リクルートワークス研究所「Works Roundtable 2017」

お招きいただきましたので行ってまいりました。先週金曜日の午後一杯かけて開催された標記のセミナーで、主催者のワークス研究所によれば「日本を代表する企業の人事リーダー、人事プロフェッショナルをお招きし、ともに学び合い、ともに考え、ともに日本の人事の進化を起こすための集い」とのことで、現役の人事リーダーでもなければ人事プロフェッショナルでもないアマチュアの私にはかなり場違い感はあったのですがせっかくの交流・情報収集の機会ということで出かけることにしました。近日中に資料などはワークス研究所のウェブサイトで公開されるものと思います。
最初に牧野正幸ワークスアプリケーションズ社長の基調講演があり、同社の事例紹介などもありましたが私が興味深く聞いたのは最後の働き方改革・生産性向上に関する話で、いわく日本の製造業の現場というのは個別の改善=個別最適を積み上げることで高い生産性を実現し競争優位を維持している。それに対してバックオフィス(まあ管理部門かな)は、各社が個別最適を積み上げた結果として仕事の進め方の標準化や共通化が進んでおらず、それぞれ異なるシステムを運用しているので全体としては生産性が低迷している。その理由は労働市場が流動化していないからで、流動化していれば人が入れ替わることで仕事の進め方もだいたい似たり寄ったりになる。そうすれば同じシステムを運用できるようになり、同一フォーマットの情報が大量に集まるのでそれを機械学習に突っ込めば人工知能の性能が上がって生産性も向上する…というような話ではなかったかと思います。
まあずいぶんと我が田に水を引かれるものだこらこらこら、いやそれはそれとして、これ自身はすでに90年代なかばには似たようなことが言われていたのでははないかとは思いました。ビジネス・プロセス・リエンジニアリングとかずいぶん流行ったけれど、まだ覚えている人、どのくらいいるのだろう。ITシステム投資をするにあたっては、従来えてのしくみのままシステム化する「あぜ道を舗装する」ようなやり方ではなく、仕事のやり方そのものを効率化してシステム化しなければならないとか、そういう話ですね。SAPとかオラクルとかいったものが普及することで、仕事の進め方にあわせてシステム化するのではなく、SAPやオラクルに仕事の進め方をあわせるのだ、とかいった話もずいぶん聞いたように思います。
ただ今回は背景にディープラーニング技術の進歩があるので、いよいよ本物かと思わなくもありません(いやこれまでがニセモノだったといいたいわけではありませんが)。ただまあ一企業が他社の業務プロセスのデータを大量かつ独占的に収集・保有するということになる可能性も相当にあり、いいのかそれはと思わなくもない。やるにしても上手なやり方を考える必要はあるのでしょう。
さて続いてはそれぞれにテーマが設定されたワークショップが前後半各3セッション×2回の計6セッションが開催され、参加者はそれぞれの関心に応じて前後半それぞれ1セッションを選択して受講するという趣向です。それぞれにワークス研究所の研究者がキーノートを行い、それを踏まえてグループワーク→全体討議という流れでした。
どのセッションも興味深そうで迷ったのですが、前半戦は「人生100年時代のキャリアデザイン」にしました。キーノートは大久保幸夫所長と豊田義博氏という豪華ラインナップです。
興味深く感じたところをご紹介しますと、まず豊田氏のキーノートで「自己学習×キャリア展望」という話がありました。ワークス研究所の全国就業実態パネル調査(JPSED2017)の結果をもとにキャズム理論をあてはめてみたという試みのようで、自己学習に取り組んでいる人は全体の34.9%、今後のキャリア展望が開けている人は2.7%、どちらかといえば開けている人が13.0%となっていて、これをクロス集計して「自己学習していてキャリア展望が開けている人」をキャズム理論のイノベーターとするとこれが1.6%、「自己学習していてキャリア展望がどちらかといえば開けている人」をアーリーアダプターとするとこれが7.1%いる。これに定義は不明ですがアーリーマジョリティに相当するモチベーションの高い層43.7%を合わせるとまあ半数で、残りはモチベーションが中〜低レベルにとどまるレイトマジョリティとラガードという整理をすると、キャズム理論どおりにアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に大きな断絶が観測できるというのです。これは私としてもかなり驚いたところで、たとえば成長実感をみるとイノベーターとアーリーアダプターはそれぞれ96%、87%があるのに対してアーリーマジョリティ以下は36%〜8%にとどまっている。生き生きと働いているか、という設問についてもイノベーターの90%、アーリーアダプターの80%があてはまっているのに対してアーリーマジョリティ以下は42%〜12%。いっぽうで収入や雇用形態、企業規模についてはそうした断絶はみられないということでした。
