2013労働政策研究会議(2)

さて一週間以上間があいてしまいましたが、6月16日に開催された労働政策研究会議のパネルディスカッションをご紹介したいと思います。テーマは「高齢社会の労働問題」、今回大会の準備委員長を務められた京大の久本憲夫先生の司会のもと、敬愛大学の高木朋代先生、神戸大の桜庭涼子先生、JILPTの池田心豪先生、そして富士電機元会長の加藤丈夫氏がパネリストとして登壇されました。加藤氏は経団連の労使関係委員長を長く務められた労務管理界の大御所です。
さて各パネリストのキーノートスピーチを概観しますと、まず高木先生は「65歳雇用義務化の重み−隠された選抜、揺れる雇用保障−」と題されて報告されました。
この報告の主眼は副題にある「隠された選抜」で、60歳定年に到達した労働者のうち、60歳以降も現企業で就業したい人が必ずしも全員使用者に希望を申し出るわけではない、という指摘です。つまり、60歳到達者は、業況や職場の雰囲気、就業条件などを鑑みれば企業が自身の継続就労を望んでいるかどうか察することができるため、望まれていないと考えれば内心継続就労したくても希望を表明しないという「自己選別」や、あるいはキャリアセミナーや上司との話し合いを通じて、当初は自発的でなかった転職を自ら選択する「すりかえ合意」といった「選抜」が働くということで、これら「自己選別」「すりかえ合意」の背後には就業機会が限られる中では望まれない就労を控えることが公正だとの理念があるため、高木先生はこれらは今後も「順当に作動していく」と展望されました。
そこで今回高齢法改正の影響ですが、高木先生は「2009年に実施された労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査」では、定年を迎えずして50歳代で引退する人が38.7%にのぼる」ことに着目され、「改正法によって60歳定年までの雇用圧力が増す中で」「60歳を迎える前の対処に力が向けられうる」と指摘されます。その上で、長期雇用のもと65歳まで雇用されうるような人材の育成や人材の成長が実現することが重要であり、企業が行う雇用努力への支援を提言されました。
これは不思議な点がいくつもある報告で、まず「隠された選抜」については、内心では継続就業を希望しつつその難しさに慮って希望を控える労働者の存在についてはそのとおりだろうと思うのですが、しかし改正前の高齢法ではそのプロセスでいわゆる「基準制度」が大きな役割を果たしてきたことは企業の担当者にとっては明白な事実でしょう。この再雇用基準は労使協定で定められるとされ、かつその内容は極力客観的で恣意の入り込まないものとすることが行政により要請されていたわけです。その再雇用基準に合致しなかろうとの判断で希望を控える「自己選別」はたしかに相当程度存在していたものと思われますが、しかし再雇用基準自体はきわめてあからさまに明示されていたことを考えると、これを「隠された選抜」と称することには強い違和感を感じます。
また、JILPTの「高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査」では、定年を迎えずして50歳代で引退する人が38.7%にのぼるというのもかなり大きな数字で意外感があったので元ネタ(おそらくこの調査http://www.jil.go.jp/institute/research/2010/documents/075.pdfだろうと思うのですが)にあたってみたところ、JILPTのサイトで公開されているかぎりでは「38.7%」にヒットするデータが見当たりませんでした。まあこれはおそらく一般人にはアクセス困難な場所に格納されているのでしょう、というか私が単に見落としているだけという可能性もひしひしと(笑)。
それはそれとして、このあたりは大企業と中小企業をとりあえず区別して議論したほうがよさそうなところで、大企業で(引退かどうかはともかく)50歳代で退職する人の太宗は転籍出向でしょう。で、この人たちは基本的に60歳定年までは転籍先で雇用され、その時点では高木先生のいわゆる「隠された選抜」にかかってくるということもあるでしょう。いっぽう、中小企業においては50歳代での転籍出向というのはなくはないにしても少数で、大半は技能が陳腐化したとか、仕事についていけなくなったとか、さまざまな理由で退職していっているのではないでしょうか(中には事実上の解雇に近いものがあるだろうことも想像に難くありません)。つまり、中小企業においては定年前にすでに多分に高木先生のいわゆる「隠された選抜」的なプロセスが作動していて、定年到達時にはすでに選抜済、その時点で「隠された選抜」の作動する余地なし、ということも多いのではないかと思われます。役所はしきりに「高齢者雇用に取り組む先進的な中小企業」を担ぎ出すわけですが、そもそもそうした企業では60歳時点では65歳まで働ける人しか残ってないんじゃないかというのはこれまでも何度か書いてきたと思います。
ということで、60歳代の雇用圧力が高まれば、大企業は新規採用(これは新卒とは限らない)の抑制で対応するでしょうし、中小企業は上記の事情で雇用圧力上昇の影響は小さいと考えられるので、まあ高木先生のご心配のようなことは起こりそうにないというのが私の感想です。
