして(別の場所ではプロ野球選手の例もひかれている)、このあたりが全体としてなんとも漫然とした印象になるのだろうなと思うわけですが、そればそれとして海老原嗣生濱口桂一郎などがすでに提唱しているとか書かれていてほおと思う。少なくとも私の知るかぎり海老原さんのアイデアは「35歳までは全員で競争、そこでメンバーシップ型エリートとジョブ型ノンエリートを選別」というものなので、この「日本式ジョブ型」とはずいぶん違うような気がします(そしてそれはおそらくうまくいかないという話は以前書いたので繰り返しません。http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20151020#p1)が、あれだな私が知らないだけでそんなことも言っておられるのかもしれないな。hamachan先生はどうかしらと思って先生のブログを見に行ったところ報告書の紹介はされていましたが(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/php-05d3.html)これに対する異論はないようでした。まあお忙しい方ですし気づいておられないのかも知れません(失礼)。
でまあこの「日本式」というのもどうかねえと思うところで、やはり企業が人材育成するのは自社で活用するためであるわけですよ。それに対して、「日本式」の「1年半から3年程度の研修期間を設け、一定期間ずつさまざまな部門を機械的にローテーションし、その中で適性を見極め、職業人として必要なスキルを身につけさせていく」ってのは、まあ選別のための試用期間みたいなものであって、育成とは言えないよねえ。海外のジョブ型雇用であればここについては専門技能習得のためにインターンシップでやる(つまり無給で、ヨソに行くかもしれない人にカネはかけられないというわけだ)ことも多いわけですが、この「日本式」はそれですらない。給料払ってまで選別したいのかというのはかなり不思議な感じがします。1年半から3年、あちこちたらい回しにされた新卒者について「予め定められた評価指標について求められる基準」と言われても、ろういう指標でどういう基準なのかまったくイメージできませんな(いやまあなんとなくこんな仕事が向いていそうだなあという話であればよくわかるのですが)。しかもそこまで手間をかけておいて適当なジョブがない場合には転職先をあっせんして退出させると言ってるわけで、うーん不思議だ。もちろんマッチング向上のために半年程度の試用期間を実質化してはという議論は別途ありますが、さすがに1年半も3年もやるって話ではないと思います。なおここでお医者さんを引き合いに出しているのは先生方にはよかったんでしょうか。現状では専門医より全科医(かかりつけ医)を増やすことが大事だという議論になっているのじゃなかったかと思うのですが、まあいいのかな。
ということで、まあ他にもあれこれと面白いところの多い提言ではありました。たしかに「経営者の力量と覚悟次第で変えられる」でしょうし、おやりになりたい向きにはおやりになればいいとも思いますが、しかし追随者はどこまで現れるのでしょうかね(いや旅館業や理美容業ではむしろ大いに追随者が現れてほしいわけですが)。「1年半から3年体験してダメならどこかに行ってもらいます」という会社と、「35歳まではじっくり鍛えます。その後は会社の都合で働いてもらいますが雇用と一定の処遇は提供します」という会社と、さて優秀な人材はどちらを選ぶか。もちろん、リクルート外資系のコンサルみたいに「そこに就職できて何年か続いたこと」が労働市場で高く評価される企業になるのだ、というのは作戦としてはありだと思いますが。実際、旅館業なんかは案外「西村屋で働いた」がブランドになりうるような気もします(シティホテルあたりでは類似の話もあると聞いたような記憶が)。
あと最後に例によって声を大にして言いたいのですが、この提言も集団的労使関係の影も形もないのはいかがなものか(お、使ってしまった)と思います。ジョブ型といっても多くの労働者の立場は圧倒的に弱いわけで、欧米のジョブ型雇用も、労働条件とかは団体交渉・労働協約で決まる部分も多いわけですよ。つか、故松下幸之助氏が松下労組の結成大会に出向いて熱弁を振るったというのは業界では有名な話であり(https://konosuke-matsushita.com/episodes/mutual-prosperity/no14.phpとか参照)、ヨソはともかくPHPの報告書がそれでいいのかとは思うなあ。泉下の松下幸之助氏に失礼なのでは。