そこでこの断絶をどう克服するかというのが大久保所長のお話で、キャリア展望のもと自己学習する「キャリア・オーナーシップ」を醸成するキャリア・トランジションが機能不全を起こしていて、良質なトランジションが起きていないのではないかという問題提起でした。人生100年時代のキャリアデザインは、従来のようにキャリア前半でその領域を拡大し、中盤から集約していって専門化するというワンサイクルではなく、拡大と集約を繰り返す多サイクルとなる。そしてキャリア・トランジションが発生することでサイクルが回ると考えられるところ、そのトランジションが機能不全だというわけですね。
具体的な問題提起としては4点をあげられ、まずは管理職昇進というのは「自ら業績を上げる」ことから「他社を通じて業績を上げる」という大きなトランジションだが、そもそもその機会が限られているうえにプレイングマネージャー化が進んでいることでトランジションが阻害されていると指摘されました。二つめはプロフェッショナル化ですが、これも日本企業にまだ存在するゼネラリスト神話によって阻害されている。さらに本来きわめて大きなトランジションであるはずの定年後セカンドキャリアについても、雇用延長の義務化によって機能不全になっている。従来であれば定年後の備えをしていたはずなのに、雇用延長されるから何とかなるさになってしまったというわけですね(それが悪いとは私は思いませんが)。そしてもうひとつは両立支援で、本来であれば育休からの復帰というのは働き方が変わる相当に大きなトランジションであるはずなのに、これまた根強い偏見などのゆえに機能していない。これらのトランジションが機能するような人事施策が必要ではないか…という話だったと思います。
続けてグループワークとディスカッションとなったわけですが若干の感想を書きますと(このとおり発言したというわけではない)、まずキーノートの内容が「人生二毛作三毛作」とかいった話ではなく、長期雇用/定年モデルを踏まえたものでずいぶん現実的だなあと思いました。もちろんそれは当然といえば当然で、リクルートのご商売のことも考えれば「40歳定年」とかいった短絡的で非現実的ものをひねくってみても仕方ないというのはまことに妥当な考え方だと思います。人生100年時代への対応はもちろん重要ですが、それは65歳定年や70歳雇用延長などといった労使による漸進的な取り組みを通じて実現していくべきものだと私は思いますし、それを労使の自主的な取り組みを促す政策が重要だろうと思います。
そこで大久保所長の指摘はいずれも同感できるものでしたが、このブログでも過去何度も書いてきましたし、また他の参加者の方々も異口同音に言っておられたことですが管理職昇進とプロフェッショナルというのは表裏一体の問題といえるように思います。管理職ポストが限定される中で昇進を増やすためにはプレイングマネージャー化せざるを得ないという現実があり、その一方で管理職になれなかった人がプロフェッショナルという運用がされていて本当のプロフェッショナルとはやや性格が異なっていて、キャリア形成も会社事情による人事異動などがあるため自らプロフェッショナルとしてのキャリアを形成することが難しいといったことが言えるのだろうと思います。であれば、大久保所長の示唆に沿えば管理職の役割を管理業務に純化する一方、ある段階で従業員の専門分野を特定してその道一筋にキャリア形成していくという方向性になりそうですが、しかしなかなか一筋縄ではいかないかなあ。もちろん大きな方向性としてはそちらだろうとは思うのですが、しかし今現在働く人がそれを求めているかというと必ずしもそうとは思えない。一方で、それこそ技能が陳腐化したりすることはあるわけであり、そういう場合に専門分野を変更するというトランジションも十分あり得るものでしょう。企業内での人事異動がそうした役割をかなりの程度果たしてきたことには留意しなければならないと思います。定年制についても同様のことが言えると思われ、たしかに従来であればセカンドキャリアとまでは行かないまでも「定年後再雇用されるためにはどんなことに取り組むべきか」というのに労使で取り組んできたわけですが、希望者全員65歳までになってしまっている現状ではそういう取り組みも行われにくくなっているという面はあるのかもしれません。だからといって継続雇用をやめるというわけにもいかず、やはり労使で漸進的に65歳定年・再雇用で70歳までという仕組みを実現させ、「65歳以降も再雇用されるにはどうすれば」という地道な取り組みを進めていくことが望まれるのだろうと思います。