櫻庭先生の報告は「年齢差別禁止と定年制−EU法・英国法の展開をてがかりに」というタイトルで、副題のとおりEUと英国における年齢差別禁止法の最近の動向を紹介したうえで、その効果や影響、わが国への含意などが述べられました。ポイントとしては、年齢差別が禁止され定年制を例外とするEUの法制は高年齢者の(生涯にわたる)雇用の安定に寄与するものではなく、むしろ全世代で雇用の不安定化をもたらす可能性さえあること、年金支給年齢に接続すれば定年制を許容することは公的年金制度の持続可能性の観点から困難がともなうこと、年齢差別禁止による年齢による偏見の減少もたやすくないことなどで、櫻庭先生は「年齢差別禁止法の導入には時期尚早として慎重な立場」とのことでした。
ただ、ここで「全世代で雇用の不安定化」が懸念されるのは「高齢者を解雇することは、若年者も同様の事由で解雇されているならば、公正」ということで、「定年を廃止し、能力審査をしたうえで解雇を行うようになると、若年層にも同様の審査を行わざるをえなくな」る、つまり高齢者を解雇したいがために本来なら育成により能力を獲得しえたはずの若年層まで共連れで解雇することになってしまわないか、ということなので、職務を特定しないわが国のメンバーシップ雇用においてはまた異なる議論になるのだろうとは思います。ただ、異なる議論になるからこそ、正常な企業運営・人事労務管理のためにより強く定年制が必要とされるわけですが。
続いての池田先生の報告は若干毛色の異なるもので「介護疲労と休暇取得」というものでした。高齢者雇用ではなく、高齢者を介護する労働者の労働問題ということで、家庭で介護を行う労働者は日中の介護の必要で休暇を取得するだけでなく、夜間の介護などの疲労から休暇を必要とする場合があること、介護による疲労が企業の生産性低下につながる可能性があることなどが指摘されました。そのうえで、休暇取得を介護者の体調悪化のシグナルとしてとらえ、適切な健康管理が行われる施策を検討することが課題であると指摘されました。
最後に富士電機の加藤元会長が「高齢者雇用に向けた労使の課題」と題してお話しされましたが、まず富士電機の高齢者雇用に関する取り組みを紹介されたあと、健康で意欲があればいつまでも働ける生涯現役社会の実現を視野に入れた人事システムの構築に取り組むべきと述べられました。
そして、そのための重要な条件整備として、第一に新事業の創造による全体としての雇用拡大をあげられたのが極めて印象的でした。「労働政策研究会議」において、要するに雇用が増えないことには高齢者だろうが若年だろうが雇用は安定しないという当たり前のことを労働政策研究に従事する方々の前で明言していただいたことの意義は大きいと思いますし、さらにわざわざ(既存事業の拡大ではなく)「新事業の創造による」と述べられたのも印象的で、これは新事業要員も内部育成するというメンバーシップ型の含意と解するべきでしょう。
それに加えて若年層から高年齢層を通じた人事システム全体の見直しをあげられ、具体的には「同一価値労働・同一労働条件の実現」「全世代を通じたワーク・ライフ・バランスの構築、「個」に着目した生活設計の支援」「能力開発制度の充実」の3点を指摘されました。
さらに、その実現に向けた取り組みとして、第一に労使協議の充実をあげられたのも印象的でした。加藤氏が「同一価値労働・同一労働条件」をあげられたことに対しては会場に相当の混乱があったように感じられ、なにかというと、加藤氏の言われる「同一価値労働・同一労働条件」は、会場に参集された労働政策研究関係者の想定される同一価値労働同一賃金とは相当に異なり、社会横断的なものでは全くないことはもちろんのこと、一般的な意味での(たとえば男女差別などの文脈で言われるような)ペイ・エクイティと較べてもかなり幅広な概念と思われるということです。質疑の中でも「職務給・職能給に近いもの」と発言されていたように、要するに労使協議を通じて労使で「わが社ではこれが同一価値労働・同一労働条件です」と合意できればそれが「同一価値労働・同一労働条件」である、という程度にまで緩やかなもので、実際メンバーシップ型雇用においてはそれがせいぜいであるかもしれません。
最後に加藤氏は官民の役割の明確化が重要と述べられ、民の役割としては持続的な成長を可能とする事業戦略の策定と人を大事にする経営理念の確立、国の役割としては政労使三者による政策決定と推進、そして「成長分野への積極的な人材シフト−教育と処遇の充実」をあげられました。いや処遇の充実は民間の仕事だろうとは思うのですが、まあいずれにしても解雇を自由化して人材シフトという理屈でないということ、人材シフトには処遇の充実が重要だということを労働政策研究関係者の皆様にはぜひご理解いただきたいことだと思ったことでした。
そのあとはフロアをまじえての質疑になりましたがすみませんよく覚えてません(笑)←笑ってる場合か。私はとりあえず加藤氏の前で申し述べることもあろうはずもなくおとなしく黙っておりました。印象に残っているのは神戸大の大内先生が高年齢者雇用促進の副作用について質問されたのに対して結局誰も答えなかったなあということと、最後に元労働キャリアの方が二人続けて発言され、雇用労働政策の見地から質問されたということで、いや労働政策研究会議なのですから政策の現場からの発言もあってしかるべきだなあと感心しました。
ということで全体としては例年同様にたいへん充実した企画で、準備にあたられた先生方、皆様に敬意を表したいと思います。レセプションでは何人か若い有望な先生方ともお話ができてこちらも有意義でした。今後も忘れない・忘れられないくらいには労働政策研究に接していこうかと思っています。