さて後半は「働き方改革の本当のゴールは」というセッションを選択しました。こちらのキーノートはワークス研究所研究顧問の野田稔先生と同所の石原直子人事研究センター長というこれまた豪華メンバーです。まず石原氏から昨今の各社における働き方改革について、精神論めいた労働時間短縮運動にとどまっているケースが見られ、かなりの割合で「やらされ感」を持つ従業員が存在する、といった、ああまあそうなんだろうなあという実態が紹介されました。続く野田先生のメッセージはシンプルですが非常に共感できるもので、働き方改革とは「成果の出し方改革」である。残業を減らし人を減らして生産性を上げるのではなく、成果の出し方を改革して付加価値を増やして生産性を上げなければならない、そのためには多くの人材を顧客とのインターフェイスに投入してマーケットインをさらに進化させた経営を行うべきだ、というお話だったと思います。
その後はこちらもグループワークとディスカッションになったわけですが、参加者のほとんどが意識改革や先入観の打破、たとえば「年功主義や性役割意識をなくすべき」とか「職業生活以外のキャリアも大切にすべき」といった一般的?なものだけではなく、「管理職昇進をめざすキャリアがすべてという考え方は変えるべき」とか「スキルチェンジを通じて65歳以降の雇用もめざすべき」といった踏み込んだ意識もかなり共有されているように思われ、まあこういうセミナーに参加する人というバイアスはかなりあるのだろうとは思いましたが、しかし人事管理される側の立場としては心強く感じました(笑)。いや本当に。
あとは人事のやるべきこと、経営者のやるべきこと、マネージャーのやるべきことといった段階論での議論で、まあ人事管理の方針を考えるのであれば正攻法ではあります。私はといえばもう人事担当者ではないのだからと開き直って、人事のやるべきことは短期的には定年延長だと申し上げました。これは他の方はきょとんとしておられましたが、上記の話に加えて要するに60歳の人にしてみれば「こんな私に誰がした」という話であり、会社の都合に従って会社の言いなりにキャリア形成してきた結果の責任はやはり会社として負うべきではないかといういつもの話です。プロ意識の高い人事担当者であればこそ、そこには自覚的であってほしいという願いですね。そして中期的な役割は「人事権を手放してラインに譲ること」。もちろん経営人材候補であるタレントプール人材は人事部が中央集権的に管理することが引き続き必要ですが、それ以外の人材については、野田先生が言われるように顧客とのインターフェイスに集中投入していくとなるとやはり現場がよくわかっているラインに権限を分散すべきではないかと申し上げたわけです。さすがにこれは言いませんでしたが、まあそれが人事部の権力の源泉となっていることを考えるとなかなか簡単にはできないだろうなとも思うわけですが…。
あとこれまたさすがにその場では申し上げませんでしたが経営者が人事施策として足元で最も求められているのは(その環境整備も含めて)さまざまな就労諸条件の改善ではないか、などということも考えておりました。いやまさに付加価値・生産性向上にも働き方改革にもつながるものであり、実際ヤマト運輸さんのようにやっておられる企業というのもあるわけであり、これはやはり経営トップでないとできないことというのが相当にあるのではないかと思うわけです。
ということで、アタマの普段あまり使わない部分を使ったのでいささか疲れましたが、まことに刺激的かつ有意義な充実したイベントでした。重ね重ねありがとうございます。まあ他の参加者とは違って仕事に役立てようというインセンティブはない人だったのでいくらか気合が抜けていたことは否めないのではないかと思われ、やや緊張感を損ねる結果となってしまったことを他の参加者のみなさまにはお詫びしたいと思います(いや誰も見ていないとは思うが)。